「僕らふたりでも、なんとかなりましたね」
「うん…。手伝ってくれてありがと、ホープ」
「いいえ」
召喚獣ディアボロス。
現れたナマエさんの召喚獣。
広げられた大きな黒い翼。
襲いかかって来たそれは、ナマエさんが力を示した事で従えることが出来た。
「…ディアボロス、か。なんか、ホープのと真逆だったね」
「僕のと?アレキサンダーですか?」
「ディアボロスとアレキサンダー。ほら、正反対じゃない?」
そう言って小さく笑うナマエさんは腰を下ろすと膝を抱え、手の中にある秘石をじっと眺めてた。
神聖なる城アレキサンダー。
ディアボロスは、悪魔…なのかな?
聖と闇、光と影。
ナマエさんが言ってるのは、そう言う事なのだろう。
「そうですか?」
だけど僕は、そう返した。
聖と闇。
それは、確かに真逆のものにも聞こえる。
でもそれはきっと、どうあっても切り離せないものだ。
「光があるところに、必ず闇もある。光が強くなれば、影だって強くなる。光だって、闇があるから輝くんですよ。表裏一体。ふたつあってこそで…。互いに必要不可欠じゃないですか?」
「………。」
少しだけ、願望も混じってしまった。
互いに必要…そう、あれたらいいな…なんて。
だけど、最も…ナマエさんのディアボロスから感じたのは…闇、と言うわけでは無かった。
なんだろう…。とても深い、何か。
…混沌…?って言うと、闇とそんなに変わらない…のかな?
だけど何だか、とても身近なものにも感じて…。
「ねえ、ナマエさん。僕…あれがただの闇には思えませんでした。なんだか、凄く傍にある様な」
「…ホープも、そう思った?」
「ナマエさんもですか?」
「うーん…。いや、何なのか全然わからないはわからないんだけど…。なんかちょっと怖かったし。でも、不思議とあたたかいような気もして…って、ごめん。説明ヘタで…」
「いえ…なんとなくわかります」
「あえて言うなら…、あ。笑わないでね?」
「笑いませんよ。なんですか?」
「…心…みたいって思った」
「心…」
心…か。
ナマエさんの意見は、すとんと納得に落ちた。
そうだ、人の心みたいな。
得体の知れない、でもとても身近な。
ただ、漠然と浮かんだ。
そう、あのディアボロスは…心みたいだった。
「……。」
「………。」
そして少し、流れた沈黙。
ナマエさんは俯いて、ぼんやり何かを考えてるみたいだ。
…まあ、その理由には心当たりがあった。
今の雰囲気と、その理由からだろうか。
ナマエさんの存在が、とても小さくて、弱々しく見えた。
…彼女の背中は、こんなにも儚いものだっただろうか?
なんとなく、そんな風に思える。
「…ナマエさん」
儚い存在を確かめるようにあなたの名前を呼ぶ。
そして気がつくと僕は、その背中にゆっくり手を伸ばしていた。
そっと、膝をついて…貴方の傍へ。
そのまま後ろから、出来るだけ優しく。
ぎゅっ…と、すくめるように腕を首にまわした。
「…っ…?」
掠めた感覚に、ナマエさんが小さな声を漏らして、身を少し硬くしたのが分かった。
だけど僕はそれを見ぬふりをした。
「…ホー、プ…?」
ナマエさんは戸惑ったような声に呼ばれた。
実際のところ、僕自身も無意識だった。
自然と…ナマエさんに手を伸ばしてた。
だからここで少し我に返って、頬が熱くなった。
ナマエさんの体温が…凄く近くにある、って実感する。
でも、それくらいに…、こうしなきゃ壊れてしまいそうで。
だから僕は、更に力を込めた。
「…ごめんなさい」
「えっ…?」
「本当は…聞かれたくない話でしたよね…」
立ち聞きなんて…2回目だ。
それに今回の話はきっと、そんなこと絶対にしちゃいけない話だっただろう。
僕が何を言っているかを察したナマエさんは「…ああ…」と納得したように小さく呟いた。
…さっき、僕がアレキサンダーを従えた時、ナマエさんが少しだけ…元気が無いように見えた。
気のせいかもしれないって思ったけど、少し…気になってた。
小さな物音がして目が覚めると、見張りのファングさんにナマエさんが顔を洗いに歩いて行ったことを聞いた。
話せる機会を得られたかもしれないと思った僕は、ナマエさんを追って川に向かった。
そうしたら…聞かれたくなかったであろう貴女の本音を、少し見てしまった。
「…そっか、聞こえちゃったのか」
「…すみません…」
「別に謝ること無いよ。というかむしろ、ホープだって気分の良い話じゃなかったでしょ?」
「そんなこと…」
そんなことない。あるわけなかった。
ナマエさんの声は、優しかった。
ただ…僕は、悔しいんだ。
自分の非力さが…凄く、もどかしい。
今だって…本当は、貴女を包むように抱きしめたいのに。
座ってくれているから今はまだいい。
でも、抱きしめると言うより、抱きついていると表現出来なくもない。
まだ、貴女より低い背丈の、小さな体…。
ちっぽけで、どう足掻いても…それは今どうしようもない。
だけど…これだけは。
どんなに小さくても、貴女をこんなに想う心は…ここにあるんですよ。
「ナマエさん…」
それが少しでも伝わるように、力をこめる。
「僕は、ナマエさんが必要です」
「え…?」
「…ライトさんも、スノウもサッズさんもヴァニラさんもファングさんも、みんな貴女が好きです。確かに僕らは…違う世界の人間なのかもしれない。けど、ひとりじゃないです」
