どうしよう。
あたしは今、なんだか非常に大きな問題を抱えているような気がする。
「おはようございます!ナマエさん」
「あ、う、うん!?お、おはよ、ホープ」
にこやかに素敵な笑顔で朝の挨拶をしてくれたホープ。
その笑顔に面を喰らい、思わず返事がどもってしまった。
挨拶を交わすと、ホープは「顔洗ってきますね!」と何事もなく駆けていった。
いや、何事も無くって言うか…別に、普通なんだけど。
普通すぎて戸惑うというか…。
あれ、これ…あたしが変なのか?
《僕が、自分からナマエさんの傍を離れることはありません。ナマエさんが望んでくれるなら》
昨日、あたしは召喚獣ディアボロスを召喚できるようになった。
その時に、力を貸してくれたのホープ。
ホープは…あたしの気持ちを考えて、それに寄り添うように…傍にいてくれた。
《僕も、放しません。だからナマエさんも…放さないでくれませんか?》
そう言って優しく握ってくれた手。
それは本当にあたたかくて、本当に…心強くて。
背中から伝わる包むような体温も、本当に…ホッとした。
そう、うん…背中から、ね。
「…………。」
しばしの沈黙の末…。
がばあ!っと座り込んで、頭を抱えた。
えええええええ…!?
いやいや、やっぱり何か変だよね?
いや、変って言うか…あたしの反応、普通じゃないの?
どんな顔したらいいのかなあとか、そういう事考えるの別に普通だよね…!?
昨日、ホープはあたしを背中から抱きしめてくれた。
や、嫌だったとか…別にそういう話じゃない。
むしろ安心した…って話なんだから、まずそこは置いておこう。大丈夫だ。
でも、照れくさいな〜…とか、そういうのは…あるじゃない。多分。
だってホープは、男の子なわけだし。
ああでも、ヴァニラはよくホープを抱きしめてるよな…。
そういえばライトだってパルムポルムで抱きしめてたな…。
いや待てよ…、あたしだってどうだろう。
ヴァイルピークスでのオーディン事件の時、あたしもとっさにホープを庇って抱きしめたじゃないか。
あれは抱きしめるが目的じゃなくて庇う、ではあったけど…でも概念的には同じ事だ。
そもそも手とかならよく繋ぐし…。
大体こっちも放さないからそっちも放さないでね、みたいな話はあたしが発端だ。
「う、うううーん…?」
わけがわからなくなってきてとりあえず唸る。
でも別に嫌じゃなかったわけだし…。
ホープもそんなに何か深く考えてるわけでもなさそうだし…。
そんなに気にしない方向で、大丈夫…なのかな?
「まあ…いい、か…」
もうよくわからないし、考えることはやめよう。
嬉しかった。ホッとした。
なんだか心がスッと楽になった気がする。
正直…こんなに安心するものかと思った。
だから、ホープには感謝してる。
どんどん逞しく、頼りになっていくホープ。
だけど、勿論そこには弱さもある。
だからこれからも変わらず、一緒に頑張っていけたらいいと思う。
それだけの話、か。
もしかしたら、自分単純なんだろか。
まあ、別にそれでもいいか。
たぶん次に顔を合わせた時は、普通に話せるだろう。そんな気がする。
やっぱり、つくづく単純なのかも…なんて思った。
ところで、今までは周辺を散策して、ルシの手掛かりを探していた。
でも、今日からは少し違う。
昨日の一件を経て、あたしたちはヴァニラとファングの故郷であるヲルバ郷を目指す事になった。
少しマンネリになっていた日々に新しく吹いた風のよう。
そんな新しい目標は、なんとなく心機一転させるという意味でもあたしたちにとっては結構大きな意味があったと思う。
あたし自身、新しい場所を目指すっていう事実には、結構わくわくしていた。
「あ、ファング。あのさ、ホープどこにいるか知ってる?」
「ホープ?」
ベースキャンプから離れ、旅路に進み出したあたしたち。
現在地、ヤシャス山スバドラ高地。
グラン=パルスの景色が見渡せるこの高地で、少しの休息。
ヴァニラやファングがグラン=パルスにいたのは600年くらい前の事だし、それくらいの年月があれば天候や魔物の衝撃で地形の変わっている部分は多くある。
加えて地図も無いのだから、闇雲に進めばいいってものでも無い。
だから小まめに足を止めつつ、ゆっくり進めそうな道を確認しては進んでいく繰り返しだった。
今も、そんな小まめな休憩のひとつ。
そんな中で、あたしが近くに居たファングに尋ねたのはホープの行方だった。
あたしが変な事気にしてた事もあるし、今日はまともに話してない。
