今、あたしは、地獄の様な出来事に直面していた。
なんでこんなことに…。
それは…そう思わずにはいられない地獄絵図。
ハングドエッジ。
そう呼ばれるこの場所には、血の匂いが漂っている。
今度響いてるのは多くの銃声と悲鳴。
…抱くのは勿論、恐怖。
でもそれと同じくらい強い、わけがわからないという気持ち。
あたしは銃声を聞きながら、黙って茫然としていた。
「……。」
本当…なにこれ…。
なんでこんなことになってるの…?
なんなんだ、この状況…わけがわからない。
本当に流されるまま。
今の自分の状況がうまく把握出来てないのが現状。
ちょっと待って。
落ち着いて…よく考えよう。
すべき事もないあたしは、少しでも今の状況を把握しようと必死だった。
『パージ対象者の皆さん、落ち着いて行動してください』
銃を向けられて、そうやって誘導された。
パージとか意味不明な事を言われて、変なローブ着せられて。
そしてそのまま、わけのわからない列車に強制連行。
同じように列車に乗せられた皆さまと一緒に地獄絵図な今に至る…と。
…うーん…。
…………駄目だ。
じっくり考えてもやっぱり意味がわからない。
でも「従わないと撃つぞ!」みたいな感じだった…。
そんなんで撃たれちゃたまらない。そんなことで死ねない。
ていうか何で銃なんかあるんだ。
市民にそんなもん向けちゃ駄目だろう…!
だけど、そんなことを思っても立ち向かう勇気もない…。
撃たれたら元も子もないし…だから従うしかなかった。
「…は…あ…」
いくら考えても多分今の状況ひとりで理解するのは無理だ。
いきなりわけわかんない所に飛ばされて。
挙句にそんな所で、こんなテロみたいな状況で死ぬなんて絶対御免だ…。
でも…打開策は無い。
周りには同じように項垂れてる人がたくさんいる。
それがあたしにとっては唯一の救いだった。
でも、一人きりだと言う事実に変わりは無い。
そのどうしようもない状態に、何度もため息が出た。
しかも耳には銃声が響いてくる。
それをあまり耳に入れたくなくて、あたしはそのまま体育座りしていた膝にもぞもぞ…と顔をうずめた。
「貴女…おひとり?」
「…え…?」
その瞬間、優しい声が落ちてきた。
反射的に顔を上げると、声を掛けてくれたのは隣に座っていた女の人だった。
薄い銀色の髪。
碧の綺麗な瞳を細め、柔らかい表情を浮かべてる。
…うわあ…優しそうな人…。
抱いたのは好印象だった。
その後ろにはもうひとり、その人の陰に隠れるように座っている。
あたしが着てるのと同じローブ着ていたから、よく顔は見えないけど。
それよりも、それは久々の人との会話だった。
その事実と彼女の持つ優しい雰囲気に妙な感動を覚えたあたしはコクコク何度も頷いた。
「は、はい…っ、もうわけがわからなくて…」
「…本当よね。私たちも旅行中だったんだけど…突然巻き込まれて」
「…そう、なんですか…」
今の状況は相変わらずわけがわからない。
だけど、人と会話するってこんなに素晴らしいことなのかと言う喜びが沸いてきた。
そんなんことに安心してる場合でも無いんだろうけど…。
でもホッとしたと言うか…悪い感情じゃないよね。
そう適当に自分の中で折り合いをお付け、じわじわと温かくなってくるそんな感情を噛みしめた。
すると、いくつかの足音が近づいてくるのが聞こえた。
「大丈夫か?」
足音の正体。
その場にいた俯く全員を気遣うように掛けられた一つの声。
反応して、皆が顔を上げた。
でもあたしだけはその彼を見て目を見開いた。
「…スっ…」
ス、スノウ…?!
頭を過って、思わず口から言葉が出欠けた。
というか絶句。
…あえて表現するなら、まさに開いた口が塞がらないって感じだろうか?
金色の髪に、黒い帽子。
大柄な体に羽織った白いコート。
なぜならば…その容姿は驚くほどにそっくりだった。
ここに来る前、あたしがやりたくて仕方なかったゲームの登場人物…スノウに。
…これこそ、正真正銘のコスプレですか…?
