「ぐおおおおっ…!目覚めよ…目覚めるのだ…!」
もがき、苦しむ。
悶えながら、祭壇の池に沈んでく…バルトアンデルス。
大きな体が、徐々に徐々に…。
最後に顔がとぷん…と沈む。
激闘の末…ルシたちは、ファルシの王に打ち勝ったのだ。
その身も嘆きも完全に飲みこまれ、辺りを静寂が包んだ。
「…終わったか」
静寂の中、ライトが小さく呟く。
それを聞いた瞬間、皆の中に安堵の空気が生まれた。
「いよっしゃあ!!」
喜び方は、皆様々だった。
スノウは拳を振り上げ、大きくガッツポーズを。
ファングとヴァニラは腕を合わせ、互いに喜び合う。
サッズは「あ〜…」と大きく息を吐いて腰をかがめてた。
「ナマエさん!やりましたね!」
ホープは、あたしに嬉しそうに声を掛けてくれた。
振り向き顔を見れば、その表情からも嬉しさは伺える。
「…うん」
だけど…あたしは…。
あたしが彼に返したのは、どことなく…重たさを残した返事だった。
「…ナマエさん…?」
歯切れの悪い。
そんな返事をしてしまったものだから、ホープの顔からも笑みが消える。
「ううん…倒した、んだよね…」
彼の顔から笑みを奪ってしまい、少し申し訳ない気持ちを覚えて、首を振りながらそう答えた。
いや…多分、倒した。
あたしたちは今、襲いかかってきたバルトアンデルスとの戦いに勝ち星を挙げた。
バルトアンデルスは、コクーンを壊すために…あたしたちを導いた。
あんなにも執拗に…ただ、その目的のためだけに。
そのバルトアンデルスを倒したんだから…コクーンは守られた。
これで一件落着…のはずだ。
だけど、わからない。
なんだか…胸騒ぎが消えない。
そんな風に思っていたからだろうか。
だからその時、あたしはライトの顔色もどこか不審そうな色をしていることに気がついた。
「ライト…?」
あたしはライトに声を掛けた。
するとその瞬間、ライトは頭上に何かの気配を察知したかのように、ハッと上を見上げた。
見上げた先…そこには鳥が飛んでいた。
いつも、バルトアンデルスの傍を舞う…あの鳥。
それは一直線に、バルトアンデルスが沈んだ池へと飛び込んでいった。
それと同時に、その飛び込んだところから…池が輝きを放ち始める。
「なっ…」
思わず、震えた声が出た。
池の輝きは、何か不穏な気持ちを抱かせた。
でも、それが何なのかを考える暇は与えさせてくれない。
その時突然、あたりが大きく揺れ始めた。
『安らぎの繭…孵るために破ろう』
揺れにうろたえる中、聞こえた声。
なんだか変な声だった。
男の人のような、女の人のような…入り混じった、そんな感じ。
響いてくるのは池の中から。
『たやすく壊れては、人は増やせない。だが、壊れなければ、人は殺せない。相反する二つの使命を抱き、私は、自分でも壊せぬ繭にとらわれていた』
池の中…ゆっくり出てくる、異形の存在。
右背に、黄金の歯車と翼を携え。
左に、まがまがしい巨大な腕。
体は剣のような形状…。
そして、三つの顔を持つ…。
『感謝しよう。君らによって、私は生まれた』
オーファンズ・クレイドル…。
オーファンのゆりかご。
あたしたちによって、生まれた…。
「ダイスリー?」
「いや、違う…。こいつは…」
スノウの呟きに、サッズが首を横に振る。
そう、多分サッズの言うとおりだろう。
これはダイスリーじゃない。
ダイスリーは、あの瞬間に消滅した。
それならもう、こいつの正体は…。
『今日死ぬために産み落とされた、孤独なるみなしご。我が名は…オーファン。世界の最後に、救いを与える者』
ファルシ=オーファン。
それは、コクーンの力の源である、守るべき存在だったファルシ。
それが、ダイスリーを倒した直後に現れた存在の正体。
「今日、死ぬため…」
今、オーファンの語った言葉を繰り返すように口にした。
オーファンも、コクーンのファルシ…。
それじゃあ、守る前に…コイツも自分が倒される事を望んでる…?
