「へーえ、これもファルシなんだ」
ゆっくりゆっくり、オレンジの穏やかな光を発しながら回転するファルシ=カーバンクル。
アニマにフェニックス、その次はカーバンクルと来たか…。
目の前にある事実上の敵であるそれを、あたしはぼんやりと眺めていた。
今あたしたちが歩いているのはパルムポルムの街に繋がる地下のプラント。
軍はルシ狩りの為、街の入り口で厳戒態勢とっていた。だからパルムポルムの地形に一番詳しいホープの提案で、あたしたち地下から市街地を目指す事にしたのだ。
もっともホープ自身、奥まで入ったことは無く、街のどこに出るかはわからないらしいけど。
つまり、小さな冒険の始まりだった。
「ねえ、フェニックスが疑似太陽だったみたいに、コレも何かやってるの?」
「はい。ファルシ=カーバンクルは食糧生産をするファルシですよ」
「…ファルシって本当なんでもアリだね。食糧生産までやってくれちゃうんだ?」
ファルシを見上げるあたしの隣に立ち、ホープは相変わらず丁寧に教えてくれた。
食糧生産って…そんな生活的な事まで関わってたのか。
あくまで太陽とかみたく自然的な事だけかと勝手に思い込んでた。
ぼへーっと感心するあたしに、ライトは少し訝しい表情を浮かべた。
「…ファルシがいないと言うなら、お前の世界はどう食料を得ていたんだ?」
「あれ、信じてくれたの?」
「…さあな。でもお前は嘘が上手そうには見えない」
「う、うーん…なんか似たようなホープにも言われた気が…。まあ否定はしないけど…」
ちらっとホープに視線をやれば、彼は小さく笑ってた。
…あたし、そんなにわかりやすいのか。
変に疑われるよりはそっちの方がいいけど。
さて、じゃあなんて説明しようか。
うーん…と少し考えながら、あたしはわかりやすい言葉を探した。
「んーと…農家って言って野菜とか果物とか育てる専門の仕事を持った人がいるんだよ。だからあたしが自分で作ってるわけじゃないけど、そう言う意味では…人間の自給自足、なのかな?」
自分の食べるものを自分で作ってる人も中にはいるけど、買い物で済ませちゃう人が大半だ。
でもコクーンと違ってファルシなんてものはないし、人間の事は人間がやるしかない。
わかりやすく説明するとすれば自給自足なんだろう。
「そう…全部、人間が人間の手でやってるよ。ていうかそうしないと生きていけないしね」
「確かに…、ファルシがない世界ならそうなるだろうな。コクーンは真逆だ。生まれた時から頼ってきた。食糧どころか、光も水も。皆ファルシに任せてる」
「…ファルシって、実は超便利?」
「便利…。その言葉はあまりしっくりこないな。どちらかと言うと、コクーンはファルシのための世界なんだろう。人間なんて、寄生虫だか害虫だか…」
「が、害虫て、お姉さん…」
「そうですか?」
人間を寄生虫と嘲るライトに、ホープはきょとんとしていた。
ホープの考えはライトとは違うらしい。
「人を世話したり、守ったり…。ファルシって親切ですよ。普通の人には。多分…人間が好きって言うか、大切で…、ペットみたいに!」
「ぺ、ペット…?」
良い例えを見つけたかのように、ポンと手を叩いたホープ。
でもあたしはその発想にちょっと引きつった。
ぺ、ペット…。
ファルシのペット…なの?人間って…?
