「限界だって言うのかよ!」
「コクーンを離れてどんだけ経ったと思ってる?どこに行ったって人はいねえ。ルシに関する手がかりもありゃしねえ!…これでも良くやって来た方じゃねえか」
日が暮れて、焚火が揺らめくベースキャンプ。
スノウとサッズの声が響いた。
どちらも悲痛な声だった。
倒れたホープの目覚めを待って…辺りはすっかり暗くなった。
ずっとずっと探し続けて、だけど見つからない。
だから…ホープの烙印が進んでしまうのも、無理のない話だった。
「ホープ…」
あたしはホープの傍に腰をおろし、彼の顔色をずっと見ていた。
正直、あまり穏やかな寝顔とは言えない。
それに…本当はホープだけじゃない。
差はあれど、ストレスは…ここにいる誰も感じているはずだった。
というか…、だからこそホープはずっと頑張って笑ってたんだろう。
心配掛けないように、足を引っ張らないように。
さら…と、ホープの頭に触れて撫でる。
…なんだか、やるせない気持ちになった。
「道は、まだあるよ」
その時、そんな悲痛な空気を壊すように声が発せられた。
それはヴァニラの声だった。
ホープの顔を覗き込んでいたヴァニラは立ち上がり、スノウとサッズの言葉に光を見出させるように、そっと口を開いた。
「あの場所に行けば…」
「ヴァニラ!!」
それを聞いたファングが強い声でヴァニラを制した。
ヴァニラの瞳が少し揺れる。
そんなヴァニラを見ながら、ファングは心配そうに確認した。
「…いいのか?」
その問いに、ヴァニラは頷いた。
グラン=パルスに来て、まだ確かめていない場所。
それは、ふたりにとってとても意味のある…そんな場所だった。
「何も見つから無ければ…今度こそ、終わりだがな」
ライトが呟くと、皆は黙りこくった。
「すべての始まりの地…ヲルバ郷…」
小さな声がした。
それは、目覚めを待っていた彼の声。
「ホープ…大丈夫?」
ホープが気がついた。
あたしが顔を覗き込むと、ホープは小さく笑って頷いた。
だけど、その笑みはどこか無理を感じた。
…痛々しい。
疲れきっても、繕う…精一杯の笑顔だ。
皆の視線も、自然とホープにへと集まった。
「僕達をルシにしたファルシが眠っていた場所…。ヴァニラさんたちの故郷。そこに行けば、刻印を止める手掛かりが残ってるかもしれない」
「…辿りつければな」
ファングが俯きながら答える。
それを聞いたホープは、また小さな笑みを作った。
「先に行っててください」
ゆっくり体を起こしながら、そう微笑むホープ。
あたしとヴァニラはそれを支える様に慌てて手を伸ばした。
「何言って、」
「置いてけないよ!」
そしてそう、ホープの言葉を否定した。
だけどホープは支えを断り、自分の足でゆっくりと立ち上がった。
「僕なら大丈夫です。ひとりで戦える強さを…皆から、貰いました。ね、ナマエさん…僕、少しは強くなったでしょう?」
「…ホープ…」
立ち上がったホープは、一度あたしに振り向き微笑んだ。
正直…その笑顔は、やっぱり痛々しかった。
だからあたしはホープを追うように立ち上がった。
「そうだね。強くなったよ」
頷いた。
だって確かに、強くなったから。
でも同時に、首を振った。
「でも、無理して強がれなんて誰も言ってない」
「別に…無理なんて、っ…」
「…っホープ…」
どう考えても無理をしている。
その証拠に、直後、ホープの足はぐらっとふらついた。
「全部背負うって、パルムポルムで約束したろ?」
そんなホープを受け止めたのはスノウだった。
スノウの胸に体を預け、ぽんぽんと頭を撫でられるホープ。
その中で、ホープは泣きそうなほどに顔を歪めた。
「……怖いんです」
やっと吐きだした本音。
その声は、震えてた。
「皆同じだ。同じ苦しみを背負った仲間じゃなかったのか?」
ライトが近づき、顎に手を添えホープの顔を上げさせる。
優しい微笑みを浮かべるライト。
だけどホープは泣くのを耐えるかのように唇を噛んだ。
「仲間だから嫌なんです。傷つけるのも、傷つけさせるのも…!」
ルシの烙印は、ホープが一番進行していた。
このままいけば、一番にシ骸になってしまうのはホープ。
シ骸になれば、仲間を傷つけて…仲間も自分を倒さねばならない。
ホープは自分の顔を押さえ、強く嘆いた。
「だったらいっその事ここで…!」
ホープがそう言いかけた瞬間、カッと光が放たれた。
とてもとても眩しい光。
放っているのは、ホープの手首にある烙印。
ホープの足元に黄色い魔方陣が浮かんでいく。
それを見て皆がどよめいた。
でも同時に、何が起きているのかすぐに理解した。
召喚獣が…来る…!
