光の河



ふわり、幻光虫が幻光花に舞う。
光溢れる、この幻想的な場所の名は幻光河。




「なーに映してやがんだよ」




寝転がるジェクトさんは、アーロンの映すスフィアに向けてそう言った。
しかし、そこにいつもの威勢は無い。




「また馬鹿な真似をしないように監視している。あんたが酔ってシパーフを斬りつけたおかげで…ごっそり迷惑料をとられた。ブラスカ様の大切な旅費をな」

「でも、とりあえず命に別状ないって言ってたし。シパーフって丈夫なんだなあ…ジェクトさん、全力で斬りかかったのにね」

「…ナマエ。お前、それはフォローしているつもりなのか?」

「……あれ?なってない?」

「………。」





あっれー?フォローになってないかな。
息をつくアーロンの様子を見る限り、なってないんだろうけど。

まあ…ちょっと凄かったもんな、あのジェクトさんは。
ジェクトさんも、今回ばかりは深く否があったと思っているらしく反省の言葉を口にする。




「だから何度も頭下げたじゃねぇか。もう二度としねぇよ。約束する」

「約束だと?」




しかし、アーロンは厳しかった。

大切な旅の資金がこの事件により一変にパアになったのは事実。




「酔った途端に忘れてしまえば意味はない」

「まあまあアーロン。ジェクトも反省しているんだ。それぐらいにしてやろう」




強い口調のアーロンをブラスカさんがなだめに入る。

そんな様子を見て、何かを決意したようにジェクトさんは立ち上がった。




「よし、決めた!俺は今日を限りに酒をやめる!」




言い切ったジェクトさん。
あたしはそれを見て思わず目を見開いて丸くした。
なぜならジェクトさんは毎晩、お酒を欠かすことはなかったから。

それを知っていたからだろう、ブラスカさんも確認した。




「いいのか?」

「シンを倒してスピラを救う大事な旅だろ。くだらねえことで足ひっぱっちまったら……な。みっともねぇ真似さらしちまったら…家族に顔向け出来ねぇよ」

「しっかり撮っておいたからな」




頭を下げ、俯きながらそう反省していたジェクトさん。
アーロンは証拠だ、と言うようにスフィアを見せた。

ところで、一文無しである一行には勿論、宿に泊まるお金はない。

今日は幻光河で野宿となった。


あたしの住む世界には、幻光虫なんてものは存在しない。

夜になり、暗くなると幻光花には日がある時間とは比べ物にならない程たくさんの光が溢れる。
例えるなら蛍だろうか。
しかし、蛍よりひとつひとつの光は大きい。

いくら観ていても飽きないなあ。
あたしは河の景色に夢中だった。



「…なにをしている。早く寝ろ、明日に響くぞ」

「うん、もうちょっとだけ」




いつまでも河を眺めていると、アーロンが声を掛けに来てくれた。

河縁に座り、じっと見つめている。
アーロンにも振り返ることなく、ずっと。




「そんなに飽きないか?」

「うん。すごく綺麗。あ、スピラの人には珍しくない?」

「いや…ここまで光に満ちるのは幻光河くらいだからな。珍しいと言えば珍しい」




アーロンはあたしの横に腰かけた。

そして同じように幻光河を眺めながら、尋ねてきた。




「そう言えば、お前の住んでいた世界は機械が多いんだろう?」

「うん、都会の栄えてるとこは夜もずっと明かるいよ。むしろ夜の方が活気あるかも。分かりやすく例えるならジェクトさんの言ってた眠らない街、ザナルカンドって感じかな?記録では1000年前は栄えてたんでしょ?」