…正直言うと、ちゃんと話せるじゃん、大丈夫!…なんて、確認したかった…ってのもあるかもしれないけど。
だけどふと、そう思い立った時に彼の姿は無かった。
「ホープなら、さっき向こうの景色に見とれてたぞ。吸い込まれそうだって、随分感心してたな」
「向こう?そっか、ありがと」
「あいつに何か用なのか?」
「うん。まあちょっとだけね」
ありがとー、なんて言いながら頷いた。
でもその時、なんとなくファングが少しソワソワしているように見えた。
何か言いたそうな、そんな感じ。
だからあたしは首を傾げた。
「どうかしたの、ファング?」
「え、あー、いや…ちょっとな。ほら…私さ、前にナマエに変なこと言っちまっただろ?」
「変なこと?」
「…コクーンに思い入れとかあるか、とかさ」
「ああ…」
そこまで聞いて、ファングが何を言いたいのかなんとなくわかった気がする。
ファングは少し罰が悪そうに首筋の辺りを擦っていた。
「まあ、そんなこと聞いちまったのはさ…もうわかってるだろうけど、私自身に色々思うところがあったからなんだよな」
「うん」
「皆はコクーン育ちだしさ、コクーンを守りたいって気持ちはあって当然だと思うし…。他の奴の意見聞こうにも…そうなると、吐ける相手ってのが限られててさ」
「だね」
「だからナマエに聞いたんだけど…。でもさ、私が聞けねーって悩んでんのに、そんなの言ったら、お前まで悩ませちまったんじゃないかって…あとで後悔してさ」
ファングは本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
確かに…ファングに話を聞いて、あたしも色々考えた。
でもそれってきっと、ファングに言われなくても…いつか絶対にぶつかる問題だった気がする。
それに…誰かの吐け口になれた事、あたし自身そんなに悪い気がしてなかった。
「ううん。全然平気だよ」
「…そうか?」
「ていうか逆に…もっとどんどん愚痴とか言って欲しいのかもしれない」
「え?」
「だってきっと、話を聞いたり、一緒に考えたり、そういう事が出来るように今一緒にいるんだと思うから」
「………。」
そうやって笑って見せる。
だって本当に、仲間ってそういうものなんじゃないかって思ったから。
…たぶん、昨日の一件もあって…。
話を聞いてくれる人がいるって…凄く嬉しい事だと知ったから。
ファングにもなんとなく…言いたい事は伝わったらしい。
その証拠か、彼女も笑顔を見せてくれた。
「はは!そっか…うん、それも、そうかもな!」
「うん!だから、これからもバシバシ来ちゃっていいよ!どんと来い!」
「おう!ははっ…よし!なんかすっきりしたわ!…と、悪い、ホープの奴探してたんだったな」
「ああ、うん!じゃあちょっと行ってくるね!」
ファングに手を振って、あたしはホープを探すべく教えてもらった道に駆けだした。
しばらく進むと、高台からの景色の見晴らしはどんどんよくなっていった。
なるほど、これは納得。
確かに、吸い込まれそう…って感じかもしれない。
しばらく歩くと、声が聞こえてきた。
声はふたつ。
すぐにわかった。ホープとヴァニラの声だった。
「コクーンにいた時は、こんな世界があるなんて、想像したことも無かった。なのに僕は今、ここにいる。花火に行かなければ、パージの時、僕があの場所に座って無ければ、何かが欠けても、この景色を見ることは無かった」
ふたりは広大な景色を眺めながら話していた。
途方もなく広い景色を見て、ホープは何か胸打たれるものがあったのだろう。
パージの時、あの場所に座っていなければ…か。
確かにそうかもしれない。
あたしもあの場所に座ってたから、ノラさんが声を掛けてくれて…ホープに会って、ヴァニラに会って…此処にいるんだから。
「ホープは必ずここに来たよ。だって、約束したでしょ?一緒にグラン=パルスを見ようって」
「えっと…どこでしたっけ?」
「ふふ、じゃあ生まれる前」
「なんですか、それ」
ふたりの会話を耳に流しながら、あたしは少し考え事にふけってた。
…あれ。でも…あたしの場合、もっと遡ると、どうしてこの世界に来ることになったんだろうって話になってくる。
そう、だって…何か、きっかけとか…。
あの日…あたしは帰り道を歩いてた。
その時、急に強い風が吹いて…いや、そうじゃなくて…。
歩いてる時、あたしは振り返った。何故かわからないけど何かを感じた様な気がして。
それから目も開けられないほどの風が吹いて…次に目を開いた時、ボーダムの花火を見てた…。
「…あれ…」
なにか、違う…?