それなら、バルトアンデルスを倒したところで…無駄なこと?
気がついた事実にゾッとした。
それに、流石コクーンに力を与えてるファルシとでも言うのだろうか。
現れたその存在に、圧倒された気がした。
ダイスリーも、相当強い存在だった。
でも、こいつは…もっと、なんていうか、桁違いの力を感じるような。
そしてそれは、すぐに身にしみて思い知らされることになる。
『フッ…』
不敵に笑ったオーファン。
「うぁっ…!!」
その笑みを見た瞬間、あたしたち全員の体に恐ろしい衝撃が走った。
一気に体を蝕んでいくような、とてもつもない衝撃。
皆の悲鳴も耳に響いて、助けることも、それを求める事も…どちらも叶わない。
ただ苦しみの声の中、耐え切れずに意識を手放していく皆の姿だけが目に映る。
「っ…う…!」
衝撃が終わった瞬間、あたしもガクッとその場に倒れこんだ。
ただ…思ったより、意識は保ってた。
さっき掛けたプロテスやシェルが、上手く利いてくれたのかもしれない。
そして目の前には、気を失い倒れた…ホープの姿が見えた。
「…ほ……ぷ…」
ぐったり横たわるホープに手を伸ばす。
力ない指先で、懸命に彼の指に触れ、きゅっと握る。
すると、彼の手に小さな反応があった。
ぴくっと動いたその反応に、酷く安堵する。
でもその時、また…オーファンの声が聞こえてきた。
『ファルシがなぜ人をルシにするのか、考えたことがあるか?』
…知らない。
でも、そう言われてみれば…どうしてなんだろう。
あたしはこの世界の仕組みに、そう詳しいわけじゃない。
だけど…ファルシが人の生活を支えるほど、強大な力を持ってることくらいは知ってる。
むしろ、人のほうがファルシに依存しているのだから…、自分より劣る存在に使命を託すのは、どうしてだろう。
オーファンを続きを語る。
『ファルシは皆、目的のために造られて、力を与えられる。だが、人間は違う。何かを願い、何かを信じる心の力で限界を乗り越え、無限の力を手に入れる。その力を借りたくて、ファルシはルシを選ぶのだ』
心の力…。
ファルシは、人の心の力に可能性を感じている…。
ファルシには…心が無いのか…。
だから、神様に与えられた以上の力を生むことが出来ない…。
でも人間は…とても弱い存在だけど、心を持つ分…想いの力で、いくらでも大きな力を生むことが出来る。
それが…希望であれ、絶望であれ…どちらに転んだとしても。
だからファルシは、ルシのあたしたちの絶望を煽る…。
シ骸になるかもしれないという恐怖を常に与えておきながら、更に精神を追い込んでいく。
そうした強い苦痛…負の感情から、コクーンを壊すラグナロクにへと化けさせるために。
『君たちは、繭を破る力を手にしてくれた。後は、使命をまっとうするだけだ』
ルシにされてから、戦いの日々を行き…強い力を手に入れた。
だから今こそ…その力をラグナロクとなり活かすのだと。
…冗談じゃない。
心で呟いた。
だって、そうだ。勝手すぎる。
『拒めが全てが無駄になる。コクーンの犠牲も、グラン=パルスの犠牲も』
声を聞きながら、あたしは腕にぐっと力を込めた。
抗うため、地を思いっきり押して、体をゆっくり起こしていく。
「きゃあああああっ!!!」
だけど、上半身を起こしたとき…女の子の高い悲鳴が聞こえた。
ヴァニラの声…!?