あたしがジェクトさんとわりと話があうのは、こういった点もあるのだと思う。

互いに夜まで明かりのついている街の景色を知り、機械に溢れている世界からやってきた。

ザナルカンド。1000年前に滅んだ都市。今は遺跡となっている、この旅の終着点。




「アーロンは昔、僧兵だったんだっけ?やっぱ機械、嫌い?スピラの人は好まないんでしょ?」

「それがエボンの教えだからな。…僧兵の時にこんなことを言っては難だが、俺は別に嫌ってはいない」

「お?」

「使い方の問題だろう。…まあ、馴染みは無いがな。触ったこともほとんど無い」

「そっか。じゃ、あたしの世界に来たら目回すかもね」

「…そんなに溢れてるのか」

「まーね」




ふふっ、と笑った。

夜景とか見たらどんな顔するんだろうな、アーロン。
ちょっと想像つかなくて面白い。




「ねぇ、なんでブラスカさんのガードになったの?」




しばらく、この綺麗な景色を前に、あたしたちは話をした。

これは、少し気になってたこと。
ジェクトさんも、あたしも自分の目的を持っている。元の世界に帰るために。

じゃあアーロンは?純粋にそう思ったのだ。

それに、エボンの教えに反するとスピラでは好まれない種族、アルベド族。
ブラスカさんはそのアルベド族と結婚をした。
そのために寺院の人々のブラスカさんに対する目は冷たいものだったと聞く。

エボンの教え何て言う概念の無いあたしには、それがどうした。そんなの知ったこっちゃない…てな感じだが、アーロンはスピラの人間だ。

ブラスカさんについたのは、何か理由があったのだろうか。




「一番はブラスカ様の人柄、だろうな」

「人柄?」

「ああ。機械に関してはさっき言った通りだ。アルベドも同じ。元から嫌悪感をあまり抱いていなかった。上司だったあの人を、尊敬していた。アルベド族をめとったらと言って、別に気持ちは変わらない。…今もな」

「そっか、アーロンは僧兵でブラスカさんは僧官だったんだよね」

「…あとは、そうだな…上司に勧められた縁談を断ったんだ」

「縁談!?」




思わず、あたしは驚いて大きな声をあげてしまった。
アーロンの口から縁談。
ちょっと…いや、かなり予想外な単語だった。




「縁談て…アーロン、結婚…?」

「それで出世の道から外れてな」

「アーロンが結婚…うわあ、何か…うわあ」

「…なんだ」

「いや、自分でもよくわかんない。なんで断ったの?」

「…出世絡みの縁談だったからな。それで夫婦になっても、相手に失礼だろう?」

「おー!アーロン格好いいぞ!」

「………何を言っている」




にしし、と笑いながら。
少しふざけた口調になってしまったけど、実際は本当に少し格好いいじゃん、と思った。

縁談を断った。
自分の人生が掛かっている大きな選択だったのに。

聞いているとエボンって言うのはスピラの中では総てと言っても過言では無いものだ。
ほとんどの人が教えを信じて暮らしているのだから。

そんな組織の中での出世。
貪欲ならば、相手など考えずに二つ返事で縁談を受けてしまう人もいるんじゃないだろうか。

でも本当にアーロンは真面目でお堅くて。
ちゃんと、相手の中身を見てくれて…大切だと思える相手としか、結婚なんて単語出てこないんだろうな。

こういう部分での堅物は、長所だ。
素直にそう思えた。




「まあ、あたしも結婚は好きな人としたいなあ」

「貰い手があると良いがな」

「なんてこと言うの!?」

「フッ…ははっ、そろそろ寝たらどうだ?少しは慣れてきただろうが、お前はまだ戦闘に不安な部分も多いだろう」

「うん。そーだね」




ベベル付近から幻光河まで。
それなりに幾つかの戦闘は乗り越えてきた。

あたしは常に後衛。魔導師タイプなのだ。充分後ろからで攻撃も回復も出来る。
しかし、それは前衛でアーロンやジェクトさんが盾になってくれていると言うこと。

あたしやブラスカさんに攻撃が向かないよう、出来るだけ庇いながら戦ってくれているのだ。

それに、女だからと言う理由もあるが夜の見張り番も免除されている。

でも…もっともっと、役に立ちたい。
足手まといにならないように。

アーロンが早く寝ろ、そう言うのは足手まといと言うより…体を気遣って言ってくれている部分が多いのだろう。

だからこそ、そうした気持ちは強かった。




「うん、寝る。魔力養わないと!…おやすみ、アーロン」

「ああ」




幻光虫が、ゆらりと空に舞った。


To be continued

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