ヴァイルピークスを無事に抜け、僕たちはガプラの樹林にたどり着いた。
銃のスタイルにした武器を手に先を見渡すライトさん。
そんな彼女の手招きを見て、僕とナマエさんも後を追った。
「なんとか来れましたね」
僕がそう言うとふたりは頷いた。
ヴァイルピークスでの道のりは軍隊に追われてばかりだった。
それを振り切ってここまでたどり着けたことは、ひとつの成果に思えた。
「ねえ、ライトの武器ってさ、剣にも銃にもなるんだね」
その時ふと、ナマエさんがライトさんの手にしている銃を興味深々に眺めた。
ライトさんとは、少しずつ距離が縮まってきた気がする。
こんな風に声を掛けれる様になったのも、きっとその証拠だろう。
「ああ、デュアルウェポンだ」
「デュアルウェポン?初めて聞いた。でも格好いいよね、それ」
「別に普通だろう」
「ええ、格好いいよ?」
「なんでもいいさ。そんなことより、まだ油断は禁物だぞ」
追っては振り切れたもののガプラ樹林にも軍隊は潜んでいるはず。
ライトさんの注意の促しに、ナマエさんは「うん」と表情を真剣に戻して頷いた。
「行くぞ。私が前衛。お前たちはバックアップだ」
ライトさんが指示したのは今までと同じスタイル。
恐らく確認的な意味合いだったのだろう。
だからナマエさんは異議は無しと言う様に「了解」とすぐに頷いた。
…でも一方で僕は、その返事を濁していた。
「あの…、僕が、前に…」
僕が恐る恐る口にしたのは前衛の立候補。
それはそんなに予想外だったのだろうか。
ナマエさんは目を丸くし、ライトさんは訝しい顔をしていた。
「ホープ?どうしたの急に?」
「出来るのか?」
心配を露わにするナマエさんとライトさん。
だから僕は本気だと分かって貰う為に、ふたりの前に駆けて回り込んだ。
そして顔を上げて言い切ってみせた。
「出来る出来ないの問題じゃないです」
これは、ヴァイルピークスでライトさんが言っていた言葉。
この言葉を聞いた時…僕は強いからそんなこと言えるんだと不貞腐れてしまった。
でも、きっとそれじゃ駄目なんだ。
怖くなんかない。
怖さを認めてばかりじゃ強くなんかなれない。
だからやらなくちゃいけないと思った。
「いい度胸だな」
そんな決意をライトさんは認めてくれて前衛になる許可をくれた。
だから僕はそれに応えるように力強く笑い、頷いてみせた。
でも一方で、ナマエさんはどこか不安そうな表情していた。
「ホープ…、本当に大丈夫なの?」
僕がここまでで一番情けない姿をさらしてしまったのはナマエさんの前だと思う。
だからこそ僕の言葉に驚き、心配を浮かべているのだろう。
そんな顔を見ながら僕が思い出したのは、今朝、起きてすぐのこと。
…朝、起きたらナマエさんがすぐ傍にいた。
正直、凄く驚いた…。
でもよく覚えてはいないけれど、僕がナマエさんに寄りかかって寝てしまったらしい。
だけどナマエさんは、疲れ果てた僕を起こすことなくそのままにしていてくれた。
…そう、僕は何度もナマエさんに頼っては寄りかかっていた。
飛行機に乗る直前や、オーディンの時だって…僕は何度もナマエさんに救われた。
ナマエさん自身はお互い様だと笑う。
…でも全然そんなことはなくて、明らかに僕の方が助けられてばかりだ。
だから…そんな思いもあったんだと思う。
「やってみせますよ、ナマエさん、大丈夫です」
「本人がこう言ってるんだ。変わろうとするのは悪い事じゃないだろう?」
「ライト…うん、そうだね」
決意を重ねればライトさんが味方してくれて、ナマエさんも頷いてくれた。
こうして僕は、初めての前衛を務めることになった。
前には誰もいない。僕が先頭を切る。
すると前を向いた瞬間、ライトさんとナマエさんが力強い言葉を掛けてくれた。
「前だけ見てろ。背中は守る」
「うん、ちゃんと後ろにいるよ」
