傾く気持ち



「チョコボを襲う、大型の魔物か…」




ミヘン街道。
討伐隊を作った人物の名前からとったと言われているこの街道。

そこで、頻繁にチョコボが襲われていると言う噂を聞き付けた。
呟いたブラスカさんの言葉に反応したのは………。




「ちっ!どこに隠れてやがる!?おら〜あ!とっとと出てこい!」

「そーだそーだ!出てこないと辺り一面にファイガぶっぱなしちゃうからね!」

「わざわざ呼ばんでもいいだろう。というかナマエ、お前は物騒なことを言うんじゃない」

「ファイガ、ついさっき覚えたばかりだからね…。ナマエ、張り切る気持ちはわかるけど、辺りが焼け野原になってしまうよ」




そう。あたしは先程、炎の上級魔法であるファイガを修得していた。

回復系はブラスカさんの指導の甲斐もあって、何とかケアルラまで使えるが、他の3つの属性はまだ初級しか使えないわりに炎系だけ凄まじいスピードで習得できた。

炎系の才能があるのかな。
確かに炎系は使っててもしっくりくるんだよね。

でもしかし、草木の多いミヘン街道で乱射すれば一面に火の海になることは確かに間違いはない。

ちょっとだけ思い止まる。
でも気合いが入ってるのはジェクトさんも同じだ。




「おら!ごちゃごちゃ言ってんな!みんな困ってんだ、俺らが退治しねぇでどうする!シンを倒す練習ってなもんだ!」

「それも…そうだな」

「よし、やるか!」




シンを倒す練習。
そう聞いてアーロンやブラスカさんも頷く。

この頃だろう。パーティーが一段とまとまってきたのは。
最初ジェクトに抵抗を抱いてたアーロンも“みんな困ってる”そう真っ直ぐに言い切れるジェクトさんの中身を認め始めていた。




「よぉっし!じゃあチョコボを襲う、不届きモノな魔物なんて焼き払っちゃいましょ!」

「少しは加減をしろ…。本気で焼け野原にする気か。そもそも何故そんなに張り切っているんだ」

「だってチョコボだよ!」

「…意味がわからん」

「はははっ、チョコボが好きなら、乗って街道を越えようか。そのためにも、早く倒してしまおう」




チョコボ。それはFFではお馴染みである生き物。
あのふわふわの黄色い羽。
一度でいいから触れて、乗ってみたい。
……そう何度思ったことか!
それが目の前にいるこの感動。
そりゃ火も着くってもんだ。
しかも乗れると来たら、もう張り切っちゃうでしょ。

そんな中、ジェクトさんは魔物を呼び続けている。

その後、草木を揺らす大きな音。巨体を揺らしながらチョコボイーターが現れる。

ジェクトさんとアーロンはサッと武器を構えた。




「出やがったな!アーロン、しとめるぞ!」

「おう!」

「ナマエ、我々は魔法でふたりが飛び込む隙を作ろう」

「了解です!」




チョコボイーターは力の強い魔物。
何度もミヘン街道の旧道がある谷底に追いやられそうになりながらも、押し返し、押し返し…トドメを刺した。

あたしのファイガがね。ふっ!




