奇跡はうちらの得意技


パラメキア艦内。
鳴り響く警報と共に、次から次へとわんさか兵士が溢れ出てくる。

あたしたちはそんな兵士の波を越え、ヴァニラとサッズ救出を目指し、ただひたすらに先へと足を進めていた。





「道を開けろ!邪魔する奴はぶっ殺す!」





艦内通路の壁際の影。
そこから威勢よく叫ぶスノウ。

それを見たファングは訝しげに眉をひそめた。





「挑発してどーするよ」

「脅せば逃げると思ってさ。無駄に犠牲を増やしたくねえ」





スノウはいつものようにニッと笑う。

パルムポルムの時と同じ。
わざと脅威に振る舞う事で、敵を遠ざけようとする行為。





「望み薄だな。向こうはコクーンからルシから守ると信じて戦ってる。ファルシに操られてるとも知らずにだ」





ライトは首を横に振った。

残念だけど…それは、あたしたちの現状だ。

戦いたくない。
犠牲なんて出したくないのに、上手くかみ合わない。

それがこの世界の現実。

だけど、不思議。
なんだか今は少し、いつもより気持ちが軽く思えた。





「だったら犠牲を出さないために、ちゃっと目的を果たしちゃうに限るよ、きっと!」

「ええ。進みましょう!」





ホープと一緒に鼓舞すると、皆頷いてくれた。
その頷きが嬉しくて、なんだか少し胸のあたりがジン…とした。

それにしても…さっきから辺りに警報が響いている。
耳について、凄く気になってるんだけど…。

まるで悪いことしてる…って、まあ聖府からすればそうなんだけど、自分たちの行動で警報を鳴らされてるっていうのは何となく嫌な気分だ。





「グリーンやパープルって、なんでしょう?」





警報を聞いたホープが首を傾げた。

良くわからないけど、警報には状況に応じて色が振られているみたいだった。
ちなみに今は紫。パープルだ。





「奴らの顔色じゃねーの?血の気が失せた紫色だ」





ホープの疑問を聞いたファングは冗談めいた様に笑う。

奴らの顔色…。
なるほど、それは上手い表現だ。

妙に納得したあたしもつい笑ってしまった。





「あははっ、そっか!最初はカーマイン、紅だったもんね。怒って迎え撃つ気満々だったけど、そこから緑に紫に、どんどん顔色が悪くなってるんだ!」

「おう、そーゆこと。ざまーみろだ」





ファングもノリ良く悪乗りしてくれた。
なんだかちょっと嬉しい気分。

でも、対応を変えてるって事は、あながち外れてもいなさそうだ。
ルシの力はやっぱり強いし、多分そうこっちも分が悪いわけでもないと思うから。

うん、ちょっと…ざまあ見ろ、なのかもしれない。
ルシだから処刑なんて冗談じゃないもんね。

そんなことを考えていると、どこから銃声のような音が聞こえてきた。

あたしたちを警戒しての音じゃなさそうだ。
…となると、浮かんでくる予想はそう多くない。





「誰か戦ってる…?」

「ヴァニラか…?」





あたしたちの他に戦っている誰かがいるとしたら。
その可能性は、きっと高い。

だからあたしたちは音を目指し、先を進んでいくことにした。

そうして出たのは露天甲板。
空を飛ぶ艦隊の上となると、少し勢いが強くて歩き辛さを覚えた。





「ナマエさん、気を付けてください」

「うん、ホープもね」





落ちたら本当、洒落にならない。
つるっと滑ってしまう事が無いように、きちんと足を踏みしめながら歩く。

髪も乱れてちょっと鬱陶しいかも。
そう思って髪を押さえた時、ふっと…風の勢いが緩やかになった事に気がついた。

髪を耳に掛け、空を見上げて見る。

風に神経を澄まして確信。
どうやら、気のせいではなさそうだった。





「あれ…風…」

「はい…。風が…?」

「やんでいく…。艦が減速している。敵の作戦か?」





ライトが少し警戒するように辺りを見る。

この場に居るあたしたちにとって、風が穏やかになってくれたのはラッキー以外の何物でもないけど、どうなのかな?

わざと、おびき寄せてるとか?





