「みんな、どうしてるんでしょうね」
樹林を歩きながら、ホープはぼんやりと思い出していた。
ここに来るまで進む道を分けてしまった人たちの事を。
「サッズ達か?」
「向こうも無事だといいけど」
「…どうだろうな」
振り向いたって姿はない。
無事を願うあたしに、ライトは考えてもわからないと言うように肩をすくめた。
「逃げたとしてもいつかは追いつかれる。どこかで観念するか、覚悟を決めるかだな」
「覚悟…」
ライトの言葉を繰り返すようにホープは呟いた。
そして目を伏せると、じっと何かを思い浮かべてる。
「…あいつ、生きてると思います?」
その台詞でホープが誰を思い浮かべていたかがわかった。
あたしとライトは何気なく顔を合わせた。
たぶんライトもどことなく、ホープが彼に嫌悪を抱いている事に気付いているだろう。
「スノウか。無駄に頑丈だからな。あいつの取り柄はそれだけさ」
ライトの方もスノウに好印象は無い。
今の言葉のトーンでもそれは十分に伝わったし、今までの態度から見ても予想はついていた。
「はじめて会った時から、馴れ馴れしくて気に食わなかった。ガキを集めて大将気取って、ノラとか名乗って」
「どうしてノラなんですか?」
「直球すぎて笑えるぞ。ノラは野良猫。権力の犬と違って、気ままに生きるんだと。良い御身分さ」
ノラはパージの時に戦闘を切って戦っていたスノウの集団。
その由来を聞いたホープは、なぜか顔を歪め、そして吐き捨てた。
「……最低ですね」
「ホープ…?」
冷たい声だった。
ノラの由来…。
何か逆鱗に触れるような事があったのだろうか。
ホープは静かな怒りを滲ませ、前を歩いて行った。
そこからのホープはずっと苛々していたように思う。
放つ魔法も荒くて、事に節々にそれがよくわかる。
だから、見かねたライトは声を掛けた。
「何を焦ってる?いや、何に苛立ってる?」
かしゃん、かしゃん。
ライトから預かったナイフを開いたり閉じたりと繰り返すホープ。
「ルシか?…スノウか」
スノウ。ライトがその名前を口にするとホープはわずかに反応した。
そんなホープの反応をライトは見逃さず、直球に聞いてきた。
「あいつと何があった?」
「…ライトさんに話しても」
ホープはナイフを見つめて話すことを渋っていた。
でもライトはホープに歩み寄り、穏やかな声で促した。
「私はお前のバックアップだ」
「……。」
「いや、私だけじゃない。ナマエも、お前を支援する事が役目だ。そうだろう?ナマエ」
「う、うん。それは勿論」
ホープのために出来ることがあるならしたい。
その気持ちに嘘偽りないから、だからあたしもホープに歩み寄りすぐ頷いた。
そこまで言われれば、ホープの心も動いたみたいだ。
ホープは一度ライトを見上げ、そしてまた俯くと小さな声で訳を話し始めた。
「…母さんが死んだんです。あいつのせいで」
…それを聞いて、あたしは考えた。
やっぱりホープはスノウに対して酷い嫌悪を抱いてる。
お母さんの事はスノウのせいだって、全部をスノウへの怒りに変えてる。
ホープは折りたたんであったナイフの刃を出し、反射するそれを見つめながら呟いた。
「思い知らせてやりますよ。今は無理だけど、強くなって、必ず」
スッと…再び仕舞われた刃。
刃と、今の言葉と…見ていたらなんだか背筋に嫌なものが伝った気がした。
「だからついてきたんです。あいつが巻き込んだんですよ。僕らと、それにセラさんも。…許せるわけがない」
怒りの滲む声。
…ああ、わかった。
それを聞いて、ずっと胸にあった嫌な予感と違和感の正体がわかった気がした。
そうか…。ホープはスノウに復讐しようとしている。
そしてその気持ちを使い、前を向く為の糧にした。
だから強く否定したらホープが壊れてしまうような気がした。
…だから、上手い言葉が見つからなくて、ちゃんと反対が出来なかった。
でももう、ここまで膨れ上がらせてしまったのなら無視は出来ない。
ホープはもう復讐心を抱いてる。
実行しようと、覚悟を決め掛けてる。
「…スノウは、悪い人じゃないと思うよ」
気がついたら、なんだかすごく怖くなった。
相変わらず言葉は見つからない。
だけどいてもたってもいられなくなって、そう言っていた。
それを聞いたホープは、あたしを見て一瞬目を見開いた。
「…なに、言うんですか…?ナマエさん…」
少し、震えているようにも聞こえた。
冗談でしょう?
そんな風にも聞こえる声。
あたしは首を振り、もう一度言った。
「スノウは、悪い人じゃない…。あたしは…そう思った」
「っなんで、そんなこと…!」
「…っ」
向き合うように、合わさった視線。
がしっと手を掴まれ、強く握られた。
その時のホープの顔は、辛そうな、苦しそうな、悔しそうな…。
上手く説明できない、そんな表情だった。
「…あいつは、信じたからですか…?」
「え…?」
「ナマエさんの言うこと、違う世界から来たって言うの、真っ先に信じたからですか?」
「それは…、そりゃそれもあるけど…でもそれだけじゃなくて!」
「それなら僕だって、貴女のこと信じてます!」
「…え…っ」
じっと見つめられて、言葉を失った。
まるでムキになってる。
本当だったら…嬉しいはずの言葉なのに。
信じてるって…、今、言うの…?
「…だから、言わないでください…。僕は…」
「……?」
「…貴女の口からだけは、そんなこと聞きたくない…」
「…ホープ」
ぎゅうっと握られていた手から、する…っと力が抜ける様に放された。
「…もう、進みましょう」
そしてホープは先を歩き、進むことを再開した。
あたしは、その背中を見つめたまま立ちつくしてしまった。
「…お前は、始終を見ていたのか?」
そんなあたしにライトが声を掛けてくれて、あたしは小さく頷いた。
あたしは、スノウが戦う姿も、ホープのお母さんの最期も見た。
それを目の当たりにしたホープの姿も叫び声も、全部全部覚えてる。
「…全部見たよ。ホープの嘆き声…ずっと耳から離れない」
「………。」
「だから…ほっとけないのかな。今、ホープの考えてること、怖くて仕方ない」
彼の手が復讐で染まるなんてこと、想像もしたくない。
少なくともあたしはその道は、間違いだと思ってる。
「…行くぞ、あいつをひとりにするわけにはいかない」
「…うん」
立ち止まっちゃいけない。
でもホープに復讐なんかさせちゃいけない。
そんなことしたら、ホープはきっと後悔する。
考えれば考えるほど、足と頭が重くなった気がした。
To be continued
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