「わーい!チョコボー!」

『クェーッ』




倒してすぐ、あたしはチョコボに駆け寄り抱きついた。

黄色い黄色い大きな鳥。
夢にまで見たチョコボが目の前にいる。

……これは堪らない…!
すりすり、と頬をつける。




「本当にチョコボが好きなんだね、ナマエ。君の世界にもいたのかい?」

「いーえ!いないから乗ってみたくて乗ってみたくて!」

「じゃあチョコボ初体験か。…乗り方わからないんじゃないか?」

「……え?」




ブラスカさんの言葉に固まった。

乗り、方……。

あたしの世界ならチョコボは馬だろうか。
馬に乗れって事だよな…。

しばし考え、尋ねる。




「なんか…コツ、とかいりますか?」

「まあ此処のチョコボは人に馴れているから大人しいけど、初めてなら少し大変かもしれないな」

「まじですか…」




そんなことまったく考えていなかった。

予想外の事態にかなりショックを受ける。
それは誰が見てもわかるくらい顔に出ていたらしい。
それを見かねたブラスカさんはある提案をしてくれた。




「じゃあアーロンと乗ったらどうだい?」

「え?アーロン?」

「そう。アーロン!ナマエとふたりでチョコボに乗ってあげてくれないか?」

「え、俺がですか!?」

「ああ、頼んだよ」





ひらひら、と手を振りながらブラスカさんは笑顔で離れていく。

残されたアーロンとあたし。
ふたりで沈黙。ブラスカさんの展開の速さに圧倒されているとも言う。

でもこれで乗れるなら!
あたしはヘラッと笑った。




「えへ、アーローン♪」

「気色悪い声を出すな」

「きしょ…!?」

「まったく…」




溜め息をつきながらも、アーロンはチョコボの手綱を引いて乗り方をきちんと教えてくれた。




「ほら、ここに足をかけて…こう跨がるんだ」

「こう?よっ、と」

「そうだ。問題は乗ってからだ。チョコボは速い。掴まっていないと振り落とされるぞ。お前は落ち着きが足りんからな」

「失礼な!」

「…俺の腰にでも掴まっていろ」

「えっ…?あ、うん…わ、わかった」




腰。

さすがにそれには戸惑った。

なんだそのシチュエーション。
自転車ふたりのりだったらキュンキュンパターンじゃないか、なんて思って。

でも振り落とされたら堪らない。
そっ、とアーロンの腰に手を回す。

ん。ちょっとあったかい。
…って何考えてんだ。




「…行くぞ」

「…うん」




チョコボが走り出す。
風を切るように街道を抜けていくチョコボ。

それはもう、爽快すぎる…!
あたしは完全に、更にチョコボの虜になってしまったわけで。




「幸せすぎる…!チョコボ愛してる!」

「騒ぐな!俺まで恥をかく」

「俺までって何!」




アーロンとそんな風にくだらない事を話しながら、ミヘン街道を一気に越えた。


ここを越えれば…潮の匂いがする。
海の近い、大きな街ルカ。

ブリッツボールのスタジアムがあるこの街は、討伐隊が必死になって守っているのだと言う。




「おうアーロン。さっきの試合ちゃんと撮ったか?」

「ああ。だが、わざわざ撮る必要があるのか?あんたのザナルカンドにもブリッツはあるんだろう?」




ルカに到着して直ぐ、ジェクトさんたっての希望でブリッツ観戦をしたあたしたち。

ジェクトさんに頼まれ映像スフィアを試合の最中撮っていたアーロン。
今はスピラカモメに餌付けをしようとしてたあたしをを撮ってたけど、でもジェクトさんにスフィアを向け直し、そう質問をするとジェクトはやれやれ、と首を振った。




「わかってねえな」

「研究というわけか」

「ま、ジェクト様にはどうでもいいけど、ガキがよ」




ザナルカンドではブリッツの名選手だったというジェクトさん。

ガキ、つまり息子の言葉を口に出した瞬間にジェクトの顔つきは少しばかり柔らかいものに変わった。




「君の息子もブリッツを?」

「ああ。生意気に俺に対抗意識を燃やしててな。無理だってからかってやったら、半泣きしてムクれやがるんだ。もう随分会ってねえんだよな。ちったあ背も伸びて、逞しくなったかな…」




少し切なそうな顔をするジェクトさん。ザナルカンドを思い出しているのだろう。

ジェクトさんは息子へどう接して良いかわからないとよく話していた。
そんな話を聞いているだけで、あたしもアーロンも、同じように子供がいるブラスカさんも、ジェクトさんがいかに子供を想っているかをわかっていた。




「おら、こんなところ撮るな!撮るんじゃねえよ!」

「……ああ」





スフィアを回していたアーロンにジェクトさんが止めるよう言う。
ジェクトさんの性格からして、気恥ずかしさを感じたのだろう。

アーロンは小さく笑い、スフィアを止めた。




「でもあたし、ブリッツボールって初めて観ましたよー!よくあんなに息続きますよね?」

「ん、ああ。ちっとコツがいるんだが水中の幻光虫を使ってな」

「へえ、幻光虫…。泳ぎも速いし、ちょっと楽しそうですよね」




楽しそう…とか思っても、あたしはあんなにスムーズに泳げはしないが…。
でも、あたしは初めて見たブリッツボールに少し興奮気味だった。
さすがシンをまぎらわす為のスピラの娯楽。




「おうよ!しかもブリッツのてっぺんからの景色ってのは最高だぜ?いつかよ、あのガキにもそれを見せてやれりゃあいいんだがなぁ」

「……早く、帰れるといいですね」

「…お互いにな」




元の、自分の住んでいた場所へ。
街へ、家へ。

今のところ、何一つ見つかっていない手掛かり。

もしかしたら、もう二度と…そんな予感も頭を過らないわけじゃない。


だけど、少しずつ…この世界で見つけたものも確かに感じていて。

気持ちが傾き始めてた。


To be continued

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