頭を押さえる。
違う…何か、どこかに違和感がある。
目も開けられない、風…?
目は閉じた。風も感じた。
でも…向かい風じゃなくて、あ、あれ…?
なんか、記憶が変…?
そもそも、何で振り返ったの?
何かを感じたって、何…?
「初めは嘘でいいんだと思います。先の事は怖いから、自分に言い聞かせたり。誰かを守るために、つい言ってしまったり。皆が信じてるものだって、後になれば嘘だってわかることもある。大事なのは、それからどうするかってことなんだと思います。本当のことなんて、自分が作っていけばいい」
その時ハッとして、聞き流してしまっていたホープたちの声が再び頭に入って来た。
気づくと、なんだか真面目な話をしているような。
これは…入るタイミングを無くしてるかもしれない。
なんだか立ち聞きしちゃってる。
ホープが前に立ち聞きしちゃってとか謝って来たけど、これは確かにちょっと罪悪感があるかもだ。
今から割って入ることもないし…。
急ぎの用があるわけでもないしなあ…。
出直そうか…。
そう思って、くるっと背を向ける。
でも、最後に耳に入って来た台詞には、ちょっと衝撃を受けた。
「だから、笑ってください。僕は、貴女の笑顔が好きだから」
聞こえた台詞。ホープの声。
頭の中で驚愕リピート。
僕は、貴女の笑顔が好きだから。
………。
「…っ…!?」
お、おおおお−−−っ!!?
思わず叫びそうだった。
でも押さえて心の中だけに留めた。
何だ今の!?
ホープくん何言った!?
フラグですか!?たらしですか!?
思わず振り返りたい衝動に駆られた。
「え、ええええ〜!?!?」
案の定、ヴァニラもそんな反応をしていた。
うん。やっぱりそうなるよね。
…って!罪悪感どこいった!
なに野次馬根性丸出ししてるんだ、あたし!
でも、正直気になるものは気になると言うか…。
ついつい、そろ…と、盗み聞きがやめられない、でもやっぱちょっと背徳感はある。
そうこう悩んでるうちに、ホープの笑い声が聞こえてきた。
「ふ…っ、あはははっ!!」
「っ、…からかった?」
「おあいこです!」
どうやら、ホープが笑ったのはヴァニラの反応を見ての様子。
ヴァニラも気がついたらしく、ホープからしたら、してやったり…みたいな感じの様だ。
………うわあ。
ホープが何か、…やりおる。
ダメだ、上手い言葉が見つからなかった。
でも、本当…そんな感じ。
あの子、将来本当にたらしになるんじゃないだろうか…。
そんな予感を今、あたしは確かに感じた気がする。
「戻ろ…」
事の成り行きを見守り、何だか自分の中でも満足感がある。
いや、盗み聞きしちゃったのは本当に悪いことしたなあって気持ちはあるんだけど。
貴女の笑顔が好きだから、…ねえ。
本当に凄い台詞を吐いてくれちゃったもんだ。
「からかった…かあ」
昨日のホープの言葉…。
あれがからかった、だとは思わないけど…。
でも、今のヴァニラに対してもきっと…元気つけるための冗談。
つまり、ホープは他人を気遣い、笑って貰おうという事が出来る子なのだろう。
なんか将来、本気で女の子泣かせそうで少し不安ですが…。
でもなんか、あたしの朝の悩みは解決された気がする。
今の見てたら、あまり深く考えなくてよさそうだ。
「ああ、ナマエ。ホープはいたか?」
戻ってくると、ライトが声を掛けてくれた。
あたしはライトに駆け寄って頷きながら、ちょっと首を傾げた。
「あれ、もしかしてファングに聞いた?」
「ああ。ちょっとお前を探しててな」
「え?何か用だった?」
「いや、そんな大した事じゃないんだが。ホープは良いのか?」
「うん。向こうでヴァニラと話してた。でも話し中に割ってはいるような急ぎの用でも無かったから、今戻ってきたとこ」
「そうか」
「……ライト。笑顔が好きって…なんだと思う?」
「は?」
それでもなんとなくライトにそんな事を聞いてみたり…。
いや、突然そんなこと言ったもんだからライトに凄い怪訝な顔されちゃったけど。
だから「なんでもない」と笑って適当に誤魔化しておいた。
それよりも、ライトはあたしを探していたと言った。
だからそこからはしばらくは、ライトと談笑をしていた。
ライトがあたしを探してくれていた理由はどうやら召喚獣の事だったらしい。
「召喚獣が出てくるのは心が揺れた時が多い様だが…大丈夫だったのか?」
