祈り子の夢



すごく…嫌な予感がした。
手の震えを必死に押さえ、隠しながら、あたしはガガゼトの雪道を歩いた。

そして、そんな震えが少しづつ治まってきた頃。
更に山の奥…そこには目を疑うような…圧倒的な光景があった。

大勢の人が、岩壁に封じ込まれて…凄く大きな力が流れてる。





「祈り子様だよ。召喚されてる…、誰かが召喚してる…この祈り子様達から力を引き出してる」





そうユウナが教えてくれた。

こんなに大勢の人間。祈り子とかよくわからないあたしにだって、凄い力が引き出されてるってのはわかる。
いったい誰が…何を召喚しているのか。





「ねえ、何か知ってるんでしょ?教えてよ!」

「他人の知識など当てにするな。何のための旅だ」

「ユウナんの命がかかってるんだよ!」





リュックがアーロンに詰め寄るものの、アーロンは流してしまう。

アーロンが何を考えているのか…やっぱり今もよくわからない部分、多い。でも…。

あたしはリュックの肩を叩いた。




「リュック」

「あ、ナマエー!ナマエもさぁ、おっちゃんに何か言ってよ!」

「…いや、ううん。あたしはないよ」

「ええ!?」





小さく苦笑った。
するとリュックは目を丸くしながら「なんでよ!」とあたしの腕を揺らして怒ってきた。





「んー…あたしは…アーロンの事信じるって決めたから、ね」

「おっちゃんを…信じる?」

「うん。自分の目で見なきゃ…意味ないって事、なんだよ。多分…いや、きっと…多分…?」

「…そこまで言ったなら絶対って言いなよ」





怒っていたはずのリュックに呆れたような目で見られて、「あはは」と、また苦笑いした。
だって実際、よくわからないし、知りたいのはリュックと同じだったから。

けど、これは絶対。





「とにかく!あたしはアーロンのこと信じる!」




ぴし!と、言い切った。
すると、ティーダは頷いてくれた。





「…そうだな。アーロンやナマエの言う通りだ。これは俺達…俺の物語なんだから。…うわっ!?」





ティーダはそう言いながら何気なく祈り子に手を触れた。
その瞬間、ふっ…と意識を失い、いきなり倒れてしまった。





「え!?」

「お、おい!」

「ティーダ!?」

「どーしちゃったの!?」





皆が慌ててティーダに駆け寄る。

あたしはティーダが触れた祈り子を見上げた。
祈り子…。胸が何だかザワザワした。自分の勘なんて全然なんて、当てにならない…っていうか、自信なんてないけど…。





「ねぇ、しっかりして!」





ユウナはティーダの手を握り、呼び掛ける。
あたしは、ティーダが触れた祈り子の岩壁に恐る恐る手を伸ばした。





「……っ」





すると、意識が飛んだ。
…って言うか、景色が変わった。





「……えっ…?」





いきなりの展開についていけない。

皆が消えた。と、言うより…あたしだけ移動した…?
辺りを見渡す。
夜の街…スピラではまず見ないような明かりに満ちてる。





「ど、どこ…?」

『ナマエ』

「え?」





後ろから声がして、名前を呼ばれた。
振り返ると…フードを被った少年の姿。

あれ…この子、確か…。





『覚えてる?』

「え?」

『僕のこと』

「確か、ベベルで見た…バハムートの祈り子?」

『あたり』




少年は頷いた。
そう。ベベルで初めて祈り子の間に入って…その時見た祈り子だ。
それと…何かこの声、どっかで聞いたことあるような…。

…どこだっけ。記憶力悪いな自分。





「あれ?ナマエ…」

「ティーダ」





すると祈り子の後ろから、ティーダが歩いてきた。え、なんで?





「あれ?ティーダ?えと…?…ん?」

「あー…っと、混乱してんのは俺も同じスから」

「あ、そう…?」

「でも、ここ…ザナルカンドだ…」

「ザナルカンド?」

「俺の住んでた…街」





そう呟くティーダ。

ティーダの住んでた街。ザナルカンド。
なんで、そんなとこに…?
あれ?じゃあティーダは帰ってきたってこと?って、あたしまで一緒に吹っ飛んじゃった…?え…?

混乱していると、祈り子は教えてくれた。





『そう。ここは眠らない街…ザナルカンド。祈り子達の夢を束ねてた思い出の街』

「え?」

「やめろよ。夢でもなんでもいいよ。オレを…消すな」

「ティーダ…?」





切羽詰まったようなティーダの声。
何が起きてるのか、よくわからない。何の話をしてるのか。





『ずっと夢を見てて…なんだか疲れちゃった。ねえ、君と君のお父さんなら僕達を眠らせてくれるかな。君とお父さんはシンに触れた。スピラを巡る死の螺旋。その中心にいるシンにね』

「ワケわかんねえよ…」

『君達はもう、ただの夢じゃない。もう少し走ってみせてよ。君は夢を終わらせる夢になれるかもしれない…』





ティーダと祈り子の会話は、やっぱりよくわからない。
でも話に割って邪魔出来るような雰囲気でもない、流石にそれくらいの空気は読める。

祈り子の夢…。君達は…ただの夢じゃない…?





