たりないひとこと


ぱっしゃ、と…掬いあげた水が頬を冷ます。
川の水でまだ多少ぼんやりしていた頭を起こしながら考えた。

ああ、僕…昨日、凄い事しちゃったな…。

夢みたいな出来事。
どこかでは夢なんじゃないかって思ってしまうくらい。

優しい体温…。
ぐっと、傍に近づいた…。

ずっと…昨日の事で頭がいっぱいだ…。







《おはようございます!ナマエさん》





朝、どう接するべきなのか…少し迷った。

でも変にギクシャクするのも何だか変だと思ったし、なんとなく気まずくなるのも嫌で、普段通りに笑って接しようとした。
…変に引きつって無かったか、少し心配だけど…。





《あ、う、うん!?お、おはよ、ホープ》





…ナマエさん、少し驚いてたな…。
すぐに笑ってくれたけど、少しだけどもってた。

多分、次に話しかけたら、いつも通りの会話が始まるだろうけど…。
いや、それはいいんだ。むしろそれは、全然嬉しいんだけど…。

驚いてた…とか、どもってた…とか。

少し…意識してもらえたのかな、なんて…。





「…っ、冷た…」





何だか気恥ずかしくなった。
だからバシャッと勢いよく川の水を顔に掛けた。

な、なに考えてるだろうな…僕…。

そうだったらいいな…とか。
なんか…自意識過剰の様な気がしないでもないし…。





「なんか…凄く、格好悪い…」





今も心臓が凄くどきどきしてる。

思い出すとにやけそうで、でも不安に潰れそうで。
自分で全然余裕が無いのが凄くわかる。

…でも、傍にいたいのは本心だし、伝えられて…良かったと思う。

ナマエさんは…僕が不安な時、ずっと手を握ってくれた。
そうやって、ずっとここまで歩いてきた。

…そこには、どんな気持ちがあったんだろう。
ただの仲間意識?放っておけない、弟を見ているような気持ち?

あの時、僕は…ひとりじゃないですって言ってあげたくて。
だって…あんなにナマエさんが小さく見えたの、初めてだったから。

じゃあどうしたら一番伝わるかって考えた時…抱きしめるっていう、行動をとってしまった。

でも…抱きしめるって、どう…なんだろう。

ヴァニラさんとか、よく…落ち着かせようとしてくれる時、あるし。
ライトさんだって、守るって意味で。

そういう意味で考えていくと、スノウとかも「全部背負う」って言って、支えてくれたりとか…。
母さんもわりとスキンシップ多かったし…「乙女で悪いか〜」ってよく抱きつかれた…って、スノウとか母さん引き合いに出すのおかしくないか?