「奇跡が起きた、でいいんじゃねえの?」





すると、スノウが前向きにそう言った。

奇跡…。
凄くスノウらしい回答だと思う。

でもその奇跡。
次の展開でちょっとぶち壊し。

突然、傍にあった扉が開くと、そこから軍用獣がわらわらと出てきた。





「あれも奇跡かよ」

「うっ…」





ファングの突っ込みに言葉を詰まらせたスノウ。
でも今度、それを肯定したのは、さっき一番に警戒したはずだったライトだった。





「ああ、奇跡さ。風と違って、倒せる敵さ!」





逆境も奇跡と信じて、敵を払い進んで行く。
奇跡だって信じれば、なんだか勢いづいていくような気持ちになれる。

だったら奇跡を信じるのだって、きっと悪くない。

よし、いっちょ頑張っちゃおうか!
わらわら敵が出てきたってのに、なんだか今はやったるぜ!って気分だ。

すると、そんな期待に応えるようにかどうなのか。
続けては、先程までと比べられない大きな飛行型の軍用獣が飛び出してきた。





「よう、ライト。こいつは何の奇跡だよ!」

「倒すとヴァニラに近づける!それでどうだ!」

「燃える事言ってくれるじゃねーの!」





ライトの答えにファングはニッと口角を上げ、大きく槍を叩きつけた。
ここまで何度かファングの戦いっぷりは目にしてきたけど、女の人なのに力強くて、本当に勇ましい限り。

でも、そこで終わりじゃない。

一匹倒しても、今度はまた別の軍用獣が飛び上がってきた。





「次から次へと奇跡だな。有難くって涙が出るぜ!」





スノウが叫ぶと、軍用獣はこちらに向かってビュン…と勢いよく飛び込んできた。
でも攻撃するわけじゃなく、かすめるように。





「おちょくりやがって」

「降りて来い!」





ファングとスノウが挑発するように叫ぶ。

でもちょうどその時、背後の方で爆発が起きた。
ドカン!!という大きな音と、黒い煙と熱い風に撫でられる。

あたしは思わず体を強張らせ、うっ…と顔を歪めた。





「っ…」

「ナマエさんっ、大丈夫ですか?」

「う、うん、大丈夫。ちょっとビックリしただけ」

「なら、良かったです」

「…というかホープ…」

「はい?」





急な爆発。
咄嗟の行動…なのだろうか。

正直結構驚いた。
多分ホープも驚いたとは思う。

だけどホープは驚きながらもあたしの傍に来て、庇うようにあたしと爆発の間に立ってくれていた。

…わ、わあ…。
なんか…格好いい事してくれちゃってるじゃないか…ホープクン。

ちょっとビックリ。
傍で笑う彼の顔に、ちょっと目をぱちぱちしてしまった。

でもそれに浸る時間は多くなく…また別のビックリが立て続けにやってくる。

爆発した場所。
そこから上がる黒い煙の中から、小さな黄色が飛び出してきた。





『ピュイ!!』

「あっ!」





愛らしい鳴き声。
それを聞いた瞬間、目を見開く。

そして、その後ろから現れたふたつの人影。
煙にむせるそのふたりは、まさに探し求めていた彼ら。

その姿に、真っ先に声を上げたのはファングだった。





「ヴァニラ!」

「!、ファング…!!」





ずっとずっと探していたヴァニラを見つけ、ファングは急いでヴァニラに駆け寄っていく。
それはヴァニラも同じで、ふたりは互いに駆け寄って再会を喜びあった。

だけど安心したのはファングだけじゃなくてあたしたちも勿論同じだ。

良かった、無事だった…。
見た限りどこも怪我してなさそうだし、ホッと肩の力が少し抜けた。

…けど、壁ぶっ壊して出てきたのか、この人たち。





「…ね、ホープ。やっぱヴァニラは逞しいよねぇ」

「…あははっ、本当ですよね」





前に言った言葉を思い出して、ホープとふたりでこっそり笑う。
でも、うかうかしてる場合でもないのが残念なところ。





「来たな!」

「待ったか?」

「敵だよ!」

「っそっちかい!?」





スノウの言葉を自分たちの事と勘違いしたサッズは手を挙げ掛け、現れた敵の存在に慌てて焦って振り返る。

でも、敵にとってはきっと残念な展開のはず。
さっきおちょくらず、攻撃していればよかったのに。

だって、こっちの頭数は増えた。
パルスのルシ大集結ってなもんだもの。

全員で掛けた総攻撃。

自分で言うのも何だけど、本当にルシの力は凄さまじいのだ。
結構すんなりと沈める事が出来たんじゃないかって思う。

それに、今の軍用獣はわかりすく言うとボスクラス。
それを倒し、人質との再会。関門はひとつ超えられた。






「ヴァニラ!」

「ファング!」





出来た一時の余裕に、ヴァニラとファングは再び再会を喜んでいた。
ファングはヴァニラに駆け寄ると、そっとヴァニラの事を抱きしめた。

今更ながら、本当に知り合いだったんだなって思う。

グラン=パルスから来たふたりのルシ…か。

あたしたちは、再会を喜ぶふたりの様子を本当に安心した気持ちで見ていた。

抱きしめてヴァニラの無事を確認したファングは、体を離すと膝をつき、ヴァニラのスカートをめくり上げた。
見えたのは、ヴァニラの左太ももに刻まれたルシの烙印。

ファングによると、ルシの烙印は徐々に形を変えて行き、その進行度でシ骸までの時間がわかるのだと言う。
ちなみに、ホープの家で見てもらった時「おう、全然余裕だぜー」と、あたしもお墨付きをもらった。

