奇跡がくれた恋でした

どこかの朽ちた城、薄暗い大広間。
連れ去られたパルフェは大きな額縁の中に閉じ込められていた。
端から見れば描かれたパルフェが動いているかのよう。
近くには、巨大な額縁の中に鋭い目とニヤつく口元、額縁の左右には自由に動く両手を持った……。


「何だったっけ、ガクブッ……」

「ガクブッチーじゃねえっつってんのがまだ分からねぇのかアホ女!! カンバールだっつってんだろ!」

「私の事はいいとして、次にクッパ様を低脳だなどと言ったら許さないわよ。跡形も無く燃やしてやるからね」


微妙にズレた会話をするパルフェに思わず脱力するカンバール。


「何なんだ、異世界人ってのはこんなに話が通じねぇのか、言葉は通じるのに……」

「お前は異世界の存在なのね。この世界に何の用があって来たのか知らないけど、世界征服なら無駄だったわね。この世界はクッパ様のものよ」

「あ? 何を言ってやがる」


世界征服が目的ではないのだろうか……では一体何をしにこの世界へやって来たのか。
考えようとしたパルフェだったが、その前にヤツの口から出て来た言葉は。


「俺様はこの世界で生まれた存在だ。お前がこの世界の存在じゃないんだろうが」

「……え?」

「自分の事だろ分かれよ」


瞬間、パルフェを襲う頭痛。
頭を抱えるようにして蹲った彼女の脳裏に浮かぶのは、消えていた筈の故郷の記憶。

両親から酷い扱いを受け、友達も居ない悪夢のような生活だった。
そんな日々を過ごしていたのは……違う、この優しい世界じゃない。
そもそも何故自分は、悪名高いクッパ一族の縄張りであるあの森に居たのか。

……悪名?
クッパ一族の悪名を、自分はどこで聞いた?
いや、そもそもそれは悪名だったのか?

ただ“有名だから知っている”だけだったのでは?


「……スーパーマリオ……」

「あ?」

「ここ、あれ、私……」


そうだ、ここは、

ゲームの為に創られた世界だ。


「何だか分からんが、絵筆から出られたのと同時に異世界人が手に入ったのは幸運だったな。そのエネルギー、使わせて貰うぜ!」

「え……!?」


突然、全身を衝撃と疲労感が襲って来た。
次の瞬間、広間にあった朽ちた椅子をカンバールが指し示したかと思うと、その椅子が今のパルフェのように額縁へと封じられてしまう。
脱力したパルフェは倒れながらもその光景を目の当たりにした。


「な、なに、それ……!」

「異世界人のエネルギーさえあれば、この世は俺様の思いのままさ。逆らう奴は全員こうだ!」

「……ふふ、なんだ。やっぱり目的は世界征服なのね」


人を絵にして閉じ込めてしまう力。
見た瞬間こそ驚いてしまったが、それを目の当たりにしてもパルフェには恐怖が沸いて来ない。
この世界がテレビゲームに繋がる世界だと分かった今となっては安心すらしてしまう。


「(きっとこの野望は止められる。だってここはそういう世界だもの)」


敬愛する主クッパの宿敵、憎きマリオの事を思い出して笑みを浮かべるパルフェ。
きっと彼が止めてくれる筈だ。
自分はただ、ここで待っていれば良いだけの話……。


「(それも何か悔しいけど)」


つまりクッパの野望も叶わないという事になってしまう。
けれどそれは、これからもこの世界が続くという証でもある。
大魔王が姫を攫い、ヒーローが助けに来て、宿命のライバルは勝負を繰り返す。
その中に自分が混ざって、いつまでもクッパの傍に居られたら。


