闇よりの使者


さらさら、と…水の流れる音がする。

よく聞こえるのは、その場所がとても静かだからだろうか。

川の流れ…。
あたしはそれを、座ってぼんやりと眺めていた。





『キュイ…?』

「ん?ちょっとね、考え事してるんだ」





隣で小さな鳴き声がする。
そのふわふわに目を向けて、あたしはそっと手を差し出した。





「わざわざ付いてきてくれてありがとね、雛チョコボ」





小さな羽を広げて、手の上に乗ってきてくれた雛チョコボ。
あたしは顔を近づけて、ふわふわの羽にすりすりと頬に寄せた。

今は、あたしとこの子とふたりきり。
場所は先ほどの食材集めをしていた川辺だ。

目が覚めてしまったから少し顔を洗ってくると見張りのファングに伝え、雛チョコボとここにやってきた。

なぜ雛チョコボとなのかというと…雛チョコボは、体を起こした時に目を覚まさせてしまったのか、立ち上がった時に傍に飛んできてくれた。
起こしてしまったのなら少し申し訳ないけど、起しちゃったもんはしょうがない。
だからそのまま一緒に付いてきてもらうことにした。

…と言っても、別に何かするわけじゃないんだけど。

ただ、なんとなく…今は少し眠れる気がしなかった。
…というか、心がもやっもやしてとても寝付けなかった。

ああ、もう…なんか、もうっ…。





「はあっ…。なんだかな、もう…」

『キュ?』





大袈裟な溜め息。

それを見た雛チョコボはまるで「どうかしたのか?」と聞いてくれているかの様に小さな首を傾げた。

それを見て少し思う。
この子になら…ちょっとだけ、吐き出してみても…いいのかな。





「…ねえ、雛チョコボ。あたし、今からちょっと変なこと言うけど…聞いてくれる?」





最近、ずっと…胸のあたりから喉までつっかえてた。
吐き出せなくて、吐いていいとも…思えなくて。

あたしは人さし指でそっと雛チョコボの頭を撫でてそう聞いてみた。
すると雛チョコボはまた小首をコテっと傾け、まじっとあたしを見つめてくれた。





『キュイ?』

「あはは…。あんまり、大きな声じゃ言わない方がいいんだろうなって話…。でもちょっと、誰かに吐いちゃいたいって言うか…。出来れば皆には内緒にしてもらえると助かるんだけど」





どうでしょうか、と尋ねてみる。

すると少し考える様に、間を空けた雛チョコボ。

でもすぐにパサッと羽を広げてくれた。
たぶん、了承の合図だと思う。





「……ありがとう」





その姿に少し笑って、また黄色い頭を撫でた。

じゃあ…まずは、何から話そうかな。

本当に、全然明るい話では無いから。
というかむしろ言うと愚痴に近い。

ああ、なんだか自分が嫌になる。
だって、あたしは…皆と真逆の様な事、ずっと胸に抱いてたから。





「あのさ…本音を言うとあたし、ルシになった事そこまで苦に思ってないような気がするんだよね」

『ピュー…?』

「あ、いや…この言い方じゃ語弊があるか…。使命とか意味不明だし、シ骸だって絶対御免。自分がなるのも、皆がなるのも嫌だって思う。それは本当だよ」





そう…ルシになってよかったとか、そういう事じゃない。
だけど…それは確かに、初めて口にした、自分の中の本音だった。





「…ほら…あたし、ひとりぼっちだから…さ」





なんだか言葉がこんがらがる。
上手く気持ちを説明できない…。

聞いてくれる?なんて言っておいて、これじゃ世話ないな。

でも、言葉にしてみて、改めて思う。

そう…あたしはひとりぼっちなのだ。





「皆はさ、ルシじゃなくなったら、逢いたい人とか、一緒に居たい人がいるわけじゃない?自分も大切に思えて、相手にもそう思ってもらえる人。ライトやスノウはセラ。サッズはドッジ。ヴァニラとファングは、きっとその先でもふたりで…。…ホープは、お父さんの事、ずっと気になってるだろうし」





もう一度、大切な人との日々を。
それが皆の目標で、希望。

その為に今を生きている。

でも、それなら…あたしは?