そのふたつの言葉はやけに胸に響いたような気がした。
なにか、そう…特別に。
二人の言葉は、勇気に変わった。
「はい!」
だから言われた通り僕は前を向いたまま返事をした。
黄色いブーメランを握る手に、グッと力が籠った。
「ここに来たことあります?任務とかで」
「いや、樹林の管理は森林監視大隊の担当だ」
しばらく進んだ頃、僕はライトさんにこの樹林のことを尋ねた。
ヴァイルピークスはよく来る場所だと言っていた。
だからガプラ樹林もそうなんじゃないかと思って聞いた質問だったけど、どうやらそれは外れだったらしい。
「じゃあ、未知の領域ってこと?」
「そうなるな」
「そっか…、じゃあ余計に注意しないとね」
ナマエさんは拳を握って気合いを確かめていた。
正直、僕も少しうろたえた。
でも前衛を請け負った以上、こんなことでうろたえてちゃ絶対駄目だ。
だから、弱音は吐かなかった。
「怖いか?」
「平気です。何が出ても戦いますよ」
ライトさんは僕の虚勢に気付いたのだろうか。
彼女は僕の少し硬めになってしまった声を聞くと、懐から何かを取り出した。
そしてその何かを、僕の手の上に渡してくれた。
「貸してやる」
受け取ったのは特徴的なデザインの折りたたみ式ナイフ。
覗き込んできたナマエさんにも見せ、ふたりでそのナイフを眺めた。
「それ、ナイフ?」
「ですね…」
「お守りだ」
不思議そうな僕らに、ライトさんは短くそう言った。
…お守りのナイフ…。
そんなことを言って渡してくれるなんて、気に掛けてくれているのだという気持ちが伝わった気がした。
前衛を請け負った僕をのこと…。
そして…もしかしたら見抜かれてるのかもしれない。
今まで何度も助けてくれたナマエさん。
虚勢を張ってでも…今度はちゃんと、僕の方が力になれたらって…思ったことも。
「ライトさん!ついてきて、良かったです」
だから僕は、その思いをちゃんとライトさんに伝えた。
そして、そのまま隣のナマエに笑みを向ければ、ナマエさんは数回の瞬きの後に小さく笑みを返してくれた。
でも、その笑みはどこか困っている様にも見えた。
「ねえ、ホープ…」
「なんですか?」
「どうして急に強くなりたいなんて思ったの?」
「え?」
どうしてそんなことを聞かれたのか、よくわからなかった。
だってこの状況なら、強くなりたいと思うのはきっと自然なことだ。
しかもナマエさんは聞いてきたにもかかわらず、僕が答えを言う前に首を振った。
「あー…っと、ごめん、やっぱなんでもないや」
「え、どうしたんですか?」
「ううん、いや、ただの思い過ごしかも?」
「思い過ごし?」
「うん。あはは、ごめん。本当忘れて。っていうか忘れよう!」
「忘れようって…」
聞いてきたのに忘れてなんて、全然意味がわからない。
思い過ごしって…いったい何なんだろう。
だけど問い詰めたところでどうも教えてくれそうな様子はない。
だから折れたのは僕の方だった。
「まあ…いいですけど」
「あはは…ごめんって。あ、それよりさ、さっきフェイスって魔法覚えたの。魔力をあげる魔法みたいだから、あとでホープに使ってあげるよ」
「え、本当ですか?助かります」
「うん。だから期待してるよ、前衛さん?」
「はい!」
ナマエさんに向けて笑いながら、僕は考えてた。
強くなりたいと思った理由を…改めて。
僕は…強くなりたい。
頼り切っていたナマエさんの力に少しでもなりたいから。
ナマエさんが助けてくれた分を、僕がちゃんと返せるように。
そして…、戦うと決めたから。
戦うためには強くなきゃならないから…。
そう…、憎むべきものと戦えるように…。
To be continued
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