いやいやいや…この状況であるはずないだろう、それは。
そうは思いつつ、あたしはつい彼の顔をガン見してしまった。
「安心しろ、パルスに追放なんてさせない」
スノウっぽい人は仲間を引き連れ、力強くそう言った。
どうやら彼らはノラという名前の集団で率先して抵抗をしてるみたいだ。
彼はそのリーダー格、ということらしい。
しかも…彼が呼ばれた際に気がついたが、呼ばれた名前もまさかのスノウ。
同時に疑問もわんさか増えていく。
パルスってなんだ。そういやパージってのも何だ。
ていうかやっぱり本当に似すぎ。しかも名前も同じって完全に茫然。
…………まさか、ここって…。
そこでひとつ、そんな仮説が浮かんだ。
でもすぐ頭を振った。
いやいやいや…ないないない…。
だってそんなの、ありえない。
「俺達も手伝うぞ!」
「そうだ!このまま黙ってられるか!」
あたしがそうひとり考えていると、急に周りが活気づき始めた。
そこでハッとした。
どうやらスノウっぽいスノウさん…て、何だか紛らわしいな。
もういろんな意味でスノウでいいか。
とりあえず「スノウと一緒に戦うぞ!」…みたいな雰囲気になってきているらしい。
「けどな…」
活気づくその様子に、スノウは少し戸惑いを見せていた。
でも、周りの人々は引く気を見せない。
しばらく考えた末、折れたのはスノウの方だった。
「わかった。戦える奴は手を貸してくれ」
その言葉に歓喜するように数人が立ち上がった。
銃を手に取り、やる気を見せて。
すると、さっき声を掛けてくれた女の人もその腰を上げていた。
「…母さん?」
それを見て、陰に隠れるように座っていた子が彼女を見上げた。
声からして男の子。
まだ少しだけ幼さの残る感じだけれど。
…母さん、てことは息子か…。
母子で旅行してたのかな。
「大丈夫」
女の人は振り向き、その一言と共に息子に優しく微笑んだ。
「もしよかったらでいいのだけど」
「へっ、」
そして、その目はあたしにも向いた。
急に言葉を向けられ、あたしは少し声が上擦ってしまった。
「よかったら、息子といてもらえないかしら」
「え…」
…息子さんと…一緒に。
一瞬きょとんとした。
でもすぐに状況を読んで、慌てて頷いた。
「あ、は、はい!それはこちら的にも願ったりかなったりというか…」
見た感じ、男の子はいくつかあたしより年下だ。
でも、それなりの年齢だと思う。
中学…がここにあるのか知らないけど、たぶんそれくらい…。
それならあたし的にも一緒にいてくれた方が心強いわけで。
もしかしたら、それを見越して言ってくれた部分もあるのかもしれない。
「ありがとう。よろしくね」
あたしが頷いたのを見ると彼女はまた微笑み、足元の銃を手にした。
そして戦いに参加する人々の元…スノウの元へに駆けていく。
「…いいのか?」
「母は強しよ」
スノウに聞かれ、迷いなく彼女が答えた言葉。
母は強し。
なんとなく、耳に残った。
彼らはこの場に一丁だけ銃を残し、戦場にへと走っていった。
その背中を見送った後、初めて目があった。
「あ…、こ、こんにちは?」
残された男の子。
年下だろうから、率先して声かけないとかな…?
そう思ったものの、何を言ってあげたらいいかわからなくて、とりあえず飛び出て来たのはぎこちない挨拶。
…自分の気の利かなさに若干凹みを覚えた。
だけど男の子もぺこっと頭を下げてくれた。
あ…良い子だ、よかった。
フードでちゃんとはよく見えない。
でも隙間から見るに、お母さんと同じ碧の瞳で、端正な可愛らしい顔立ちをしてるみたいだった。
「お母さん、綺麗な人だね。最初お姉さんかと思ったよ」
「…どうも」
黙ってるよりは話した方が、たぶんそれなりに気がまぎれるだろうと思ってあたしはいくつか話題を探した。
まあ、綺麗だなとか若いなとかは第一印象と一緒に、本当に思ったことだから。
「あ。名前、聞いていいかな?」
そういえば自己紹介してない。
そう思って尋ねた名前。
彼はフードの奥で頷き、教えてくれた。
「…ホープです」
「ホープ、ね。うん、覚えたよ」
そっかそっか。ホープくんか。
ホープ。
……ホープ…?
うんうん、頷きながら、彼の名前に違和感を感じた。
それはスノウっぽい人を見た時と同じ違和感。
……ええと、
いや、だからないないない…。こんな状況で変な事考えるなってば!
だから、すぐ振り払った。
「…貴女は?」
「えっ!」
馬鹿なことを考えていたら、彼が聞き返してくれた。
そこで我に返る。
本当、変な事考えてる場合じゃない。
あたしはそっと笑いながら、それに答えた。
「ナマエ。よろしくね、ホープ」
これが、彼と初めて交わした会話だった。
To be continued
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