「あれって…」
「おー。おっきな船だねー」
とんとんと軽快に瓦礫を抜けていった先に見えたもの。
あたしとヴァニラが見つめたそこには大きな船が地面に頭から突き刺さっていた。
「パルスの船だ」
船がパルスのものだと教えてくれたサッズ。
それを聞いたあたしとヴァニラは顔を見合わせ、ふと感心した。
「ここまで攻めてきたんだ?」
「ほう、パルスやるね」
……なるほど。
飛空艇みたく空を飛んでドカーン!とコクーンに突っ込んできたのだろうか。
だから突き刺さってるってわけか。それなら納得!
「来てねえよ…」
感心で目を輝かせるあたしたちに呆れたようにサッズは首を振った。
だけど、こんな馬鹿らしいがもしれないやり取りに慣れてきたらしい。
だからすぐにわかりやすい説明も付けてくれた。
「戦争の時もその後も、パルスの軍勢がコクーンの中まで入れたことはねえ。外殻を傷つけただけで、聖府のファルシに追っ払われたんだ。ヴァニラ…歴史の授業は、居眠りか?」
「ま、まあね」
サッズの少しからかう口調にヴァニラは苦笑いを浮かべた。
一方あたしはその船を見上げていた。
戦争と聞いて思い出したのは、さっきホープが教えてくれた話。
「ねえ。戦争って、黙示戦争ってやつ?」
「お。ナマエ、なんだわかってるじゃねえか。どこで覚えたんだ?」
「さっきホープに教えてもらったの。ね、ホープ」
「はい」
「ちゃんと覚えてるよ」と笑えば、ホープも小さく笑って頷いてくれた。
そんなやり取りを見てサッズも「なるほどね」と納得したようだった。
「じゃあ、なんでパルスのものがあるの?」
「あ、うん。あたしもそこ、気になってたよ」
ヴァニラが首を傾げた質問。
あたしも挙手するように便乗した。
開き直ってしまえば、わからないことは積極的に聞いておいた方がいいような気がする。
たぶん損をするってことはないだろうから。
「黙示戦争の影響で、ハングドエッジのような外殻に近いエリアに人が住めなくなった。そこでファルシはパルスから異物を引き上げてコクーンの中に新しい土地を造った。その時のあまりですよ、こういうゴミは」
「ゴミの中にパルスのファルシだのなんだの余計なもんが混ざってたんだな」
わかりやすく説明してくれた二人に感謝しつつ、あたしは「ふーん」と頷いた。
でもヴァニラはどこか寂しそうな顔をしているように見えた。
「……そうだね…」
言葉にもどこか元気がない。
明るいヴァニラにしては珍しい…。
少し気になったあたしはヴァニラの顔を覗き込んだ。
「ヴァニラ?」
「ん?なあに?ナマエ」
でもその時にはもうヴァニラは笑顔を取り戻していた。
まるで、気のせいだったかと思えるほどに。
だからあたしは特に突っ込むことはしなかった。
それよりもこんなところで立ち止まっていたら追ってに追いつかれてしまう。
だからあたしたちは再び足を進め出した。
それからわりとすぐの事だったと思う。
道の途中、ストン…と瓦礫の上から見慣れた姿が身軽に飛び降りてきた。
「あ!ライトニング」
揺れた淡い髪。
あたしは純粋に現れた彼女との再会を喜んだ。
ライトニングの瞳もあたしたち4人を映す。
「待ってたぜ」
「一緒に行こ!」
サッズとヴァニラもライトニングを迎える様に声を掛けた。
でもライトニングはそれを素っ気無くあしらい、またさっさと歩いて行ってしまう。
「素直じゃねえなあ…」
その姿にサッズは、肩をすくめながらそう呟いた。
ともかく、これで全員が揃った。
人数がいるってなんとなく心強いと思うあたしは単純だろうか。
だけど単純でもなんでも、それは余裕に変わったということだから悪い事じゃない。
でもそんな矢先に道で出くわしたのは壊れた大きな機械。
ここは瓦礫で溢れてるし、然程気にしてはいなかったけど…こいつのおかげで余裕な時間も長くは続かなかった。
ウィウィウィウィ…ガシャン!!
「!?」
大きな音に思わず飛びのいた。
音を発したのは勿論、目の前の機械。
機械はまるであたしたちが来るのを待ってたみたいに急に起動し始めた。
…瓦礫じゃなかったの!?