「うわあっ!!!」
ホープの悲鳴と同時に魔方陣から空に伸びた光の柱。
その柱の中から現れる、強大な力。
今まで見た、どれよりも大きい。
巨大な召喚獣が、ホープの前に立ちふさがった。
「絶望の次は、死神のお出ましか」
「いや、その逆だ」
さっと、ホープを庇うように前に出たファングとライト。
あたしはじっと召喚獣を見上げた。
なんだろう…。
よくわからないけど、でも何となくわかる。
ライトの言う通り…死神とは色んな意味で、真逆だ、コレ。
ひしひしと伝わってくる聖なる何か…。
これ…、この召喚獣は…アレキサンダーだ。
「ホープ!お前にはこれだけの力が眠ってる。なのに、諦めるからコイツが出てきた!」
「え…?」
ライトがデュアルウェポンを構えながら、ホープを叱咤した。
それを聞いたファングも、槍を振りかざしてニッと笑う。
「なるほど。こいつは誘いに来たのか。悔しがる暇があんなら、この試練を乗り越えてみやがれってな!」
「僕の力を…?」
召喚獣はルシの死神。
前のファングの言葉から、あたしたちは今までそんなことを考えていた。
だけど本当は…それは違うんじゃないか。
生きろって、励ましに来てくれてるんじゃないのか。
だからこそ心が揺れたら現れ、従えれば力を貸してくれる。
ホープはじっと、アレキサンダーを見つめていた。
「…ホープ!」
「…ナマエさん」
その姿に、あたしは思わず声を掛けた。
声を聞いたホープはゆっくり振り返ってくれる。
だけど、目が合ってからハッとした。
「あ…えっと…その、さ…」
…何、言おう。
呼んどいて何言ってんだって話ではあるんだけど…。
…なんで、呼んじゃったんだろう。
頭の整理がつかない。
だけど…何を言えば良いのか、何を伝えたいのか…。
あたしは…ホープに、どうして欲しいんだろう?
…ただ…嫌だと思った。怖いと思った。
君が…いなくなってしまうのは。
ホープがシ骸になるなんて。
…いっその事ここで…、なんて。
…考え、たくもない。
「……お願い。…生きて!」
自然と出たのはそんな言葉。
本当は…もっと気の利いた言葉があったかもしれない。
でも、間違いなく本心だった。
「…はいっ…」
言葉への返しは、穏やかな笑みだった。
ホープはポケットに手を伸ばし、黄色いブーメランを取り出した。
そして、穏やかな笑みを一変させる。その眼差しを強く、アレキサンダーへと向ける。
本当に、強い表情…。
「アレキサンダーッ!!」
ホープが叫んだその意思に、アレキサンダーもまた応えた。
烙印の光る左手首。
ホープがそれを掲げると、アレキサンダーは変化した。
守りの要…聖なる城壁へと。
ホープの覚悟を見たアレキサンダーは、光に包まれ姿を消した。
残ったのは、ホープの手のひらの中にある黄色い秘石。
「でっかいのを手懐けたもんだ」
秘石を見つめるホープに、サッズが褒めるように笑う。
ホープもそれに頷いた。
「召喚獣は…死によって人を救うんだと思ってました。けど、頼りない僕たちを叱りに来てくれてたんですね」
「強がりのお前をだろ?」
「次はちょっとだけ、甘えます…」
スノウに肩を叩かれ、ホープは笑った。
ひとりで抱え込むのはきっと無理。
ずっと…ホープは無理をして、我慢していた。
ただ、虚勢を張って…強がって。
だから今のホープの顔は、少し憑き物が取れたみたいに穏やかなものになっていた。
それは本当に良かったと思った。
「言ったでしょ、グラン=パルスでは皆が家族!嫌がったって、ずーっと一緒だよ」
ヴァニラは手を伸ばし、ホープの体をぎゅっと抱きしめた。
…おお。
それを見て、つい、そんな反応。
いや、でもやっぱ思うよね?
確かこれで3回目…かな?
あたしの数えた限りでは。
でもなんか少し慣れてきた気もする。
最初はホント驚いたけど、今じゃなんか笑っちゃうもん。
それに…今はそれよりも、今耳にしたヴァニラの言葉の意味の方が、耳に残った。
…ずーっと一緒、か…。
「地獄の果てでもな」
「ここは地獄じゃないっての!」
サッズの言葉と、それに突っ込んだファングに皆が笑う。
少し、空気が明るくなった。
それを察したライトは、全員の顔を見渡した。
「覚悟は決まったな」
ライトの確認には、皆が頷いた。
勿論、あたしも。
だけどあたしは…頷きながらも、ちょっと首筋を押さえた。
「………。」
なんだか、胸の奥がもやもやする。
素直に思う。
コレ…あんまり、綺麗な感情じゃない。
なんとなく、少し…後ろめたいような…。
でも、変に水…差したくない。
だって折角空気が軽くなった。決意が決まった。
だから黙ってた。
だけど…皆が気持ちの区切りをつけ始めたなかで、あたしは…少しの靄を感じていた。
To be continued
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