大魔王人間娘

倒したカンバールが光の粒になり、それらが集まって出来た塊が突然喋り出した。


「えっと、絵筆の精……?」

『はい。遙か昔、わたしの力を利用しようとしたカンバールに封じ込められていました。一旦はわたしごとヤツを封じる事に成功しましたが、またこのような事に……』

「あ、それはコイツの自業自得でもあるんで気にしないで下さい」


クッパを示しながら笑って言うマリオ。
どついてやろうかと思ったクッパだったが、その前に絵筆の精が続けたので叶わなかった。


『もう永遠に封じ込められたままかと絶望していましたが……希望は捨てるものではありませんね。どうかお礼をさせて下さい。何か一つだけ、願いを叶えて差し上げます』

「おい、一つだけか」

『申し訳ありませんが、あまり願いを叶えすぎると世界のバランスが崩れ、悪影響が出てしまうのです』

「ケチだな」


不満そうに言うクッパの頬に、抱き上げられたままのパルフェが手を伸ばして微笑む。
相変わらずの主に安心しかない。

さて一つだけ願いを叶えると言ってもすぐには浮かばない。
“一つ”という制約があれやこれやと考えを鈍らせる。
そんなクッパ達を見ていた絵筆の精がパルフェを見て。


『おや。そう言えばあなたは……異世界からやって来たのではありませんか?』

「あ……」

「何だと? どういう事だパルフェ」

「す、すみませんクッパ様。黙っていた訳ではなく、私も先ほど思い出したんです」


だいぶ体調と気分も落ち着いたので、クッパの手を借りながら立ち上がるパルフェ。
まさか彼らの出ているテレビゲームの事など話せないのでそういった部分は言わなかったが、自分はこことは違う遠い世界から来たと話してしまう。
そんな彼女に絵筆の精が。


『恐らくですが、わたし達とはだいぶ違う世界からやって来たようですね。願うのなら、あなたを元の世界へ帰して差し上げられますよ』

「……!」

『どうなさいます?』


そんなもの、特に良い思い出の無い元の世界へなど帰りたくないに決まっている。
しかしクッパはどうなのだろうか。
パルフェは彼に出て行けも同然の事を言われたのを思い出し、体を微かに震わせた。
クッパがパルフェを元の世界へ帰すよう願ってしまったら……自分は逆らえない。

一方クッパ。
初めて心から想う事になった少女の為に、人生でたった一度くらい、密かな聖人を気取ろうとした。
自分の側に置いて辛い思いをさせ続けるくらいなら、一時的に辛い思いをさせてでも引き離し、人間の中で幸せを見つけさせるべきではないかとも思った。

……そんな昔の話は忘れた。


「許さんぞ」

「え……」

「パルフェ、オマエはずっとワガハイの元にいるのだ。オマエの意向など知った事ではない」

「で、でも、クッパ様。私は」

「黙れ! ワガハイは大魔王、欲しい物は手に入れる! 身勝手だの自己中心的だのは褒め言葉だな! パルフェ、オマエはワガハイの物だと言ったはずだ。勝手に離れるのは許さんぞ!」


クッパは片腕で強引にパルフェを抱き寄せた。
片腕ながら、体格差で思いっ切り包まれる形になったパルフェが照れによる悲鳴を上げる前に、クッパが絵筆の精に宣言する。


「絵筆の精よ、ワガハイは願うぞ! パルフェがこの世界からどこへも行かぬように!! ずっとワガハイの元に居るように!」

『……あなたはそれでよろしいのですか?』


絵筆の精がパルフェに問う。
パルフェはすぐに答える事が出来なかったが、その理由は当然、嬉しさによる衝撃だ。
元々、パルフェはずっとクッパの傍に居るつもりだった。
クッパの許しが出たのならもう迷う事は無い。


「……ええ。私は、ずっとずっとクッパ様と共にありたい」

「当然だな!!」

『分かりました。パルフェさんでしたか。あなたの魂が他の皆さんと同じように、この世界に定着するよう取り計らいましょう。何か問題が起きて強制的に元の世界へ帰らされる、なんて事も起こり得なくなります』