もう、自分自身でわけがわからなくなってきてる。
なんか混乱と暴走で凄い事になってるよな…僕の頭の中…。

だけど、こういうの…突き詰めれば、全部意味…同じになるのは否定できない…。

いや、別に…ナマエさんに気持ちが伝わってて欲しいってわけでもない。
…いや、伝わってて欲しいなっていうのも…少しある。

大切だとは言ったけど、好きだとは言えてない…。

ああ、もうグルグルしてきた。
結局のところ、僕…何考えてんだろう…。

…結局は…。





「……伝えたら、どうなっちゃうんだろう…」





突き当たるのは、そんな問題だった。

ナマエさん…僕のことどう思ってるのかな…。

そういう気持ちもある。それも…凄く気になる。
でも、聞くの怖いよな…って情けない怖さもあって。

でも…それだけでもなくて。

はあ…と、つい大きな溜め息が出た。

だから、ヴァニラさんとの会話にあんなことを挟んだのは…ちょっと、そういう意味も…あったかもしれない。








「だから、笑ってください。僕は、貴女の笑顔が好きだから」





ヴァニラさんとふたりでグラン=パルスの景色を眺めていた時。

ヴァニラさんも色々なものを抱えているようだし、少しでも笑って欲しいなとは本当に思ってそう言った。
その切っ掛けを作れるのなら、作ってあげたいって。

勿論、その前に少しからかわれたから…そのお返しの意味も込めて。





「っ、…からかった?」

「おあいこです!」





僕が笑うと、ヴァニラさんは頬を膨らませた。
その顔を見て更に僕は笑ってしまう。

悔しそうなヴァニラさん。
でも彼女はすぐに何かを思いついたらしく、すかさず僕に反撃してきた。





「ま、そうだよねえ。ホープが好きになるとしたら、どう考えてもナマエだもんね〜!」

「えっ…!」





その反撃に、つい言葉に詰まった。
おまけに、頬が熱くなったのを感じた。

その瞬間、僕はしまった…と思った。

だってそれって図星だって言ってるようなものだったし…。
現にヴァニラさんもニヤっと笑った。





「あ〜!へえ〜、やっぱりそうなんだ〜?」

「…随分楽しそうですね」

「うん!すっごく楽しいかも!」

「言わないでくださいよ…?」

「ふふっ、まっさか。流石に言わないよ」





そこから、ずっと弄る様に笑っていたヴァニラさんも、ふっとした笑みに変わった。





「ナマエか〜。でもわかるよ。良い子だもん」

「…そうですね」

「気持ち、言わないの?」

「言ったら、どうなってしまうんでしょうね」





もし、言ってしまったら。
その先には…何があるんだろう。





「…というか、ヴァニラさん…。僕、わかりやすいですか?」

「んー。わかりやすいって言うか、客観的に見てもナマエとホープが気が合うんだろうなって言うのはわかるから。実際、合うんじゃないの?」

「まあ…話しやすいとは思います」

「多分、周りから見てもわかるくらいには仲良いと思うよ。だから、もしホープがそう言う風に想うなら、一番しっくりきたのがナマエって言うだけ」

「…ナマエさんは、好きな人っているのかな」





ぼそっと呟く。
するとヴァニラさんも「うーん」と考え始めてくれた。

ちょっと気恥ずかしいけど、ばれてしまったし…。
少し、人の意見が聞けるのは有難いかもしれないと思った。





「さあ…ナマエとそういう話したことないし。私より、ホープの方が一緒にいる時間多いでしょ?」

「それは、そうなんですけどね…」

「うーん…スノウはセラがいるし、まさか超年上好きでサッズって事もないだろうし。しいて言うなら、元の世界くらい?」

「……元の世界…」





…ナマエさんの元の世界。
それを聞いた瞬間、胸の奥のほうがツキンとした。

やっぱり…ぶつかるのはそこだった。

もしかしたら、元の世界に好きな人…いや恋人がいたのかもしれない。

…うう…、自分で想像しておいて難だけど、ちょっと凹む…。

…ナマエさん、元の世界に帰りたいんだろうな…。
ずっと…ずっと前からそう言ってたじゃないか…。

だから昨日だって…本当は「傍にいる」じゃなくて「一緒に帰る方法探します」っていってあげるげきだったんだろう。
そう言えなかったのは…、離れたくないっていう僕のワガママな弱さだ。





「あ…ごめん。余計な事言っちゃった?」

「いえ…。ただ、帰りたい気持ちはあるんだろうなって…思って」

「ホープ…」





元の世界に帰りたいと願っているのなら、この世界の誰かを特別に想うことなんて…ないいんじゃないだろうか。

いつか帰ってしまうのなら…。
それなら、伝えるだけ…無駄なことなのかな。





「なんだか、自分が凄く不毛で無謀な気持ちを抱いているような、そんな気がしてきました…」

「っ、そ、そんなことないよ!」

「…ヴァニラさん」





ヴァニラさんは首を振った。
絶対無い、そんな寂しい事、あるわけがないと。





「私も…コクーンの人間じゃないから、少しわかる。元の世界に帰りたいって気持ち。パージされてグラン=パルスに行けるなら、早く戻りたいって思ってたから」

「………。」

「でも、今は…皆の事、大好きだもん。それって、自然に思ったことだよ。好意って、自分でどうにかしたくてどうにか出来るものじゃないでしょ。ホープだって、ナマエが違う世界の人だって、ずっと前からわかってたじゃない」

