「ここで休む」
ライトがそう言ったのは、オーディンの一件からいくつかの戦闘を経て、静かな岩陰にたどり着いた頃だった。
その言葉を聞いたあたしととホープはぐったり膝を突く様に座り込んだ。
「ふう…疲れたー…。けど、ここで休憩いれてもいいの?」
「ああ。疲れたんだろう?」
「…すいません…」
「…気にするな。様子を見てくる、休んでいろ」
あたしとホープの言葉にライトはそう返すと周りを見に行ってくれた。
なんだか…ちょっと雰囲気変わった気がする。
それを尋ねるように、あたしは隣に座るホープに声を掛けた。
「なんか、ちょっと柔らかくなったよね」
「ライトさんですか?」
「うん」
あのオーディンの一件からライトさんの態度は軟化を見せた気がする。
この休憩もそうだし、何気ない一言一言に優しさが感じられるようになったような。
すぐに察したということは、ホープも感じるところがあったんだろう。
「だってさ、この休憩だって必要なさそうだよね。ライト的には」
「…ですよね。僕なんてもう本当にクタクタです…」
「いや、あたしもだって。足とか筋肉痛になるよ、コレ…」
「はは…確かに」
「ケアルで治んないかな?」
「ケアルは傷は治しますけど体力とかは戻しませんし…無理じゃないですか?」
「やっぱり?」
「はは、やっぱりです」
小さく笑うホープの隣で、あたしは一番痛むふくらはぎを手で擦って「はーあ…」と空を見上げながら溜め息をついていた。
すると、ふと見上げたその空に、何か気になるものを見た。
「ねえ、ホープ」
「なんです?」
気になることはとにかく聞け。
なんだかそんな癖がだんだんついてきた気がする。
あたしは空を指さし、ホープに尋ねた。
指したのは、空の向こうに見える大地。
「コクーンってさ、空の向こうに大地が見えるんだけど…あれって本物?」
「え?そうですよ。向こうからはこの大地が同じように見えてるはずです。コクーンは球体ですから」
「球体の中で暮らしてるってこと?」
「ナマエさんの世界は違うんですか?まあ、パルスがないなら浮いている必要はないかもしれませんけど」
「うん。あたしの世界は…球体というか、まあ球体だけどコクーンっていうか星だし…内側じゃなくて外側だし…って、なんか意味不明だよね?」
あたしは「上手く説明できそうにないや」と苦笑いした。
でも地球が空洞で、その中ので暮らしてる…って考えればいいのかな。
こんな世界を作っちゃうなんて、ファルシってなんか途方もなくとんでもない物なんじゃないだろうか。
今更ながら、そんなのを倒すと言ってるライトに反対していたサッズ達の意見にも頷けた。
ふと、その時、ホープが欠伸をして、あたしは笑った。
「眠い?」
「…ばれました?」
「そりゃ欠伸されればね」
ぶつかった彼の目はとろん…と明らかに眠そうなものだ。
思い返せば今日はずっとハードだった。
パージに始まり、異跡でルシにされて…ビルジ湖にヴァイルピークス。
これで疲れを見せないライトの方が凄すぎる。
「うん。目が眠そう…って言いつつ、あたしも眠いけどね」
ホープを笑いつつあたしも口元に手を当ててひとつ欠伸をした。
その欠伸で目尻にうっすらと浮かんだ涙をそっと指でなぞって「ほらね」なんて。
そう言おうとしたら、コテン…と何かが肩にぶつかった。
「…ホープ?」
すぐ傍に感じたぬくもり。
声を掛ければホープは小さく「ううん…」と唸るだけ。
え、ええと…これは…うん。
ホープに寄りかかられてしまいました…!!