「(……ああ、私。やっぱりクッパ様のお傍に居たい)」


一度は離れる決断をしてしまったが、パルフェの本当の願いはそれだ。
想いが叶わなくてもいい。
ただ愛する彼の傍で、彼が、彼らが繰り返す物語の中に居られたら。


「パルフェ!」


思い切り名を呼ばれハッとする。
見れば広間の入り口、愛しくて愛しくてたまらない主の姿。


「クッパ様っ!!」

「無事のようだな。まずはその狭そうな場所から出してやる!」

「おれも居るんだけど、認識されてんのかなこれ」


控え目に聞こえた赤い帽子のヒゲ男の声は無視だ。
こちらへ一目散に駆け寄ろうとするクッパに、パルフェは声を張り上げる。


「お待ち下さいクッパ様! こいつ人や物を額縁に閉じ込める能力がありますっ!」

「なにっ!?」

「こいつが指をさしたらその先に注意して下さ……!」


パルフェの言葉が途中で途切れる。
ハッと見ればカンバールがマリオに指をさしており、間一髪で飛び退いた瞬間、背後にあった小さなテーブルが額縁に閉じ込められる。
また力を使われ、パルフェは額縁の中でへたり込み苦しそうに呻いた。


「ゴチャゴチャ余計な事を言ってんじゃねえよ、避けられただろうがっ!」

「うぅ……」

「お、おいクッパこれ、おれ達が避け続けたらその分パルフェが苦しむんじゃないか?」

「ううむ、早くしなければパルフェが殺されてしまう……」


実際は貴重な異世界人なのでそうそう殺されはしないだろうが、クッパ達はまだ知らない。
それにどっちにしろ、早いうちに決着をつけなければパルフェの苦しみが長引いてしまう。


「大人しく額縁に入りやがれっ!」

「お、おい連発するな!」


カンバールが次々と広間にある物を額縁に閉じ込めて行く。
指をさされてから閉じ込められるまでに少々ラグがあるため何とか避けられているが、うかつに近付けずこのままではジリ貧だ。
どうにかして一気に奴の所まで行ければ……。


「! おいマリオ!」

「ん?」

「こちらへ来い!」


少し離れた所に居るクッパが突然マリオを呼んだ。
固まってしまえば万一の時、一緒に額縁に閉じ込められてしまうのではないか。
と、思ったが、瞬時にクッパの考えている事を把握したマリオは一目散にクッパへ向かった。


「バカめ! 纏めて額縁に閉じ込めてやる!!」


次の一撃で決めようと集中するカンバール。
が、次の瞬間、クッパの行動に目を見開く。


「……は?」


クッパはマリオを担ぎ上げ……。


「おおおおおおッ!!」


カンバール目掛けて思いっ切り投げた。
マリオは器用に空中で足を前に出し……。


「ぎゃああああっ!!」


クッパの腕力によるスピードが加算されたマリオの蹴りが炸裂し、カンバールは真っ二つに割れ、動かなくなった。
額縁の中に閉じ込められた物が次々と元に戻り、最後にパルフェが広間の奥に放り出される。


「パルフェ!」


投げられた事により先にパルフェへ駆け寄っていたマリオを押し退ける勢いでクッパがやって来る。
マリオはクッパにも馬にも蹴り飛ばされないよう端へ避けた。

クッパが屈んでそっと抱き上げるとパルフェが目を覚ます。
エネルギーをだいぶ使われたせいか脱力しているが、命に別状は無さそうだ。


「クッパ様……」

「無事だな!? 安心しろパルフェ、ヤツならワガハイが粉々にしておいた!」

「いやいや、おれもおれも。あと真っ二つにはしたけど粉にはしてない」


赤い帽子のヒゲ男の言葉は空しくも無視される。
ヤレヤレと肩をすくめたマリオはもう黙ろうと口を噤んだ、が。

突然、割れたカンバールが光り始める。
まさかまだ倒れていなかったのか、と臨戦態勢になるクッパとマリオの目の前でカンバールが光ったまま霧散し、その光の粒が再び集まり一つの塊となった。
そしてその光の粒の塊は喋り出す。


『ありがとうございました、お二方。わたしは魔法の絵筆に宿る精です』




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