「それは…」

「だから、ナマエが違う世界だから、この世界の誰も大切に想わないとか…そう言う事は無いと思う。それに、私だってナマエのこと好きだよ。仲間だもん。ナマエも、そうやって思ってくれてるって…信じてる」

「………。」

「それに、この世界でナマエと一番仲がいいのはホープでしょ?だからもっと、自信持ってよ!私、応援するよ」





この世界で、ナマエさんと一番親しいのは…僕…。
僕はそこに、それに…自惚れても、良いのかな…。

確かに…僕はずっとわかってた。
ナマエさんが違う世界から来たって事…、それでもいいから…傍に居て欲しいと望んだんだ。

先は…良く見えない…。
いつか、離れてしまう日が…来るのかもしれない。

と言うより、僕にはきっと…力が全然足りていないんだろう。
いくら頑張っても、今じゃどうしようもならない…そんな力の壁がある。

まだ…僕は、父さんとか…色んな人に助けてもらう立場で、その想いを一身に受けられる…そんなところに立っている。

ルシでなくなった後、もし…もしもナマエさんがこの世界に居てくれるとしたら…。
違う世界から来たナマエさんには、きっと色んな問題が降りかかってくる。それから守ってあげられるような力が…僕にはまだない。

僕自身が、守られる立場だから。

でも…抱いた気持ちは本物。

少なくとも…今は、僕は貴女の凄く傍に居られる。
そんな時間は大切にしたい…それは、絶対本心なんだ。





「ありがとう、ヴァニラさん…」





僕はそっと、ヴァニラさんにお礼を言った。


そんな話をしていたから、皆がいる場所に戻った時、ナマエさんに僕とヴァニラさんを見たって言われて凄くドキドキした。
まさか、この会話を聞かれてたんじゃないかって思ったから。

でも…どうやら幸いの事に、肝心な部分は聞かれてなかったみたいで安心したんだけど…。





「あの…ナマエさん」

「うん?」





それからしばらくは、ライトさんとナマエさんと、ちょっとした雑談を交えていた。

でも少しして、ライトさんがファングさんに呼ばれて…ふたりきりになる時間が訪れた。

正直、ちゃんと伝える勇気は…まだ少し足りない。
それは本当…ただの意気地なしって言われても仕方ないのかも、しれないんだけど…。

でも、ルシだから…いつシ骸になるかって、先に確信が持てない気持ちも、心の底にはやっぱりあって。
ナマエさんの世界の事を考えると…っていうのも、ある。

裏返すと…いつまで一緒にいられるのかわからないっていう気持ちもある。

だからきっと、曖昧が一番…ちょうどいいのかも…なんて。





「…あの…、ちょっと木陰のほう…行きませんか?」

「ん?あっち?いいよ?」





別にそう話が聞こえてしまうような距離に誰かがいたわけでもないんだけど…。
さっきナマエさんにヴァニラさんとの話を聞かれていたことが頭をよぎって、僕は少し木陰になっているところに移動することにした。