「あたしはさ…。帰れなかったら…あたしは…」





どこかでずっと背けてた。
言葉にしたら、ますます重くのしかかって来た気がした。

あたしは、この世界でひとりぼっちだ。
それは紛れもない事実。

違う世界、いるはずのない場所。

なら、あたしの居場所は…どこにあるのか。





「…今は、皆といられる。…ルシだから。ルシになったから、皆とこうして一緒にいられるんだよね」




ルシになったから…同じ目的を背負ったから。
だからあたしは皆と、此処にいる。いられるんだ。





「勿論、シ骸になるのも…絶対御免なんだけど…。でも、ルシじゃなかったら…こんな風にしてなかった。この世界でひとり立ち尽くしてたのかなあ…なんて。あはは…ジレンマ、ってやつかな…?」





シ骸にはなりたくない。
ルシから解放されたい。

でも、だけど。
そうやって頭の中を繰り返していく。





「それと、ファングが言ってたことも、ちょっとわかるんだ」

『ピュイー…?』





ファングは前に言っていた。

自分はコクーンがどうなろうと構いはしない。
大切なのは、自分が守りたいのは…家族なんだって。





「あたしも…そこまでコクーンに愛着とか無いから…。コクーンにいる知らない人より…此処にいる皆の方が、ずっと大事」





じゃあ…使命を果たしたら?
コクーンを…壊したら?

ルシじゃなくなる?
皆は守れる?

でも、居場所はなくなるよ。

じゃあやめる?

…本当は、そういう問題じゃない。
コクーンの人の命と引き換えなんて……比べていいわけがない。

ぐるぐるぐるぐる。頭が回る…。





「…いくら知らない人だからって、コクーンを壊す事が正しい事じゃないのもわかってる。どうでもいい…ってわけじゃない。あはは、もう本当ごめん。言ってることゴチャゴチャしてるね!自分でも、なんかもう、よくわかんないかも…」





なんだか空元気。
自分でも、なんとなく…変な笑い方してるのがわかる。

雛チョコボも困ってしまうだろう。
こんなわけのわからない事ばかり聞かされたって。

だから申し訳ない意味を込めて、あたしは雛チョコボを撫でた。





「なんか…ごめんね。変なこと聞かせて。でも…ルシじゃないの、君だけだからさ」





あたし自身が…何を望んでいるのか、自分でもよくわからない。

皆は優しいから、こんなわけのわからない感情にも…耳を貸してくれるかもしれない。

だけど…そんなこと話してどうするの。

ルシにならなかったら?
コクーンに愛着が無い?





「…こればっかりは、あたしだけの問題だからね…。こんなこと皆に話してもしょうがないし。それにもし少しでも悩ませて烙印が進行しちゃったら…とか考えるとアレだし」





そんなの聞かされて、余計に悩ませてどうする。

ホープだって…、あんなに悩んでた。
あんなに、自分の事を追い詰めていた。





「ルシじゃなくなって、コクーンも破壊しないで…それでその後、あたしは元の世界に帰る。これがきっと、一番綺麗な形なんだろうね。でも…元の世界にどうやって帰ったらいいか、全然わからない。今まで色んなところに行ったけど、手掛かりっぽいものは全然なかったから」





酷く、足元を不安定に感じた。

なんで、あたし…こんなところにいるのだろう。
なんで、ゲームの世界に…?

ひとりだけ、どうしてだろう…?

考えていくと、どんどん体が寒くなっていくみたい。





「ひとりって…怖いね…」





朝、目を覚ますたび…何度も何度も思い知る。

帰れない。
シ骸になりたくない。

…ひとりに…なりたくない…。

ひとり…ひとりきり、ひとり…ひとり…ひとり…。





「ははは…やだ…な…」





巡ってく。
頭の中を、ぐるぐると。

ひとり。ひとりきり。
世界にたったひとりだけ。

居場所は?どこに帰るの?

ひとり、ひとり、ひとり、ひとり。

胸が痛い。目頭が熱くなる。
気持ちの逃げ場が見つからない。

ただ、先にあるのは孤独の未来。





「…ひとりに、なりたくないな……っ」





ぎゅっと、瞼に押しつけるように…手で顔を覆う。

するとその瞬間、首筋に何か衝撃が走った。





「……っ…?!」





慌てて首筋を押さえつける。

眩しい…っ。
押さえつけた指の隙間から、光が漏れている。

…ルシの烙印が光ってる…!?

