足が重い…。
ふくらはぎがじわじわする…。
ライトニングと合流してからどれくらい進めたのだろう。
足早に進むライトニングを、魔法を使いながら追いかける。
戦闘に慣れていないあたしたちにとって、それはなかなかハードな作業だった。
「はあ、はあ…」
疲れ果てて荒くなった息。
ホープは額を拭いながら、傍にあった岩に腰を下ろした。
「疲れたね…」
「…はい…」
あたしもホープの真似をするように、彼と同じ岩に腰かけた。
ああ、やっと座れた…。
少しでも痛みを無くそうと、疲れ切った足を伸ばして息を吐く。
だけどあたしたちとは違ってライトニングはただひとり座ることをせずに涼しい顔をしていた。
…これが軍人と一般人の差ですか。そうですか…。
「このルートで大丈夫なんですよね?ライトニングさん、この辺詳しいんですか?」
様子を窺うように辺りを見渡している彼女にホープが尋ねた。
そういえば、ライトニングは何を迷うこともなく道を突き進んでいる。
あたしたちは何を疑うことなくそれを追いかけていたけど、実際のところどうなのだろう。
ライトニングは淡白に答えた。
「軍の任務で何度か来ている」
軍の任務。
その単語を聞くと、ホープの顔色が少しだけ変わった。
「任務って…パージじゃないですよね」
パージ…。
パルスの異物をコクーンから排除するための作業。
そうか…。それを行ったのは聖府なのか。
ライトニングも軍人って事は…そライトニングもパージに関わってたことのなるのだろうか…?
なんだかよくわからなくなってきた。
でも多分あたしが口を出すと話がややこしくなるのは目に見えてる。
それを察して、あたしは質問をホープに任せて聞き役に徹することにした。
「パージの主導はPSICOMだ。軍の組織はふたつに分かれている。聖府直属の公安情報司令部PSICOMと、その他大勢の警備軍。私は警備軍でボーダムの連隊にいた」
ボーダムというのは、あの花火があった街。
あたしがこの世界に来て最初に立っていた場所。
ライトニングはそこに警備軍であり、パージには無関係…ってことらしい。
あたしが「ふーん」と納得してる一方で、ホープはハッとしたようにライトニングに質問を重ねていた。
「待ってください!パージに関係ないのに何であの場所に?」
「乗り込んだ」
きっぱりそう言い切ったライトニング。
パージに無関係だった彼女がパージの場にいた理由。
ライトニングはその時の自分の足取りは、すべてセラの為だったらしい。
セラは異跡の中に閉じ込められてしまっていた。
その異跡がパージされてしまう前に救い出さねばならない。
パージ列車に乗れば、その機会があると思えた。
サッズとはその時に出会ったのだという。
そう。だから乗り込んだ。
すべて、妹のために。
「へえ…セラの為だったんだ」
「妹さんを助けるために自分から…。凄いですね、僕には絶対出来ないです…」
話を聞いたホープは俯き、肩を落とした。
そしてそれは、なんだかちょっと諦めにも近い声。
ライトニングはそんなホープに当然のように言い返した。
「出来る出来ないの問題じゃない。やるしかなければやるだけだ」
「はー…すごいなあ…やっぱちょっと格好いいね…」
さらりと言ってのけるライトニングに、あたしは感嘆だった。
でも同時に、ライトニングがいかにセラを思っているのかわかった気がした。
「…お前、どこか暢気だな…」
「え!そ、そうかな…!?」
ライトニング凄いな〜って顔をしすぎたのかもしれない。
ちょっと怪訝な顔をされて、パッと頬を押さえた。
「…強いから、そんなこと言えるんですよ」
でも、ホープは少し投げやりだった。
「…ホープ」
やるしかなければやるだけ。
そう言ったライトニングの言葉を、ホープは卑屈に捉えていた。
あたしは俯いたままのホープの顔を隣から覗きこむ。
ライトニングは、そんな卑屈な様子に息をついた。
「え、あ、ライトニング!もう行くの!?」
そして足を再開させて瓦礫を登り始めてしまった。
あたしが驚いて声を上げると、ホープも気がついたように顔を上げた。
「ライトニングさん!?」
ホープが立ち上がり、呼びかけてもライトニングは振り返らない。そのままスイスイと身軽に瓦礫の山を登って行ってしまう。
