ノラ作戦


「この人たちって…」

「運がなかったな…。ルシを始末して手柄を立てたかったんだろう」





樹林を進んでいると、道の真ん中に魔物に襲われたのであろう兵士達が遺体となって転がっていた。
それは無残に放置され、見ていていたたまれない気持ちになる。





「これじゃ可哀想です…」

「同情はよせ!」





僕は思わず遺体に手を伸ばしかけた。
でもそれはライトさんに怒鳴られ、突き飛ばさせたことで止められた。





「甘い考えは捨てろ。生き延びたければ、戸惑うことを自分に許すな!」





兵士の遺体なら、トラップを仕掛けられている可能性もある。
これは無知な僕に対しての、ライトさんの忠告でもあった。

でも僕は上手く割り切ることが出来なくて、俯いてしまう。





「…いきなりは無理か」





それを見たライトさんは、少し考え、もうひとつ僕にアドバイスをくれた。





「作戦だって考えろ。最優先の目標だけ決めて、あとは目もくれるな。心はとめて、体で動け。迷って立ち止まったら…絶望に追いつかれる」





それを聞いた僕は、突き飛ばされた体を起こし、立ち上がった。

何かを考えて立ち止まったら、絶望に取りつかれる。
実際、その通りだと思った。

考えれば考えるほど辛くなって、苦しなるから。





「…作戦ですね。そうすれば、迷わないんですね」





迷いたくない。
こんな苦しみなんて、消えてしまえばいい。

だから僕はそれに従うことにした。

その方がきっと…楽だと思ったから。





「…ノラ作戦。そう言うことにします」





具体的に作戦名を決めて、そのままに突き進む。

ノラ作戦。
その名前を聞いたライトさんは首を傾げ、ナマエさんも僕を見つめたのがわかった。





「ノラ?」

「母さんの名前です」





始めて告白した事実だった。

母さんと同じ名前を使い、母さんを戦いに駆り立てたスノウ。
だからこそきっと…余計にイライラを増幅させた。





「…お母さんの名前、だったんだ…」





すると、さっきからずっと黙っていたナマエさんが小さく呟いた。

ナマエさんは、僕がさっき縋りついてから、ずっと何かを考える様に黙っていた。
でも僕はやっぱりナマエさんの口からスノウを擁護するような言葉だけは聞きたくなかった。

だって…貴女は僕と一緒にいてくれると言ってくれた。
一緒に協力して、頑張っていこうと手を取り合った。

…貴女は、僕の味方でしょう?

それなのに…、スノウは彼女の信頼まで奪っていく…。
だからそれすら…怒りに変わった。





「…復讐か」





ライトさんに尋ねられ、僕は頷いた。

でも…わからないわけじゃない。
復讐したって、何がどうなるわけじゃないってこと…。





「わかってるんです。あいつに復讐したって母さんは…帰ってこないし…、わかってますけど…!…ごめんじゃ済まないんですよ…!」





どんな言葉をいくら並べられたとしても…、もう取り返しは付かない。
そう思ったら、もう止まらなかった。





「…でも、そうわかってるなら…、…!」





何か言いかけて、でも言葉に迷った様子のナマエさん。
そんな彼女の肩に触れ、代わるようにライトさんは言った。





「…殺したのはスノウじゃない。聖府だ」





その諭すような言葉は僕の中で何かに触れた。
だってそれなら、スノウは悪くないとでも言うつもりなのか。





「…ライトさんまで、あいつを庇うんですか!?」

「事実だ」





叫んだ僕に、ライトさんは冷静なトーンで言った。

僕はその言葉を考えながら、ナイフを手に取った。
パージを始めたのは確かに聖府だ。

それなら確かに、聖府にも責任はある。





「だったら、聖府とも戦いますよ」





生き延びて、必ず。
心に気持ちを固めて、僕は歩き出した。





「作戦だ…、これは、ノラ作戦なんだ。どけーっ!!!」





ライトさんの言った通りだった。
作戦だって決めたら、そこだけを見て進む分、突っ切ることが出来る様になった。

道を塞ぐ凶暴な相手にだって、作戦を果たすために必要なことって考えて、臆する気持ちは和らいだ。

敵を倒してゲートをくぐると、やっと樹林を抜けることが出来た。

ゲートの先は、オレンジ色の光が眩しい。
広がる海と、そのオレンジの光に照らされる街。

僕はその光景を、懐かしいと感じた。





「パルムポルムか…」

「あれが、ホープの街?」

「…ええ、そうです」





ナマエさんに頷きながら、僕は少し目を細めた。

僕の住んでいた街…パルムポルム。
もう帰ることなんかないから…どうでもいいことだけど。

ライトさんからだって、家に寄ることはないと以前に釘を刺されている。

なのに、ナマエさんはライトさんにわざわざ振り向いて聞いていた。





「ねえ…ライト、本当に寄らないの?」

「…いや、」





すると、なぜかライトさんも首を横に振った。
そして僕を説得するように、道筋を変える提案をしてきた。





「パルムポルムで家に寄ろう」

「…嫌ですよ。ルシなんだし…、父さんしかいないし」





僕はすぐさまそれを拒否した。
手を握り締めて、俯いて、嫌だと首を振る。





「お父さん、ホープに何か嫌なこと言ったわけじゃないんでしょ?」

「………。」

「多分、何話したらいいかわからないだけだよ。少なくともホープの話を聞いた限り、あたしはそう思ったけど…」





潮風に吹かれる髪を耳に掛けながら、ナマエさんは僕の顔を覗き込んでそう微笑んだ。

…やっぱり、ナマエさんの笑顔は優しいと思う。
だけどどうしても頷く気にはなれない。





「…母さんの事を伝えてやれ」





ライトさんは静かに一言そう言って歩き出した。

その背中と光に照らされる街並みが目に映ると…なんとなく、ちょっとだけ…胸の奥がもやもやした。



To be continued

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