「ああ、うん。大丈夫。元の世界の事とか、そう言う事考えてたから、ちょっと…ホームシックみたいな?でも雛チョコボと、それにホープが色々話聞いてくれたから。もう大丈夫」
「そうか。それならいいが」
「うん。平気平気!もう召喚獣も完全に味方になってくれたし、色々吹っ切れたし、こっからはまた心機一転。頑張るよ」
「ふっ…じゃあ、期待するかな」
「ふふっ、じゃあご指導もよろしくお願いします!」
「甘やかさないぞ?」
「うーん、まあ…ある程度はお手柔らかに?」
軽く冗談も交えながら、お互いに笑った。
でもそう…。
心が揺れたのは…ホームシックみたいなものもあったと思う。
世界にひとりきり…。
道を進むにつれて、何も残らなような。
なのに、戻る道もない。
だから本当…ホープの言葉は、純粋に嬉しかったな…って。
それに、召喚獣も。
ディアボロス…って、なんだかシリーズを思い出すと少し怖い悪魔ってイメージなんだけど。
でもなんとなく、悪魔とか…そういう怖さはあまり感じてない。
むしろ、その力を手に入れた時…その存在に心強さを覚えた気がした。
「しかし…ホームシックか。そういえば、お前の世界はコクーンとグラン=パルス、どちらの方が近い感覚なんだ?」
「え?うーん…あたしの住んでるところだとコクーンかなあ…。街とかあるし…。でも世界中を回ったら人の手が触れてない、こういう自然も沢山あるし…。グラン=パルスはコクーンほどファルシに異存してる感じもないよね。もしかしたら足して割った感じだったりして」
「足して割る…か。でも、ファルシが居ないと言うのは、今の私たちの状況的には興味深いな。少し見てみたい気もするよ」
見てみたい…か。
確かにファルシに依存しない生活を望むなら、あたしの常識は理想的なんだろう。
でも、そんな事を話していて…思い、気づく。
…ここ、ゲームの世界、なんだよな…って。
最初の頃は頻繁に、凄くそう感じてた。
全然文化の違う世界。
ファルシ、ルシとか…魔法が使えたりとか。
…いつからだろう。
なんだか最近は、あまり考えなくなった気がする。
だって、怪我をすれば痛いと感じる。
息が切れれば、苦しいと思う。
…こうやって誰かと話してれば、楽しいと思う。
《…いくらでも》
こつん…と肩に触れた額。
指を絡めて、握りしめた手のひら。
包まれた、ぬくもり…。
優しくて…あたたかいと、思った。
それは全部夢や幻じゃない。
紛れもない現実で、ちゃんと…此処にある。
ゲーム、とかじゃ…なくて…。
どんどん、強く…逞しく…。
大きく…胸を、突き動かす様な…。
「ナマエ。ホープ、戻って来たぞ?」
「え?」
その時、ライトがどこかに目を向けた。
振り向いてそっちを見てみると、確かにそこにはホープの姿。
ホープはあたしたちの視線に気がついたようで、こちらの方に駆けてきた。
「ナマエさん、ライトさん?」
「いや、ナマエがさっきお前を探していたと言ったからな」
「え、何かご用でした?」
「あ、ううん。全然大したことじゃないから気にしないでいいよ。さっきヴァニラと話してるの見かけたけど、まあいっかーって戻って来たくらいだし」
「え!?」
「…え?」
ヴァニラ。
その名前を出した瞬間、ホープの顔色が変わった。
ライトも気になったようだから、多分気のせいじゃない。
「なんだ、どうした?ホープ」
「え!あ…いや…ヴァニラさんと話してるの、見たんですか?」
「へ?うん。まあ」
「あ、え、ええと…どの辺、聞いてました?」
「どのへん?んーと、ホープがヴァニラからかってたとこあたり?」
「え!あ…そ、それだけですか?」
「うん?」
「なんだ、何かやましい話でもしていたのか?」
「い、いや!そういうわけでは…!いや、別にいいんです!ただ、話掛けてくれれば良かったのになって思っただけで!」
ホープはそう言って「あはは!」と、少しいつもより大きく笑った。
あの後何かまた話してたのかな。
少し気になるけど、なんとなく聞かない方がいいのかな…と。
まあ、それくらいは察するし、そこまで意地も悪くない。
「んー、わざわざ話に割って入ることもないかな〜と思ったから」
だからあたしもそう笑った。
でも…うーん…なんだろう…。
何だか、ちょっと…少しだけ…。
少しだけ、寂しいような…。
何が、って聞いても…上手く答えられないけど。
でも、そんな気持ちを覚えた気がした。
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