「なんだあ!?」
「パルスの兵器だ」
焦って銃を手に取るサッズにライトニングが冷静に答える。
ライトニングは落ち着いて機械の動きを見据えていた。
だからこそすぐに何かに勘づき、あたしたち全員に声を張り上げた。
「気をつけろ!!」
その瞬間、目の前の機械はあたしたちの足場に向かって攻撃を放ったきた。
おかげで足場は大破。
抜け落ちる様に崩れ、あたしたちには何を為す時間も許さない…で、落下。
「なあっ!?ばっ、ちょっ…!」
「ナマエさっ…う、うわあああ!!?」
足場が崩れる直前、ホープと互いに伸ばした手。
それを掴んだままあたしたちはまっさかさまに落ちてしまった。
異跡の時みたく離れちゃうことはなかったけど、代わりにドスンという音と鈍い痛みが滲んだ。
「い、いっててて…ホープ、大丈夫…?」
「は、はい…僕は。…ナマエさんは?」
「ちょっと痛いけど大丈夫…。それより…」
互いの無事を確認したところで他の皆の様子を探す。
…というか、すっごい嫌な予感というか…嫌な音がした気がする。
あたしの勘が正しければアレは…、あいつも此処に落ちてきた音のような…。
「来るぞ!!」
ライトニングの声が聞こえてハッと振り向いた。
そこには地下で尚、機械と対峙するライトニング達の姿があった。
…つまり、あたしの嫌な予想はどんぴしゃりだった。
ああもう!なんであんなのに襲われなきゃいけないんだ!!
「ああーっ…なんなのもう!」
「っナマエさん!どこへ…っ」
すくっと立ち上がると、ホープに腕を掴まれた。
振り向くと不安そうな顔。
「どこにも行かないよ。ただ…っ」
…変に出て行っても邪魔するだけかもしれない。
だけどさっき自分でも少し戦ってみて、見てるだけなのは心苦しくなった。
だから手のひらに魔力を込めて主力であるライトニングに放った。
「ブレイブ!!」
ライトニングを光が包み、纏う。
攻撃力を増幅させたライトニングの剣が機械の関節を突いた。
彼女はそこで与えた致命傷を見逃さずに、崩れる機体にとどめの魔法を繰り出す。
その猛攻を受けた機械は完全に壊れ、勝ち星を挙げた。
「はあっ…パルスにゃあ、こんなのが山ほどいるんだろ?」
「さあな。軍でもパルスの情報は極秘扱いだ。現場の兵士は無知同然さ」
「らしいな…」
敵を倒して少し流れた安息の時間。
サッズは動かなくなった機体を嫌そうに見つめ、落胆するように肩を落とした。
「敵を知らねえで戦えるのか?」
「敵は敵だ」
「シンプルなこって」
「迷わなくて済む」
強いライトニングらしい言葉だったと思う。
でも、軍に身を置くと言うことはそういうものなのかもしれない。
敵か味方か…ってことか。
「…迷わなければ戦えますか?」
すると、ホープがライトニングに尋ねた。
彼の横顔を見ると、その目はライトニングを真剣に見つめている。
よくわからないけど…、今の言葉にホープは思うことがあったらしい。
「だから生き延びてる」
ライトニングは一言答えて先を歩き出した。
ホープはなんでそんなことを聞いたんだろう?
聞いて、何を思ったんだろう?