驚いて、バッと顔を慌てて上げる。
すると、そのには光の輪に捕まり、空中で痛めつけられるヴァニラの姿があった。
「ヴァニラ!!?」
駆け寄ったって届かない。
でもいても立ってもいられなくて、あたしは重たい体を起こし慌てて立ち上がった。
見たところ、皆気を失ってる。
意識があるのは、ヴァニラと…そしてファングだけ。
『だが、神を呼び出せば、必ずや世界は再生される。万物が神の赦しを得て、世界は新たに生まれ変わる!』
オーファンはそう言いながら、更にヴァニラを痛めつけた。
ヴァニラの悲鳴も、より一層酷くなる。
『さあ、ラグナロクとなり、私を光に導け』
オーファンはヴァニラを痛めつけ、その苦痛から来る絶望によりヴァニラをラグナロクに変えようとしているのだろう。
「きゃああああああああああああああああああっ!!!!」
強い強い悲鳴。
痛々しくて、胸を締め付けられる。
そんなの、あたしもファングも耐えられなかった。
「ふざけたこと言わないでよ!」
「やめてくれ!!」
重なった、あたしとファングの声。
それを聞いたオーファンは、あたしとファングの方に視線を移す。
その視線には、鋭い睨みを感じた。
『壊れたルシに用は無い』
それは、ファングに放たれた一言。
でも、その次…オーファンはあたしを見てかすかな反応を見せた。
そこには…妖しげな笑みが見えた。
『なるほど…。お前がエトロの力を持つルシか』
「え…」
『お前がラグナロクと成れば…破壊など赤子の手を捻るようなものだろうな』
「あたしが…ラグナロクに…?」
そう言われた瞬間、ぞわ…と背筋にとても嫌なものを感じた。
あたしが、ラグナロクになる?
世界を…コクーンを壊す?
エトロの力…。
そんなの、よくわからないけど…それを活かせたら、コクーンを壊すなんて造作も無いの?
ヴァニラの悲鳴が耳を突く。
絶望して…、その力で?
違う…絶望なんかしない。
だってあたしは、皆の願いを叶えると決めた。
だから、そんなこと…するわけがない。
「誰がそんなことっ…っ、!?」
言い返してやろうと思った。
でも、それを途中で止められた。
理由は、ビュッ…と目の前に振れた赤い槍。
ファングに、言葉を噤まされた。
そして、あたしを黙らせた彼女は…驚きの一言を放った。
「…私がやる。オーファンは、私がぶっ壊す」
「え…!?」
ファングの言葉に耳を疑った。
私が…ぶっ壊す…?
ファングが、オーファンを壊す…!?
それを聞いたオーファンはニヤリと笑った。
「きゃあ!」
「ヴァニラ…!」
そして、ヴァニラは解放された。
光の輪の呪縛が解け、投げ出された体が無造作に床に落ちる。
あたしはそんなヴァニラの元に駆け寄ってしゃがみ、彼女をいたわる様に肩に触れた。
ヴァニラが解放されたのは良かった…。でも…。
あたしとヴァニラはファングに目を向けた。
『ラグナロク。世界を破滅に導く罪深い希望。救済という名の罪を担うか?』
「ああ、全部背負ってやらあ!」
オーファンの問いに、迷いを振り切りそう言い切ってしまうファング。
「ファング……!」
「駄目…!私は大丈夫だから、誓いを忘れないで!コクーンを守るって、一緒に誓ったよ!」
あたしとヴァニラは勿論止めた。
そんな血迷いなど捨てさせるように。
ヴァニラの願いは、特に。
でもファングは、再び黙らせるようにあたしたちに武器を突きつけた。
「そのずっと前に誓ってんだ。家族を守るってな…」
苦そうにファングは言う。
ずっと前に、誓った…。
あたしはその言葉に正直心当たりが無かった。
でも、それを聞いたヴァニラは愕然としていた。
つまり…心当たりがあるんだろう。
ということは恐らく…600年前に…。
ずっと前に、誓ったこと…。
ファングはその決意を固めるように、こちらに向き直った。
「こうするしか…」
そして、槍を振りかざし大きく構える。