すぐに姿は見えなくなった。
これは追いつくのがキツイかもしれない…。
瓦礫はまるで崖。あたしたちじゃ登るだけで一苦労だ。
「…母さん…」
途方に暮れたホープはよろめくように、ぺた…とまた岩に腰を下ろして小さな小さな声でそう呟いた。
あたしはその横顔を見つめて少し目を細めた。
確か…お母さんと旅行に来てたって言っていたホープ。
楽しいはずのイベントなのに、突然パージに巻き込まれて、お母さんを失って…。
挙句の果てに自分はルシと来たもんだ。
…そりゃ、まいっちゃうよな…。
さて…どうしたものか…。
そう思いながら、あたしはポーチを漁った。
あ…。
するとあるものが指に当たり、入っていたことを思いだした。
「ホープ」
「……はい…」
「ちょっと顔上げてくれる?」
「…なんですか…んぐっ」
ホープが顔を上げた瞬間、あたしは彼の口にあるものを放り込んだ。
すでに自分の口の中にもある、ころん…と転がるソレ。
「どう?」
あたしは岩から立ち彼の前に屈んで、ニッと笑って感想を求めた。
「…おいしい…です」
舌で転がしながらホープはそう零した。
あたしが彼の口に放り込んだは飴玉だ。
いくつかのフレーバーがある、あたしの世界じゃ見慣れた飴玉。
こんなのでも今は貴重な食料かもしれない。
「そっか、よかった!」
あたしはただ、そう笑いかけた。
そして、どうしたら彼が少しは気が楽になるか考えながら言葉を探して話した。
「まあ…やってられるかってなる気持ちもわかるけどさ。嫌なこととか、辛いことばっか考えるから気が重くなるんだよ」
「………だって、悪いことしかないじゃないですか」
「決めつけちゃうの?」
「決めつけるも何も…」
「どうなのかな。何でもいいんだけど。飴おいしいなー、とか」
言っといてなんだけど、飴美味しいは単純すぎるか。
でも、ほんのちょっとでいい。
だって絶望ばかりしてたら良い風だって吹いてこない。
吹いてきたって、気づけない。
むしろ…全部歪んだ捉え方をしてしまいそうな気がした。
「あ!ナマエ!ホープー!」
その時、どこからか明るい声が響いてきた。
聞き覚えのある元気な声。
きょろきょろあたりを見渡すと、ブンブンと大きく手を振る姿を見つけて立ち上がった。
「ヴァニラ!サッズ!…と、あ!雛チョコボちゃん!」
大きく手を振るヴァニラと、その後ろで息を切らしてるサッズ。
そしてそんなサッズの頭から飛び出し一番に飛んで来てくれたのは、あの小さな雛チョコボ。
あたしは手を差し出して雛チョコボをキャッチすると、そのままふわりと優しい羽を頬で撫でた。
あー…ふかふかだ、相変わらず可愛いすぎる!
ふたりはあの後、あたしたちを追いかけて、やっと追いついたのだとか。
あたしが雛に頬を緩ませている一方でサッズはホープにライトニングの事を尋ねていた。
「姉ちゃんは?」
ホープはそれに答えるように、顎で瓦礫の上を示した。
それを見たサッズは頭を掻き、慰めるようにホープの肩に手を置いた。
「…容赦ねえな」
でもサッズの手が肩に触れた瞬間、ホープはその手を振り払うように立ち上がった。
「もういいです。どうしようもないんです。ついていけないし、帰れっこないし。もう嫌だよ…!」
完全に自暴自棄になっている声。
ヴァニラはそんなホープに駆け寄ると彼の顔を覗き込んで笑みを作って励ました。
「一緒に頑張ろ!うちに帰ろうよ!」
「…帰ったって、母さんは…」
「お父さんは?」
ヴァニラが聞くと、ホープは父という言葉に眉間を寄せた。
そう言えば、ホープのお父さんのことって聞いてない。
ホープは顔をしかめながら、少し嫌そうに話してくれた。
「…もともと、旅行は家族3人で来るはずだったんですよ。でも…父さんは仕事が忙しくてこれなくなって…」
それは、あの花火の日の真実…。
お母さんと来た旅行と、お父さんとの関係。
「花火までには間に合わせるって言ってたのに、結局その約束も流れて…。いっつもそうなんですよ、父さんは。約束なんて…破ってばかり」
それを聞いて繋がった。
ああ、だからお母さんとふたりで旅行をしていたのか…。
そしてその花火の夜に…ボーダムではファルシが見つかった。