あたしホープに歩み寄り、その顔をそっと覗きこんだ。
「ホープ…?」
「…ナマエさん、僕…頑張りますよ」
「えっ?」
どこか、強い意志を決めたような声だった。
頑張るとホープは言った。
それは前向きの意味にも感じられ、多分喜ばしいことだったと思う。
でも、なんでだろう。
なんだかツンと…あたしは心には違和感を残っていた。
「…俺らに未来はあるんだかな」
「ろくな未来は見えないな」
暗い夜空の下、あたしたちは飛空艇の残骸のところで一時の休憩を得ることになった。
腰かけて、足をぶらぶらと揺らす。
あたしはそうして足を休めながら、ライトニングとサッズの会話に耳を傾けてた。
「行く宛てもねえしな」
「あるさ。…あそこだ」
途方に暮れるサッズに相反し、ライトニングは空を見上げた。
サッズもその目線を追うように空を見る。
あたしも見てみた。
そこにあったのは、夜空に白く輝き浮かんで見える何か。
「エデンだと?」
サッズが訝しげに言った。
どうやらあの白い光はエデンと言うらしい。
また新しい単語が出てきたから、あたしは隣に立つホープに聞いた。
「ホープ、エデンって?」
「…首都ですよ。首都エデンです」
「首都?あれが…」
コクーンの首都、エデンか。
つまりライトニングは首都を目指すと言っているらしい。
その提案は意外だったようで、サッズは驚いた顔をしていた。
「聖府の中枢じゃねえか。勇ましいねえ。殴り込みでも掛けようってか?」
恐らくサッズは冗談で言ったつもりだったのだろう。
でもライトニングは否定をしない。
ただ、まっすぐにエデンを瞳に映していた。
その空気を察すると、サッズは焦りを見せた。
「…正気か?」
「逃げ続けても、狩られるかシ骸だ。ルシの逃げ場はどこにもない。なら、コクーンの敵らしく聖府に喰いついてやるよ」
「冗談じゃねえぞ!」
「ああ、冗談じゃないね」
食い違っていくライトニングとサッズ。
ライトニングはエデンを見上げたまま、貫く様に言いきった。
「パルスのファルシがセラをルシにした。守れなかった私もルシで、コクーンの敵として聖府に追われてる。だが聖府の裏に何がいる?ファルシだ。コクーンを支え、人間を導くとかいうファルシ=エデンだ。パージを命じたのもそいつだろうさ」
エデンというのは首都の名前だけじゃなくてファルシの名前でもあるらしい。
そのファルシ=エデンがパージを命じた大本。
ライトニングは刻まれた烙印に触れるように、己の胸に手を当てた。
「パルスのファルシだろうが、聖府のファルシだろうが…ファルシにとって人間は道具だ。私は道具で終わる気はない」
「じゃあ、どうすんだ?」
「ブッ潰す」
サッズの問いに芯の通った強い声でライトニングは答えた。
でもその答えにサッズは強く首を横に振った。
「ひとりでか?無茶言うな!万一上手くいってもファルシ=エデンはインフラの中核だ!あれに何かあったらコクーンはガタガタに…」
ライトニングが事を起こした結果を予想し頭を抱える。
でもそこまで言葉にしてみて、ライトニングの考えがわかったかの様にサッズはハッと表情を変えた。
「…壊したいのか?パルスのルシだからってコクーンを壊そうっつうのか?!」
「駄目!!」
慌てたサッズを後押しするように高い声が響いた。
そこまで聞いたヴァニラはライトニングに反対を口にした。
「セラを忘れたの?コクーンを守れって言ったじゃない!守るのが使命かもしれないのに!」
「使命は関係ない。私はファルシの道具じゃない。生き方は、自分で決める」
でもヴァニラの言葉を遮るようにライトニングは言いきって見せた。
ぶつかりあう皆の意見。
それを聞いていて、あたしも色々考えた。
勿論、ルシになっちゃったっていうのは怖い。
この先に待つのはクリスタルかシ骸。そんなの絶対御免だ。
でも…絶対にルシの呪いが解く方法がないとは言い切れないと思う。
そう希望を持てるのは…何もわからないからかもしれないけど。
それにあたしは元の世界に帰る方法を探したかった。
あたしがこの世界に来て数日は経ってる。
…そろそろ、周りが本格的に騒ぎ出す頃だと想像出来たから。
なんにせよ、共通してるのは情報がほしいということだった。
「…首都だって言うなら、色んな情報がそこに集まってきてるんだよね」
だから呟いた。
すると皆の視線が集まったのを感じた。
そんな様子を見たホープは、そっとあたしに聞いてきた。
「…ナマエさんも…エデンに行くつもりなんですか?」
「…わかんない…。でも、選択肢としてはありなのかなって…」
「……。」
そう告げると、ホープは何かを考えるように俯いて目を伏せた。
皆の気持ちの絡まり合いが静かな空気を生む。
そんな中でサッズはライトニングをなんとも言えない目で見つめていた。
「…生き方じゃなくて、死に方じゃねえのか?」
「迷っていても絶望だけだ。進むと決めれば、迷わずに済む」
ライトニングの声は、変わらずにしゃんとしていた。
自分を持っていて、とっても強い目で。
…でも、あたしはなんとなく引っかかりを覚えた。
一見、貫いているように見えるけど…でも、違う?