見据えているのは…ヴァニラ。
「ちょっと…待って、ファング…」
あたしは震える声でファングに呼びかけた。
その声に、ファングは少し口元を緩ます。
でも、視線はこっちを見てなかった。
「ナマエ…。お前が一番向いてるってさ…」
「え…?」
「でも、お前に破壊とか、全然似合わねえのな。…誰よりも、平和ってのが似合ってる」
「ファン…、」
「だから、」
最後まで、名前を呼ばせない。
一直線に…ヴァニラだけ。
そして彼女は、槍に力を込める。
それはきっと…自分がラグナロクになる迷いを揺るがせないために。
「こうするしか…、ねえんだ!!」
赤い槍が、落ちてくる。
ヴァニラは目をつぶる。
あたしは、思わず咄嗟にヴァニラを庇うように抱きしめていた。
でもその時、ファングにガシッとした腕が伸びた。
「やめろ!!」
「自棄を起こすんじゃねえよ!!」
「…スノウ、サッズ…!」
槍を押さえるスノウと、ファングにしがみつくサッズ。
意識を取り戻したらしいふたりは、懸命にファングの行動を止めようとしてくれていた。
そして、更にふたつ…。
庇うように、あたしとヴァニラの前に出てくれたふたつの背中…。
それは、ライトとホープのものだった。
「ヴァニラを傷つけてどうする。…ひとりで背負うな」
ライトの声を聞きながら、あたしはヴァニラの肩を抱き、ゆっくりと立ち上がった。
そうして見つめたファングの顔には、自分を止める仲間の存在に、苦しげな色が滲み始めている。
でも、それでもファングの意思は重く…強かった。
「…これが私の使命だ。邪魔すんなら、うらあ!!」
「うおっ!!」
「ぐあ!!」
ファングは自分を抑えるスノウとサッズを乱暴に振り払ってしまった。
その行動に、ライトとホープが更に詰め寄る。
あたしは、ヴァニラの体をぎゅっと抱きしめた。
ファングの背には、オーファンがいる。
奴は、ファングを後押しするかのように…彼女に力を与え始めた。
ファングはその力を受け取り地を蹴って、高々と跳躍する。
「うおおおおおおおッ!!!!」
強い、叫び。
ファングはその勢いのまま、思い切り槍を地面に突き立てた。
その一撃は強い衝撃を生んで、ぶわ…っとあたしたちに襲い掛かってくる。
「うわっ…!!」
「きゃあっ!!!」
その衝撃で、あたしとヴァニラは一緒に吹っ飛ばされた。
お互いに抱き合い、一緒に倒れこむ。
ガッ…と擦れた体に、軽い痛みが走った。
ファングの行動…。
それはきっと、仲間のことを思ってこその行動だった。
あたしにはわかるよ…。
大切な人は…ここにいる仲間全員。
この世界で、最も大切に思う仲間たち…。
この人たちを、絶対にシ骸になんかしたくない。
だから、何が何でも…それだけは避けたかった。
失いたくなかった。守りたかった。
攻撃は…皆を気絶させるため。
自分の決意が揺るがぬように、気絶させて使命を果たせば…シ骸だけは避けられるから。
なのに…運命は。
途方も無く皮肉で、そして…残酷だ。
「何で、こうなる…。畜生ッ、これが私の背負う罪かよ!!」
ファングの悲痛な声が響いた。
それを聞き、あたしとヴァニラはゆっくり体を起こす。
そして…そこにあった光景に、身体が固まった。
「え…」
目を疑う。
信じられないと、小さな声が漏れる。
「…こんな結末って…」
同じように目の前の光景を見たヴァニラの声。
それが、彼女も同じ光景を見ているのだと…夢じゃないのだと、現実味を帯びたたせる。
「なに…コレ…」
言葉を失った。
認めたくない現実が、目の前に広がる。
「みん、な…?」
のそりと動く…禍々しい、異形の体…。
4つの、成れの果て…。
そこにあったのは、シ骸と化していた…仲間たちの姿だった。
To be continued
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