砕けた幸せ


「えと…気にしてる?」

「え…?」





隣に座る、年下の男の子。
あたしはホープの顔を覗き込んだ。

彼はずっと上の空。
まあ、無理もないだろうけど…。





「お母さんのこと。…気に、してる?」

「……そりゃ」





ホープは控え目に頷いた。

まあ…聞くまでもないことだった。
野暮なこと聞いちゃったかもしれない。

彼のお母さんは、彼を守るために…武器を手に取り、戦いの真っ只中に走っていった。

このわけのわからない状況。
でも、己の身の危険くらいはわかる。

あたしたちも決して安全じゃない。
でも更に危険な場所に大切な人がいたら…気にするなって方が無理な話だろう。

だから、少しでも不安が紛れる様に話題を探してみてるんだけど…だいぶ不甲斐ない結果に終わってる感じだった。






「…まあ、そうだよね。ごめんね、変な事聞いちゃったね」

「だったら、見に行ってみればいいんじゃない?」

「うーん、それもアリかもね…て、え?」





発した言葉の返答は、向けたホープの声ではなく…明るい、可愛らしい女の子の声だった。

……ダレ?

振り向くとそこにあったのは可愛らしい笑顔。
それはあたしやホープと同じようにパージ服に身を包んだ女の子だった。





「えっと、貴女は…?」

「えへへ。話、聞かせて貰っちゃった。まあ、一部始終も見てたし…」





そこまで話して、思い出した。

この子…スノウからこの場に残された最後の一丁の銃を受け取った子だ。

ホープは銃触るの怖がって顔逸らしてたし、あたしだって触ったこと無いのは勿論むしろ触りたくなくて拒否した銃。
それを積極的に受け取っていたから、凄いなあ…と思って見たのを覚えてる。

そんな彼女はひとつ、微笑みながら提案をくれた。





「だからね?気になるんだったら、見に行って見ればいいと思うよ?」

「…えっと、どうする…?ホープ」





当事者はホープだと言うのに、あたしとその女の子だけで会話をしてしまっている。

だからあたしはホープに話を振ってみた。
するとホープは「えっ…」と少し戸惑った声色を浮かべた。





「でも…追いかけるなんて…」

「…まあ、危険だね…」

「うん。だから追うんじゃなくて、あっちの橋。あそこからなら様子、見れると思うんだ」





そう言って、女の子は少し離れたところにある橋を指さした。

そこは確かに…ここより前線の様子が伺えそうだった。
下手に動くのはアレだけど、気になるのなら…という意見にも頷けた。

だって気が気じゃないのは見てとれるし、現に彼は気になるとは言った。

だからあたしはそっとホープの顔を覗き込んだ。





「…行ってみる?心配、なんだよね?」

「…それは…」

「ホープが決めていいよ」

「…でも」





ホープは俯いて、迷いを見せた。

行きたい…のだとは思う。
でも、怖い。

そんな不安が混じり合ってるのだろう。

行きたくないなら即決、出来るはずだし。

だからあたしは少し考えた。
それなら…背中、押してあげるのが一番かな…って。





「ね。あたし、ホープについて行くよ?」

「え…?」

「行っても行かなくても、君と一緒にいる。一緒にいてくれって言われたし。ていうか残されても困る…っていうのが本音だったりするかもだけど」

「ナマエさん…」





にこっと笑った。

まあ、わたくしごときでも一緒にいれば少しくらいは不安が紛れるかと。
勿論あたしがひとりにされても困る、ってのも物凄く本音だけど。

でもどうやら、効果はあったみたいだ。

ホープは顔を上げて頷いた。





「はい。…行きたい、です」

「ん、わかった」

「じゃあ、急ご!」





こうしてあたしたち3人は走り出した。
ホープのお母さんが向かったであろう戦場が見渡せる橋の上。

だけど、辿り着いた瞬間に…事は起こった。





ドオン…!!!





大きく響いた音。

頬に少し熱を感じた。
見えた景色は、更に悪化した地獄。





「…っ」





ホープが息を呑んだのが聞こえた。
今…ホープのお母さんのいる場所で…大きな爆発が起きた。





「う…そ…」





橙の熱の光。
それを見て、あたしの口からはそう零れた。

だって、その爆発によって…前線の足場が大きく崩れた。

傾いた道は、まるで大きな滑り台。
人が、いとも簡単に…何も出来ないまま落ちていく。

女の子は息をのみ、ホープそれを黙って見ていた。

ホープのお母さんは、スノウと居た。
爆発の衝撃で、お母さんは体を動かせないみたいで…。

坂を滑り落ちて、だけど抵抗するようにスノウが咄嗟に右手で掴んだ足場。
左手にはホープのお母さんの手を握って必死に耐えている。

でも、人ふたりの体重を腕ひとつで耐えるのは厳しい話。
ずるりと…スノウの手からホープのお母さんの手は……抜け落ちた。





「うわああああああああああああっ!!!!」





母親が落ちていくその様に、ホープは弾けるように叫んだ。

あたしは、言葉を失った。
だって…こんな時にかける言葉なんて…わからない。

しばらくすると足場は完全に崩れ、スノウも闇の中に消えてしまった。

だけど、そちらばかりに気を取られている場合じゃなくなった。





「あ…!」

「…近づいてくる…」





飛び回る機々の音。

あたしと女の子はそれに気がついた。
ここにいたら、自分たちも危ない。





「行こう!」

「ホープ!」

「………。」





逃げるよ!って呼びかける。

でもホープは完全にショックで周りが見えなくなっていた。
ただただ、母親が消えていった先に目を向けるばかり。

パン!

響いたのは、乾いた音。
見かねた女の子が、ホープに向き合い頬を叩いた。





「しっかりしろ」

「…あ…」





乾いた音に、やっとホープは我を取り戻し、頷いた。

あたしは…今、何が出来るだろう。
そう一瞬で考えた結果、あたしはホープの手を取った。

ぎゅうっと繋いで…ただ握りしめる。





「行こ!」





そして、その場から急いで立ち去るように、手を引いて駆けだした。

自分より年下だからだろうか。
ただ漠然と…、この子は守らなきゃいけない。
そんな気持ちになった。

だからとにかく、放さない様に走った。



To be continued

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