「………。」
世界にたったひとりきり…。
家に帰るまで、僕も少し…同じような事を考えていた。
実際、違う世界という規模を考えると…ナマエさんの方がずっとずっと苦しいのかもしれない…。
だから僕には、どう頑張ったって…貴女の心の全ては掴めない。
人の心って理解するのは…とても、難しい。そもそも全部理解するなんて不可能なんだろう。
だけど、少しでもわかりたいって思う。
「ねえ…ナマエさん。どうしても不安が拭えないのなら、僕のこと…思い出してください」
言葉を探して、伝えていく。
ずっと…貴女は、僕の心に寄り添ってくれましたよね。
必死に僕の気持ちを考えてくれましたね。
だから、あなたと同じように。
僕も、ナマエさんに寄り添いたい…。
だから、わかって欲しい。
「ビルジ湖で…ナマエさん、僕に言いましたよね。僕の行く宛てと自分の宛てが重なってる間だけでいいから…一緒にいて欲しい、と」
「……。」
「あれ、本当は僕の為に言ってくれたこと…わかってます」
「…あたしが、あの状況でひとりになりたくなかっただけだよ」
「確かにナマエさん自身、ひとりでいる事に抵抗はあったかもしれません。でも、僕の事も考えて口にしてくれたでしょ?」
わけのわからない場所。
わけもわからない状況。
勿論、ナマエさんの本音でもあるとは思う。
だけど…パージされて、母さんを失って、挙句の果てにルシにされて。
そんな状況で絶望しきってた僕の事を、貴女は気遣ってくれた。
自分の事だけじゃなくて、僕の事も…考えてくれていた。
不安定な僕に、必死に寄り添おうとしてくれた。
「だから僕もナマエさんに出来る事、考えたいんです。貴女はいつも僕の傍に居てくれたから…。だから…貴女をひとりにする様な事、僕はしません。いや…僕が、一緒にいたいんです。貴女が、この世界にいる限り」
「…ホープ…?」
「僕は…一番年下だし、強くもない…。悔しいけど、頼りないのは自分が一番わかってます」
「………。」
「だけど僕は…僕がナマエさんに出来ることがあれば、何でもしたいんです。悩みがあれば聞くことは出来る。一緒に考えたいとも思う。だから…これだけは約束出来る」
「…約束…?」
自分の非力さを嫌なくらい思い知る。
今はまだ、力は全然足りないけど…。
だけど、この想いだけは…自信がある。
「僕が、自分からナマエさんの傍を離れることはありません。ナマエさんが望んでくれるなら」
「…ホープ…」
まだ、抱きしめたまま。
そのまま片手をナマエさんの手に伸ばす。
ファルシの御座へと向かう前、貴女は僕にこう言った。
《あたしも放さないから、ホープも放さないで…くれる?》
知ってますか。
あの時、貴女が僕の手を握ってくれて…どんなに、温かかったか。
だからその言葉を、僕は今…貴女に返す。
「僕も、放しません。だからナマエさんも…放さないでくれませんか?」
「……。」
絡めた手を、ナマエさんの顔の目の前に持ってくる。
絶対に目に映るように。
ちゃんと貴女に見えるように。
すると、僕だけが込めていた指の力に彼女からも応えがあった。
ナマエさんの手が、僕の手を握り返してくれる。
「……あり、がとう…」
そして彼女は、首に回っている僕の腕に頬をうずめて、ぎゅっと腕を抱きしめる様に触れた。
小さな声で、僕にお礼を呟きながら。
この時、僕は少し…高揚した。
手を、握り返してくれたこと…。
こうして抱きしめても…嫌がられなかったこと。
「…僕はきっと、ナマエさんの悩みを打ち消してあげられる力もない。そんな簡単な悩みじゃないんだってわかっているつもりです。簡単に答えが出せるものじゃないって…。だけど…、貴女がいると…僕はホッとする。ナマエさんにも…そう思って欲しい」
今更だけど、少し顔が熱い。
僕、今…ナマエさんを抱きしめてるんだ。
そして、沢山恥ずかしい台詞を語ってる。
でも…どれもこれも、本心だ…。
「…ホープ」
「はい…?」
その時、ナマエさんが僕を呼んだ。
少し我に返った時だったから、拒否って言葉が浮かんできた。
でも、どうやらそうではなさそうだ。
ナマエさんの声には、嫌がる色も滲んではいない…ように見える。
「あの…さ、今からあたし…ちょっとおかしなこと言うけど…いい?」
「え?」
おかしなこと…?
見当がつかなくて首をひねる。
ただ、気になったのは、少しナマエさんの声が少し困惑してるような…そんな印象を受けた事。
そしてもぞもぞと言葉を濁らせた末、ナマエさんはぽそっと小さく呟いた。
「……もう少し、このままで…いてもらっても大丈夫ですか…?」
「…えっ」
それは、思ってもみなかった言葉。
「あー…いや、えっと…その、…うん」
「……はい」
「あったかい…ね…」
「…そうですね…」
ああ…なんだか、どうしよう…。
照れくさくて、でも、凄く嬉しくて。
見えてはいないだろうけど、僕は小さく微笑む。
「…いくらでも」
そして、ナマエさんの肩のあたりに額をこつん…とくっつけた。
To be continued
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