だから今の行為は、ヴァニラの烙印の進み具合を確かめただけだ。





「あっ…」

「っ…」





でも、スカートをめくるっていう行為に変わりは無い。しかも突然。
ホープやスノウは、慌てて視線を泳がせていた。

隣に居たホープの顔を見ると、ちょっと頬が赤くなっている。

…これは、うん。
なんというか、男の子だ。

その様子に、つい吹いた。





「ふっ…あははっ!ホープ、顔赤い!」

「な、う…わ、笑わないでください!」





思わず笑ってしまうと、ホープは余計に慌て始める。
それがますますおかしくて、ついついお腹を抱えてしまった。

「ナマエさん〜!!」とか焦ってるホープはちょっと面白い。…っていうのは、可哀想?

でも、これで全員がそろった。
ヴァニラの烙印も大丈夫だったみたいだし、本当にひとまずは安心だった。





「で、今後のご予定は?」

「聖府転覆だ」

「本気か!?」





サッズが今の状況を尋ね、あっけらかんとした回答をしたスノウ。
勿論サッズは驚く。

そういえば、ヴァイルピークスで別れた時もこんな話をしていた。
ライトが聖府をブッ潰すと話して、冗談じゃないと反対したのが分裂の始まりだったのだから。

でも、その時と意味は確実に変わってる。
そんな意味を答えたのは、それを一番実感しているであろうライトだった。





「安心しろ。コクーンを人の手に取り戻す為の戦いだ。ファルシに毒された聖府の欺瞞を暴く」

「上手くいったら、奇跡ですけど」





少し、苦笑いしたホープ。
それを聞いたファングは、カツンと赤い槍をついた。





「奇跡はうちらの得意技だ」





ファングがそう笑った時、また飛行兵器が現れた。
空気がぴしっと張りつめる。

でも、グラン=パルスの二人組は違うみたいだった。





「まあ見てろ!グラン=パルスの流儀をよ!ヴァニラ、あいつだ!」

「やってみる」





一体何をする気なのか、全然見当がつかない。

ヴァニラはいつものロッドを手に、飛行兵器を目掛けて大きく一振りした。
ロッドから飛び出したワイヤーがぐんぐん伸びて、敵を絡め取る。

するとすかさずファングが飛び上がり、ヴァニラが引き寄せた飛行兵器の背中に武器を突き刺し、落とす。

ふたりは豪快に、飛行兵器の一機を捕えてしまった。





「よし!」

「乗って!」





あっけらかんとそう言ってのけるおたりさん。
乗って…って、乗り物にしようと…もしかして、そう言う事なのか。

一同唖然。でも凄い。
グラン=パルスの流儀…半端ない…!

とりあえず、ここはふたりに任せるが吉。
あたしたちは走り出し、言われた通り、ふたりが掴まえてくれた飛行兵器に飛び乗った。





「うわああ〜、すっごい…!」





跨った飛行兵器の背中。
前に座るホープの肩に掴まって、上空からの景色を眺める。

ちょっぴり荒いのは否めないけど、でもモンスターに乗って空を飛んでるって考えたらそれも一興かもしれない。





「これでも奇跡を信じねえか?」

「とんでもねえな!」

「聖府代表をブッ倒すぞ!」

「了解!それ!」





スノウの意気込みを聞き、ファングは突き刺した槍で進む方向を操る。

向かう先は、聖府の親玉ガレンス・ダイスリーの元。
敵の猛攻を利用し無理矢理破壊した艦首上部の壁は、破壊の煙が上がって先が良く見えない。

でも、あたしたちが向こうのはその先だ。





「飛べ!」





ライトが叫ぶ。
その声を合図に、皆がその穴に飛び込んでいく。





「ナマエさん!」

「うん!行こう、ホープ!」

「はいっ!」





こうやって、決意する時は目を合わせる。
何だかお決まりみたくなってきた。

互いに顔を合わせ、心強さを確かめて頷く。

あたしとホープは、同時に足場を蹴って空に浮かんだ。

落ちていく。
先の見えない、聖府のまっただ中へ。

不安は勿論あったけど、大丈夫だって気持ちも強い。
奇跡を信じて、あたしたちは煙の中へと消えていった。



To be continued

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