そりゃなんとも反応し辛い回答だ。
だけどそれを聞いたライトはハッとしたように目を見開いてファルシを見つめていた。
「……飼っている」
一体どうしたのか。
呟いた彼女を、あたしとホープは怪訝に見た。
「人間は…飼われている。そうか、そう言うことか…。私は…飼われていた」
まるで、悟ったよう。
何かに気がついたように、ライトはぶつぶつと呟いている。
「ファルシが支える世界で生まれて、ファルシがくれる餌で育った。飼われる生き方しか知らなかったから、その生き方を奪われたら、簡単に見失った。飼い主に捨てられて、ただ迷うだけだ…」
「ライト…?」
「…ナマエ…ああ、そうか…」
「えっ…?」
「お前は…もとの世界に帰りたいんだな?」
「は?え、そりゃそうだけど…?」
「それがお前の希望なんだな…。それに加え、自分の手で生きる力を知っているから…、だからナマエ、お前は…周りが見えていたんだな…」
ライトはあたしを見つめると、なんだか苦しそうに顔を歪めた。
そしてそんな表情のまま今度はホープに向き直った。
「ホープ、聞いてくれ。ルシにされて、私は何もかも見失った。先は見えない。希望もない。考えるのも嫌になって、だから戦った。戦っていれば、何も考えなくていいから…。現実逃避だ。そんな戦いに…お前を引きこんでしまった」
「あの…何が何だか…」
ホープもライトの言葉が理解できないようで、不安そうに彼女を見つめた。
だけどあたしは、その様子を黙って見つめていた。
きっかけとかはよくわからない。
でもライトはたまに、あたしと同じようにホープがスノウに対する苛立ちを見せた時、何か物言えぬ表情で見ていることがあったから。
本当はずっと、あたしと同じようにホープを止めたかったのかもしれない。
「ノラ作戦はやめよう…」
「なっ…」
ライトが導き出した答え。
それを聞いた瞬間、ホープは目を見開いた。
ホープにとってはいきなりの言葉。
支えとしていたものが一気に崩れて、ホープは取り乱すようにライトに詰め寄った。
「どうして!?ライトさんが戦えって言うから!」
「っホープ…!」
「私は間違っていたんだ!」
詰め寄るホープをあたしは止めようとした。
でもその勢いは、ライトの叫びで一旦沈みを見せる。
そのままホープは視線をそらし、いじける様に呟いた。
「…なんなんです。戦え、迷うなってけしかけたのに、見捨てるんですか」
「っ見捨てはしない。お前たちは…私が守る」
「…ライト…」
ライトはホープの肩を掴み、向き合い、そしてあたしたちにそう言ってくれた。
まるで責任を感じているかのように、決意をするように。
ホープはそんなライトの顔を見つめ、少し困惑しているようだった。
恐らくホープはライトを頼りにしている部分が多かったのだと思う。
ライトの強さは、彼にとって心強い限りだった。
復讐心に取りつかれたホープは、ライトが慎重になるたびに、彼女を立ち止まらせまいと必死だった気がする。
だって普通に話はしてくれるけど、あたしがスノウの事を切り出そうとする度、必ずホープは話を逸らしてた。
《…貴女の口からだけは、そんなこと聞きたくない…》
ホープに言われた言葉が、頭の中をこだまする。
いくら止めようと思っても、ホープは耳を貸してくれない。
だけど、それはあたしが何を言おうとしてるかわかってるから。
だから後押ししてくれて、進み続けてくれると信じていたライトにまで作戦中止を言い渡され、戸惑いを隠せなかったんだろう。
「全然、わかりません…」
ホープは烙印の刻まれた手首を掴み、あたしやライトを見つめた。
「僕らはルシで、いつか化け物で、コクーンの敵じゃないですか。ノラ作戦が駄目なら、黙って死ねって事ですか?」
「…戦うなって意味じゃない」
「だったら、どういう戦いなら良くて、何が駄目なんです!」
「…私も迷ってる…」
「…え」
「ただ、希望もなく戦うのは…きっと違う」
迷いを見せたライトに、ホープは不貞腐れたように俯いた。
そして、傍にあった階段に重たく腰を下ろした。
「希望って…ないですよ。ルシなのに」
「…ホープだろ」
投げやりになるホープに、ライトは彼の名前を思い出させた。
ホープ…。
それは、希望を意味する言葉。
聞くだけで込められた想いがわかる、そんな名前だ。
「こんな名前、捨てたいですよ…」
だけどホープはそれを吐き捨てた。
あたしはただ黙ってホープの隣に腰を下ろした。
全然、上手い言葉が見つからないからだ。
でも、そんな様子にライトが返したのは意外な言葉だった。
「私と同じか…」
その言葉にあたしとホープは「えっ」と顔を上げた。
ライトはどこか遠くを見つめてる。
まるで記憶を辿るように。
そして話してくれた。
「親が死んで…セラを守るために、早く大人になりたくて…私はライトニングになった。親に貰った名前を捨てれば、子供じゃなくなると思ったんだ。…子供だったからな」
そう言えばスノウが言っていた。