迷わずに済むって…裏を返せば、迷ってるから貫こうとしてるだけ?
「安心しろ、敵は聖府だ。世界を滅ぼす気はないさ。…滅ぼしそうになったら、あの馬鹿が止めに来るかな」
ライトニングは自嘲するように言った。
脳裏に浮かばせているのは、ビルジ湖で別れたスノウのこと。
「スノウと戦うってのか!?次に会ったら敵同士かよ!」
「お前たちとも、そうなるかもな」
ライトニングはそれだけ言い残すと、あたしたちの顔を見渡してひとり先に去って行ってしまった。
残されたあたしたちの間には、少しの沈黙が流れる。
皆も想うことがあったんだろうけど、あたしも悩んでた。
これからどうするべきなのか。
そんな沈黙を破ったのは意外や意外…ホープだった。
「ナマエさん…、エデンへ行きますか?」
「え?」
声を掛けられたのはあたし。
顔を見上げれば、彼は真剣な顔をしていた。
「選択肢としてあるなら…行ってみませんか。僕も…エデンになら何か情報がそろってるかもって思いましたし…それに、ライトニングさんの言葉に思うところがあったんです」
「思うこと…?」
「道が重なっている間は一緒にいよう、そう…言ってくれましたよね」
「うん…」
「…なら、一緒に行きましょうよ」
手を握られ、ホープはあたしを立ち上がらせた。
正直な気持ち、何をしたらいいかわからないのは本音だから…エデンに行くのは本当にありだと思う。
そして、あたしはホープが気がかりだった。
彼をひとりにしたくもないし、それにあたし自身が彼と離れるのはなんとなく嫌だった。
だってここまでずっと一緒にいたし、見知らぬ世界で「一緒にいよう」と交わした言葉は凄く心強いと思えたから。
だからホープもライトニングについていきたいと感じたのは、願ってもないことではあった。
だけど…何かが引っかかる。
「じゃあ、行きましょう。…スノウは敵です…!」
「あ、ホープ…!」
あたしと、そしてサッズとヴァニラに宣言するようにそう言うと、ホープはあたしの手を握ったまま走り出した。
サッズとヴァニラはついて来ない。
あたしはふたりを気にしたものの、突き進んでいくホープに引かれるままだった。
…スノウは敵です。
だけど、そう言ったホープをほっとくわけにもいかない。
だからあたしは掴まれたままの腕を引き、ホープを一度呼びとめた。
「ねえ!ホープ!ちょっと待って!」
「なんですか?…あ、す…すいません…僕…」
「え、あ、ううん…それはいいんだけど…」
掴まれたままの腕を引いたからだろう。
ホープは握ったままだったことに気がつき、それを気にしたのだと勘違いしたように慌てたようにパッと手を離した。
でも止まってくれたなら…それでいい。だって流石にそろそろまずいと思った。
…というより、ヴァイルピークスについてからホープの心境が一気に悪い方に進展してる気がした。
「ねえ…ホープはスノウのこと、よく思ってないんだよね?」
「…っ当たり前じゃないですか…!」
スノウの名前を出した途端、ホープは一気に顔を歪めた。
そんなこと今更だ。多分…そんな感じ。
「…スノウは敵って、どうするの…?」
「…どうするって…どうしてそんなこと聞くんですか」
「…なんか、不安だから…」
我ながら曖昧なこと言ってると思った。
そりゃ…ホープのお母さんがスノウを庇ったのも事実だ。
戦いに走り出した切っ掛けのひとつだったことも否めない。
だけど、あたしはスノウが悪いとは思わなかった。
でも強く言えなかったのは、変に刺激をしてしまったらホープが崩れてしまう気がしたから。
なんでか上手く説明できない…それはただの、漠然とした勘のようなものだったけど。
とにかく上手い言葉が見つからなくて、濁して言葉を探していた。
でもホープはそれを待つことなく、あたしを急かした。
「…とにかく、今は行きましょう。置いつけなくなっちゃいますよ」
「うん…」
なんだかさっきまでと逆転したみたいだ。
さっき言った頑張るをさっそく実行に移してるみたい。
ホープに促され、あたしは足を動かし始める。
でも頭では、ホープの痛みはどうしたらいいのか…ずっとずっと考えてた。
To be continued
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