「………。」
若干硬直。
えー…コレ、どうしようかなあ…。
別に不快なわけじゃない。
出来ればゆっくり寝かせてあげたい。
ええ、ええ。
こんな肩でよければ本当にどうぞどうぞです。
でもちょっとビックリしたのは事実。
あたしはそっと、ホープの顔を眺めて見た。
「まつげ、長いなあ…」
初めて会った時から思ったけど、可愛らしい顔立ちをしていると思う。
まだまだ幼さの残る彼だけど、これは大きくなったら絶対に格好良くなるね。
ああ、なんかちょっと見てみたいな、それ。
あどけない寝顔を見て、あたしは起こさない程度に笑ってた。
「…ふあ…」
だけどやっぱり、あたしも眠くて欠伸がでた。
肩から伝わるホープの体温はとてもあたたかい。
それはとても心地の良い温度。
加えて、頬の辺りに触れる銀色の髪がとても柔らかくて、余計に眠気を誘ってくる。
なんだかあたしもウトウトしてきた。
本当…睡魔さんって強敵だ…。
人間、欲には勝てません。
あたしもホープに寄りかかるように、ゆっくり瞼を落とした。
「…ナマエさん…」
「…うん…?」
意識が沈みかける寸前の頃、ホープが眠気で掠れた声であたしを呼んだ。
でもそれはお互いさまで、あたしの返事も半分寝ぼけてた。
「…オーディンの時…嬉しかった…です」
「…オー…ディン…」
…オーディンの時。
確か襲い来るオーディンの攻撃から必死になってホープを庇おうとしたんだっけ。
もう必死すぎてよく覚えてないけど、抱きしめる様に彼を庇った。
ああ、背中絶対痛い。
ていうか痛いで済めばいいけど…とか考えてたっけ。
結果、ふたりとも無事だったんだから何よりだ。
互い互いに守り合って、あたしは彼と頑張っていくと決めたんだから。
「…ナマエ…さん…」
「…ん…」
呟かれた声は、もう現実か夢か…よくわからない。
でもどっちでもいい。
そのまだ少し幼さ残る声と、高めの体温のぬくもり。
それらは全部心地よくて、あたたかい。
そう、あたしはこの時…安心していたんだ。
誰かのあたたかさに触れ、ひとりじゃないと実感していた。
肩に触れる微かなぬくもりは…すごく、居心地がよかったのだと思う。
この世界に来て3日目。
最初の2日は、安心と呼べる寝方をしなかった。
わけもわからない場所で、どこか気を張っていたから。
「…おやすみ…ホープ…」
そう呟いた後、あたしは意識をホープと睡魔に委ねた。
それから、どれくらいだったんだろう。
人の眠りは深いと浅いを繰り返すって、どこかで聞いたことがある。
多分その浅くなった時かもしれない。
あたしは静かなひとつの足音を聞いた。
「…ライト?」
「…すまない、起こしたか」
ゆっくり目を開くと、足音の正体はライトだった。
どうやら偵察から戻ってきてくれたらしい。
ライトはあたしたちの向かいに腰を下ろすと、ホープを見て言った。
「…そっちは、よく寝てるな」
「あ、うん。異跡からずっと気を張ってただろうから」
肩に重みを感じながら、あたしはそう返した。
ああ、そうだった。
お互いに寄りかかって寝ちゃたんだっけ。
ライトはそんなあたしたちを見て目を細めた。
「…お前たち、ずいぶん仲がいいんだな」
「あはは、そう見える?」
「その体制で見えないとでも?」
「…ですよね。まあ、これは偶然の産物だけど」
そう、これは本当に偶然。
互いの寝ぼけが起こした産物です。
だけど、仲がいいと見えるのなら、それは嬉しいかもしれない。
客観的にそう見えたなら、ホープがあたしのこと良く思ってくれてるのかなってちゃんと思えるよな気がして。
あたしがそんなことを思っていると、ライトはそんなあたしとホープを見比べ聞いてきた。
「最初から二人でいるイメージが強いが…お前たちは、どういう関係なんだ?姉弟…じゃないな?」
「うん。違うよ」
髪も瞳も何もかも違う。
まさか姉弟には見えないよね。
だからこそライトも疑問系だったんだろう。
「きっかけは些細だよ。ただ、パージの時に近くに座ってた。それだけだから」
説明してて自分でも思った。
そう、本当にそうなんだよね。
あたしとホープの縁は、ただあの時傍にいたというだけ。
「あたしたちってお互いに色んな事に乏しかったから、一緒にいて一緒に頑張ろうって約束したの。一緒なら怖くないよねって、そんな感じ」
「…そうか」
こんな凄いことになっちゃってるけど、あの時この子に出会えて、あたしは本当に良かったと思ってる。
前にホープに「ホープに会えた」ことを幸せだと言ったけど、あれは本当に本心だから。
…ところで、こうやってライトニングとゆっくり話す機会が出来たのは良かったかもしれない。
あたしは彼女にきちんと、言っておきたいことがあった。
「…だから、あたしたち本当頼りないからさ。ごめんね、ライト」
「え…?」
「頑張るって決めたけど、ライトの重りになってる自覚はあるから。だからきちんともう一回、ちゃんと言っておこうと思って」
「……。」
ライトは十分ひとりでも強い。
だからあたしたちは、ただの足枷にしかなってない。
そう零した本心に、ライトは首をゆっくり横に振ってくれた。
「…気にしなくていい。言っただろ、私も…さっきのことは悪かったと思っている。ただ、先も何も見えてないのにお前たちを巻き込むのに抵抗があっただけだ」
「え?」
「…ホープのプロテスも、お前のブレイブも…重宝している」
「…ライト」
こちらを見ず、空を見上げながらライトはそう言った。
まるで照れ隠し。
たぶん彼女は、こういうことをほとんど外に出すことはない。
だけどやっぱり、根はとても。
「あはは。ライト、やっぱり結構優しいね」
「減らず口だな」
「ええっ!ははっ…でも頑張るよ。ホープと、ライトの為に」
「…なら、もう寝ておけ。明日は早く立つぞ」
「うん」
その言葉に甘えて、あたしは再び目を閉じた。
ライトと話せて、距離、少しは縮まったかな?
今この時間、目が覚めて、良かったと思った。
ライトと話せて…良かった。
To be continued
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