ライトニングは…本当の名前じゃないって。
彼自身、本当の名前までは知らないみたいだったけど…。
「ライトニングか…。光って消えて、何も残らない。守るどころか、傷つけるだけだ」
その声は静かで、少し寂しそうだった。
そしてライトも階段に腰掛けた。
ホープの隣、あたしとは逆隣りの位置。
「セラが話してくれたのに、信じようともしないで…。ただ、傷つけた…」
強い悲しみと後悔。
セラがルシになったことを告白してくれたのに、自分は信じなかった。
それどころか突き放して、傷つけた。
でも、そんなセラのことを信じた人間がひとりだけ存在した。
「信じたのは、スノウだけか…」
「やめてくださいッ!!」
ライトがスノウの名前を口にした瞬間、ホープはそれをかき消すように叫んだ。
「あいつの話は…」
顔を歪めるホープ。
膝の上で握りしめた手は、小さく震えている様にも見えた。
「嫌でも考えちゃうんですよ…。なんでこんな事にとか、この先どうなるとか…。そのうちあいつの顔が浮かんで、笑ってるんです。母さんが死んだのに…」
ホープの頭にはこびり付いて消えないのだろう。
武器を手に走っていくお母さんの背中。
闇の中に落ちていく姿…。
スノウの笑顔…。
そんなホープの肩に、ライトは触れようとした。
でもそれを振り払うようにホープは立ちあがった。
「わかってます!どうにもなりません。許せないけど、やり直せないし、帰ってきません!…そう、わかってるんですよ…ナマエさんが…ずっと僕に言おうとしてる事も…」
「…ホープ…」
ホープはあたしに振りかえり、辛そうに目を伏せた。
あたしは腰を上げたものの、やっぱりなんて言ったらいいかわからなくて、彼の傍に近づけない。
ただ、言葉を探して立ちつくしてしまう。
「でも…それを聞いたら僕は…、」
「ホープ…」
嫌悪を怒りにして、糧にして。
生きる力に変える。
歪んだ形だけど、それはホープの支えだった。
あたしはそれを何度も言葉にしようとした。
必死で見ないふりをしてるのに、それを気づかせようとする。
だから逸らして、耳をふさいだ。
「戦っていれば、辛いこと考えないで済んだんです…。諦めたら楽な気がしてきて…」
…歪んでいるとわかる。
だから止めようとしたけど、結局それって…ホープの事追い詰めてるだけなのかな…。
少し、心がチクリと痛んだ。
「でも…ライトさんにまで…急に希望なんて言われたから…」
手首の烙印を握り締めるホープ。
するとライトは立ち上がり、その手首を包むように握った。
あたしも、ゆっくり…恐る恐る彼の肩に手を伸ばした。
「…ごめんなさい、ぐちゃぐちゃで…」
少し、瞳が潤んでいた。
あたしとライトの顔を見つめ、小さく謝ったホープ。
あたしは首を振った。
「…ホープが謝る理由なんて…どこにもないよ」
ぐちゃぐちゃで当然だ。
苦しくて、辛くて、迷って当然なのに…。
「私のせいだ…」
ライトはそう言いながらホープの手首を優しく両手で包んだ。
それを見てあたしは俯いた。
ホープは優しいから、だからこそ余計に苦しんでる。
でもだからこそ…やっぱり復讐なんてさせちゃいけない。
そう…思った。
「…ごめんね…ホープ。あたし、ホープのこと追い詰めてるよね…」
「ナマエ、さん…」
「でも…やっぱり嫌だよ。ぐちゃぐちゃなのは…ホープが優しいって言うか…上手く言えないけど、そういうことだと思うんだ。だから、少しでも迷ってるなら…正しくないって気持ちがあるなら…変な事、考えないで欲しい…」
「………。」
懇願にも似ていたように思う。
ホープは黙ったままだったけど、返事が出来なかったのも…やっぱり迷ってるからだ。
「…家に送ろう」
あたしたちのやり取りを見たライトは、ホープにそう言った。
ホープはゆっくりライトを見上げる。
「どうして…」
「希望もなく戦うのは生き方じゃない…死に方でしかないんだ。ナマエの言う通りだ。お前には…希望のままで生きて欲しい。だから命は私が守る。だけど希望は…私も見失ってる。だけど家族なら…」
ライトが望みを掛けたのは、ホープのお父さんの存在。
ホープにはまだ、大切な人が残っている。
だけどホープは否定的だった。
「今更父さんに会ったって、どうせ希望なんて…。昔から僕が何言っても聞かないのに。ルシの話なんか、信じるわけがない…」
ライトはセラのことを信じられなかった。
だからその言葉を否定する事が出来なかったのだろう。
沈黙して、気まずい空気が流れる。
そんな中、ホープは自ら彼の事を口にした。
「あいつは、信じたんですよね?」
「…ああ」
セラを信じたスノウ。
ライトの中で、スノウの存在は変化しつつあるのだろうか。
プラントの最奥にあったエレベーター。
それぞれの思いを乗せながら、ゆっくり上昇していった。
To be continued
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