ただ、もう少しだけ。もう少しちゃんと…。
貴女が特別なんだって…わかって欲しいと思ったから。

気持ちの整理がよくつかない。
それでいて、ワガママで…どうしようもないんだけど。





「んー…っ、木陰は涼しくて気持ちー…」





木陰の木漏れ日を浴びて、うん…と体を伸ばすナマエさん。
優しい色合いの髪が緩やかに風に揺れ、僕はその姿に思わず見惚れた。

…たかが、ひとつの仕草も…こんなに綺麗に見えるのは、盲目なのかな?
恋は盲目なんて、よく言ったものだと思った。





「あ、の…ナマエさん」





息をのんで、意を決して、僕は彼女の声を掛けた。
するとナマエさんは振り返って優しく首を傾げてくれる。





「うん、なに?」

「…昨日の事、なんですが」

「昨日?」





昨日の事…あの時言った台詞を思い出す。
僕が、昨日伝えた…あの本心。

ああ…、心臓が壊れそうだ。
顔も、きっと赤い。だから俯いてしまってる。





「いや…昨日というより、えっと…」

「…うん?」

「…ごめんなさい。何度考えても、全然まとまらなくて…」

「………。」





ああ、もともと悩んでたけど…ますます頭が真っ白になった。
全然言葉が見つからなくて、声が余計に詰まってしまう。

ナマエさんは、黙ってた。
だから少し…不安になった。

でも、僕を見つめてくれていることはわかった。
だから…ちゃんと、言葉を待っていてくれてるんだなって…そう感じて。

少し、勇気が出た。





「あの…昨日、僕…ナマエさんがこの世界にいる限り…僕は、僕からナマエさんの手を離す事はないって…そう、言いましたよね?」

「…うん。言ってくれたね」






深呼吸して、搾り出した言葉。
それに頷いてくれるナマエさんの声。

僕は…ナマエさんに、何を求めてるんだろう?

先の見えない不安の中で…。
やっぱり、色んなこと考えると…迷ってしまう気持ちもある。

だけど…ただ、一緒にいられる時間を…大事にしたいから。





「こんなに一杯…誰かを一心に思うの、初めてなんです…」

「え…?」

「頼りないの、自分でわかってるから…だから、おこがましい気も…するんですけど。でも…力になりたいって…自分に出来る事があるなら、何でもしたいって…。それで、少しでも…傍にいたいって…」

「……。」

「こんなに、…こんなに強く…そう、思ったのは…」





ぎゅっと自然と手に力が入る。
ああ…心臓が、本当に壊れそうだ。

だけど…ここくらいはちゃんと、ナマエさんの顔を見て言おう。

パッと顔を上げる。
すると映った彼女の顔。

しっかりと目を合わせ、僕は伝えた。





「ナマエさんだから、そう思ったんです」





貴女だから。ナマエさんだから…。

ナマエさんは、目を見開いて僕を見ていた。
少し、驚いた様に…。でも。

しばらく待つと…ふっと、その口元が…優しく緩んだ。





「そっ、か…」

「……。」

「あ、あははっ、うーん…なんか照れるな。っていうか本当は、昨日から結構照れてるんだけど」

「あははっ…、僕も同じですよ」





ふたりして今の状況に笑う。
だからお互いに照れ臭い気持ちを抱いているのはわかった。

すると、ナマエさんはすうっと息を吸った。
胸に手を当てて、少し落ち着くかのように。

そして、僕にきちんと向き合ってくれた。





「…ねえ、ホープ」

「はい…」

「全然、頼りなくなんかない」

「…え?」

「今ならちゃんと、本当に思うんだ。前にヴァイルピークスで言った時より…もっと。あたし、ホープに会えて良かった。それだけで、この世界に来て良かった理由は十分足りる」

「………。」

「ホープ」

「!」





その時、そっと手を握られた。
両手でぎゅっと、優しく包むように。





「それはきっと…ホープだから、です」

「……えっ」





重ねた手の先にある、ナマエさんに目を奪われる。
ナマエさんは目を細めて、優しく僕に微笑んだ。





「あたし…ホープの手を握ってると…凄くホッとする」

「そう、ですか?」

「うん。多分、世界で…いや」

「?」





途中で口を噤むナマエさん。
うーん、と少し考えるようなそぶりを見せて、時間をためる。

そして…少し、わざとらしい。
そんな顔で、はっと何か思いついたように言ってくれた。





「…全世界で一番、かな」

「…!」





ナマエさんはニッと笑って、僕は少し目を見開いた。

今の言い方…。
わざと、言い直したみたいに…。

全、世界で…。





「それって…」





ナマエさんは、それ以上何も言わずに笑顔をくれた。
でもそれは僕も同じで、それ以上、何か言うことはなかった。

だけど、僕の胸の中には…何かがじわっと広がっていた。





「……僕も、ホッとします」

「…そっか」





僕が応えたとき、自然と互いにやわらかい空気が流れた。

…それは、正直…少し曖昧で、ぎりぎりの言葉。

ひとつ、たりない。
好き…って、その一言は言えてないけど…。

だけどきっと…思ってる事、考えてる事…。
全部…同じなんだ、って。

なんとなくで、根拠なんてない。
…でも確かにそう思えた気がした。



To be continued

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