光はどんどん濃くなっていく。

不思議な色…。
青のような、緑のような…白くも、見える…?

不思議な光は、足元に円を描いていく。

見覚えがある…。
これは、魔方陣…!?





「ナマエさん!!」

「っホープ…!?」





その時、急に後ろからを呼ばれた声に驚いた。

誰かは声ですぐにわかった。
振り向いてそこにあったホープの姿。

ホープはブーメランを手にしてあたしに駆け寄ると、まっすぐに魔方陣を睨んでいた。





「この光、きっと召喚獣です!」

「…う、うん…」





幾千もの姿を持つ混沌よ、エトロの恩恵によって、見えざる世界より現れたまえ。

魔方陣に浮かぶ文字…。
わからないのに、何故か…読めた。

混沌…、エトロ…?
見えざる世界…?

何のことか、全然わからない…。

でも考えている間もそう無い。

ホープとふたり、見つめた魔方陣の中。
光の中に、何かが召喚されていく。

黒い…大きな翼…。
バサッと音を立て、広げたそれは…途方もない、深い何かを感じる。





「ディア…ボロス…?」





頭の中に、自然と浮かんだその名前。
闇よりの使者…ディアボロス。

あたしはそれを…零すように呟いた。





「あ…」





その瞬間、目の前に浮かんでいる黒い翼がバサッと更に大きく広がった。
そして赤黒い手のひらを掲げ、そこに魔力が込められていく。



あ…来る…。



そう思ったのに、上手く体が動かない。



やら…れる…!!



前にライトに力を抜けって言われたのに、強張って全然動かなかった。
出来たのは、痛みを覚悟して、ぎゅっと瞼を閉じる事だけ。





「ナマエさんッ!!」

「っ!?」





だけどその瞬間、名前を呼ばれて、何かが覆いかぶさるように体を押された。

もつれるように体が動いて、ズサッと体が草に擦れる。
同時に、放たれたであろう衝撃から生まれた風に撫でられた。

まさに、間一髪。
あたしはディアボロスの攻撃を免れていた。





「大丈夫ですか?」

「ホー、プ…」





目をあけると、ホープがすぐ傍に居た。
ホープがあたしに飛びついて、咄嗟に攻撃から守ってくれたのは、考えるまでもなかった。

…助けてくれた…。
そうぼんやりホープを見つめていると、ホープはすぐに立ち上がり、あたしの手を掴んで立ち上がらせた。






「駄目ですよ」

「え?」

「生きて、って…さっきナマエさん、僕に言ったんですから。それなのに、あなたが諦めるなんて許さないです」





ニコッと笑うホープの顔が目に焼きついた。
というより、言われてみて我に返った。

確かに、そりゃそうだと思う。





「ほら、早く、味方になって貰いましょう」





ホープはそう言いながら、空に浮かぶ悪魔を見上げた。
あたしも一緒にそれを見上げる。

グラン=パルスの夜空に、ぽっかりと浮かぶ黒い翼…。

ああ、なんか真っ黒だ。まさに漆黒って感じ。
漠然とした恐怖が胸に浮かんでくる。

でも、なんだか不思議だった。

じっと見てるとわからなくなる。

黒い翼は、悪魔そのもの。
思わず臆してしまう、そんな感じなのに。

でも…真逆の印象も覚えた。

得体が知れない。
でも、恐怖と、…あたたかさも感じる。

そして…。





「ホープ」

「はい」





そして映った、小さな背中。
…いつもずっと、近くにあったこの存在。

声を掛けると、ちゃんと返事をしてくれた。
それを聞いたら思わず頬が緩んだ。

そんな表情のまま、あたしは彼に尋ねた。





「今からあいつ、何とかしてみるよ。…手伝ってくれる?」





その質問に、ホープは黄色いブーメランを投げ、回りながら落ちてきたそれをギュッと握り直して頷いてくれた。





「当たり前です!」





その頷きを見て、あたしはまた自然と微笑んだ。
そのままキッ…と、悪魔を見つめ直す。





「…ありがとう」





そして、小さな声でお礼の言葉を呟いた。



To be continued

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