『あと、ナマエ』

「へっ?」





そう1人で考えていると、いきなりあたしに話が飛んできた。
驚いて思わず声が裏返った。…この癖直したい。

そう若干凹みを覚えていると、祈り子は俯いて、呟いた。





『巻き込んで…ごめんね?』

「えっ?」





それだけ言い、祈り子は消えた。

すると、目が覚めた。あたし、倒れてた。
目を開いて一番最初に目に映ったのはサングラス。





「大丈夫か」

「え?…あ、うん…」





アーロンに顔を覗き込まれていた。
低い声に尋ねられ、頷きながら体を起こした。それに合わせて、しゃがんでそう尋ねてきたアーロンも立ち上がる。

…ちょっと、ドキッとしちゃったじゃないか…もう。





「大丈夫?良かった…。ナマエまで倒れたから…」

「あは。心配、おかけしました…」

「本当だよー!すんごく心配してたんだからー!」





ユウナやリュックにそう言われ、ちょっと申し訳なくなった。

あたしが小さく笑ってる一方、ティーダはどこか浮かない顔をしていた。

そんなティーダに、ユウナは気がついた。





「どう…したの?」

「なんでもないよ。気ぃ失って夢見てた。みんなに呼ばれて…目が覚めた。よく寝たし気力回復!んじゃ、行くッス!」





心配そうなユウナにニカッと笑顔を浮かべて、元気よく前を指すティーダ。
皆も頷いて前を見て歩き出した。

でもあたしは見逃さなかった。その後すぐ、ふっと溜め息をついたティーダを。
それを見てたあたしに、ティーダも気づいたみたいで。





「…ナマエ」

「ザナルカンド、ね…」

「やっぱ…見たッスか」





頷いた。
あたしとティーダは同じ夢を見たんだ。

祈り子が、見せた?
なんにせよ、ただの夢じゃなかったってのは確かだろう。
進めば、全部わかるのかな…。

そう考えて、あたしたちも、山道を再び歩き出した。

洞窟、水辺、仕掛け…色々な道を通った。そして…洞窟を抜けて。
抜けた先には、ユウナレスカサマが召喚士を試すために放ったという魔物が待ち伏せていたり。

いくつもいくつも、険しい道が続いた。





「ねえ! ちょっと休憩しない?」





魔物を倒し、洞窟を抜けた先にある夕陽の見える道を進む。

その途中、リュックが足を止めて皆に呼び掛けた。
でもアーロンは相変わらずのまま返す。





「休む必要はない。あと一息で山頂だ」

「あとちょっとだから休みたいんだってば!考える時間、少ししかないんだもん。…いいよ、歩きながら考えるから」





本当に、あとちょっとだった。旅の終着点まで。

聞き入れてもらえなかったリュックは、拗ねた様に再び道を歩き出した。





「ほんとに…もうすぐなんだよな」

「とうとうここまで来ちまったなぁ…」





ティーダとワッカがそう話してる。

そんな様子を見てアーロンは笑った。
笑ったアーロンにティーダは少しムッとした顔をする。





「何が可笑しいんだよ」

「昔の俺と同じだ。あの時…ザナルカンドに近づくほど、俺も揺れた。辿り着いたらブラスカは究極召喚を得て…シンと戦い、死ぬ。旅の始めから覚悟していたはずだったが…いざその時が迫ると怖くなってな」





それは、間違いなくアーロンの本音。
同じ言葉を、聞いたことあるから。





「なんつうか…意外です。伝説のガードでも迷ったりするなんて…」

「伝説のガード…って何なんだろうねえ…」





ワッカの言葉に、あたしはそう呟いてた。

でもワッカに「は?」と言う顔をされて、思わず笑ってしまった。

だけれど、アーロンにはその意図がわかったのだろうか。
アーロンは、笑ってたから。





「伝説って…語り手とか聞き手の問題、なんだと思う。すっごーく、とーっても遠い存在に聞こえるかもしれない。でもきっと、元は何一つ変わらないんだよ」

「…どういうことだ?」

「うう…だから、ブラスカさんもジェクトさんも、アーロンも。今のあたしたちと何一つ変わらなく、同じように旅してたってこと。…上手く、説明できないけどさ」





はあっと大きく溜め息ついた。

だってワッカ、首傾げてたもん。
上手く説明できてない…って言うか、肝心なワッカに伝わってない証拠だ。

でも、アーロンには…やっぱり伝わったかもしれない。





「そうだな…。何が伝説なものか。あの頃の俺はただの若造だ。ちょうどお前ぐらいの歳だったな。何かを変えたいと願ってはいたが…結局は何も出来なかった。それが…俺の物語だ」





アーロンはそう言うと、黙って歩いていった。

1000年前に滅んだ都市が見えてくる。さっき夢で見た面影を…少し残した街。
その道沿いで、リュックはもう一度叫んだ。





「みんな本当にいいの!? あそこに着いたらユウナんは…」

「リュックの気持ちはとても嬉しいんだ。でもね…もう、引き返さない」





リュックにユウナは答える。それは、曇り無い声。

でもリュックは首を振って、変わらず叫んだ。





「引き返せなんて言わないよ。でも、考えようよ!ユウナん助かる方法、考えようよ!」

「考えたら…迷うかもしれないから」

「ユウナん…」

「行ったって…諦めないよ」

「ナマエ?」

「ザナルカンド行ったって、最後まで諦めない。まだ終わってない」





リュックの叫びを聞いてたら、思わず、あたしも口を挟んでた。

するとユウナは、あたしとリュックの胸に体をトン…と預けてきた。そして背中に手を回される。
それに応えるように、あたしとリュックもユウナを抱き締めた。





「ありがとう。リュック、ナマエ。大好きだよ」

「あたしも…ユウナの事好きだよ」

「…嫌だよユウナん。そんな事言っちゃ嫌だよ…」





リュックは涙声になりながらユウナにしがみつく。
まだ、当てなんて無い。でもここで諦めたら、絶対後悔するから…。

最果ての地、ザナルカンドは目の前に。



To be continued

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