「次の日…聖府が街を封鎖したから、パルムポルムに帰れなくなって…。それから無理矢理パージ列車に乗せられたんです。母さん必死でした。なんとかうちに帰ろうとして、だから戦って…乗せられたんですよ!スノウに!」
そう言って、事を見ていたあたしとヴァニラに彼は訴えかけた。
そうでしょう!?と、まるですがりつくかの様に。
「あいつのせいなんです!」
あたしはそう言ったホープの顔をじっと見てた。
…ホープ、やっぱりスノウのこと…。
ヴァニラは少し言葉を無くしたみたいだった。
でも何とか探しては、優しくホープに語りかけた。
「帰ろうよ。ね?お父さん心配してるよ」
「どうでもいいですよ。父さんだって、僕のことなんか!」
ホープにしては珍しい鋭い口調だった。
その声のトーンだけでホープがお父さんに抱く印象が見て取れるみたい。
「…心配しねえ親がいるか…」
そんなホープの言葉に、一番に反応したのはサッズだった。
あたしとヴァニラは顔を合わせてサッズを見やる。
「サッズ?」
「っ…な、なんでもねえ…」
ヴァニラが声をかけるとどこか誤魔化すようにサッズは頭を振った。
そしてホープに向き直り、親身になって声を掛けた。
「まだ間に合う。うちに帰してやるからな。親父さんも必ず喜ぶ」
サッズはホープを励ますと、先陣を切るように先を歩き出した。
ヴァニラもそれを追って走り出す。
あたしは俯いていたホープを促すように肩を叩いた。
「ホープ、行こう」
「…ナマエさんは、」
「え?」
ホープは顔を上げると、あたしをじっと見てきた。
それは、さっき話したことの続き。
「…ナマエさんは?ナマエさんはどうなんですか?パージされてルシにされて…いや、こんな見知らぬ世界に放り出されて…何を幸せと呼べますか?」
じっと見つめられ、問われた。
…本当のところ、今ホープの話を聞いて…少し無責任なこといっちゃったかなと思った。
それぞれ、色んなものを抱えてて…目の前で大切な人を無くしたばかりの彼に…。
もしかしたら、少しそっとしておいた方が良かったのかもしれないなんて考えが…ちょっとだけ過った。
でも…恨みを増幅させるのが良いこととはやっぱり思えないし、俯き続けるのもきっと辛い…。
「あたしは…、」
だからゆっくり口を開いた。
あたしがこの世界に来て…何を幸せと呼べるのか。
実際のところ、勿論キツイことも沢山あった。
何度も死にかけたし…途方にも暮れた。
でも、きっとひとつもないわけは無いと思う。
きっと…何か、あるような気がする。
視線が交わる彼。
ああ、そうだ。じゃあ…こう言おう。
思いついたのは小さな悪戯。
あたしは笑みを作り、ホープに答えた。
「じゃあ、ホープに会えた」
「え…っ」
にーっ、と笑うと予想外の言葉だったのかホープは目を見開いた。
あ、やった。大成功。
彼の反応を見て、ちょっと笑った。
「ふ…っ、あははっ、って…これはちょっとクサ過ぎるか!」
「な、何言ってるんですか…っ、冗談なんかっ…」
「あははっ…!でも、冗談じゃないよ?」
「…え?」
「嘘はついてないってこと」
「……ナマエ、さん…」
今度はニコリと、そっと微笑みかけた。
だって、ただ、少しでも笑って欲しいだけだから。
「…俯いててもどんどん暗くなってくだけだと思うし…それってもっと苦しいと思うんだよね。あたしなんか全然頼りにならないから、寄りかかってくれなんて言えない。…でもホープが少しでも元気になってくれたらいいなとは思うよ」
「…僕が元気に…?」
「だから、頼りにはならないけど、一緒に歩くことは出来るから」
全然、上手い言葉が見つからなかった。
悲しみにとらわれ過ぎるのも、誰かを憎み続けるのも…きっと悲しいことなんだと思えた。
そんな感情に身を任せたら、いつかきっと後悔する気がした。
「ほら、また置いてかれちゃうし、行こうよ?とりあえずさ、捕まるのは嫌だし、逃げるっていうのはどうあっても間違いじゃないよね?」
「…そう、ですね」
先を指さして、あたしは笑った。
あたしだって…怖い。
でも嫌なことばかり考えると頭が痛くなるだけだ。
何より…ホープの力になりたかった。
だって彼は、今まで何度も助けてくれたから。
…この子に出来ることをしたいって、あたしは本当に思ってた。
To be continued
prev next top