「ありがとう。本当に……ありがとう」


パルフェが絵筆の精に心からの礼を言った事で、クッパもようやくパルフェの願いを理解した。
最初から何も悩む必要など無かった事も。


+++


絵筆の精と別れマリオをキノコ王国に送った後、クッパとパルフェは城を目指し、クラウンで空の上。
話題も尽きて黙ったままだったが、ふとクッパが口を開いた。


「パルフェ。本当にいいのだな?」

「え?」

「ずっとワガハイの元に居る、という事だ」


あれだけ堂々とパルフェの意向は関係ない、自分の思い通りにすると宣言したのに、今更そんな弱気になるのか。
こんな所もあるクッパが愛しくて、ついパルフェの口から小さな笑いが零れる。
本当に、自分の幸せは全てクッパに拾われてから訪れた。
そんな彼の元へ身を寄せる事に、何を迷ったり躊躇ったりする必要があるのだろうか。


「はい。私はずっと、ずっとクッパ様にお仕え致します」

「……まあ当然の事だったな。オマエが嫌になっても決して離さんぞ。その嫌という心すら奪って我が物にしてやる」


その身勝手で傲慢な言葉が、どれほどパルフェを喜ばせるのかクッパは気付いていないのだろう。
傷付く事があっても、辛い事があっても、それらを差し引いても余りある程の幸福をクッパは与えてくれた。

パルフェはクッパを見つめて微笑む。
辺りは夕暮れ、一面を赤に染める景色の中、その笑顔が至上の宝珠であるかのようにクッパの目に映った。
たまらず抱きしめると、パルフェが小さく上げた悲鳴にも構わず。


「あー、その、だな、パルフェ」

「は、はい」

「いっそ、ワ、ワガハイ、の、よ、よよよ、よめ……」

「ク、クッパ様 前っ!!」


嫁になれ、と言おうとした瞬間、焦ったパルフェの声が響く。
ハッと気付けば、操縦が疎かになったクラウンがクッパ城の壁に激突寸前で……。


「ぬおおおおおっ!?」

「きゃああああっ!!」


寸前、じゃなかった。
激突して落ちた。

幸いにもクッパが庇ったためパルフェに怪我は無いようだ。
騒がしい主と側近の帰還に、軍団の仲間達が次々と顔を出す。


「クッパ様にパルフェ! お帰りなさい!」

「二人ともどこ行ってたんですか、探したんですよ!」

「パルフェ、お前どっか出掛けるなら一言 言ってから……」


少々大変だったというのに、いつも通りの仲間達が却って嬉しい。
パルフェは彼らへ満面の笑みを向けて言う。


「いきなり居なくなっちゃってごめんね。ただいま、みんな!」


そう、“ただいま”。
この悪の居城こそがパルフェの帰る場所。
この悪の軍団こそがパルフェの寄る辺。

パルフェとクッパが身を起こした頃、騒ぎを聞きつけたカメックとクッパJr.も出て来た。
特にクッパJr.は二人を見つけた瞬間に目を輝かせ、一目散に駆けて来てクッパに飛び込む。


「おとうさん、パルフェ! お帰りなさい!」

「帰ったぞJr.、良い子にしていたか?」

「してたよー! もー、二人で出かけてたなんてズルイよ、今度はボクも連れて行ってね」


微笑ましい親子の団欒を楽しげに見ていたパルフェにも、カメックが小声で声を掛ける。


「無事で何よりです、パルフェ」

「あ、先生は何が起きたかご存知なんですね」

「ええ。クッパ様が、あなたが攫われたと血相を変えて出て行かれましたからね」

「……そ、そうですか」


やはり出て行けも同然の事を言われたのは、自分を想っての事だったのだろうとパルフェは思い至る。
そうでなければ、あんな熱烈にパルフェを傍に置こうとしない筈だ。
まして、一つしか叶えられない願いを消費してまで。

周囲が騒がしくなる中、ふとクッパとパルフェの目が合った。
瞬間 微笑んだパルフェを見て、クッパは全ての音が消え去ったような錯覚に陥る。

……愛しい。
本当に、愛しい。

絶対にパルフェを離すものかと改めて誓い、先ほど言えなかった事をきっといつか言おうと、心に決めるクッパだった。



そんなこんなで、知らず異世界からやって来た少女、パルフェを巡る小さな物語は幕を閉じる。
しかしこれからも騒動は幾度も続き、決して終わらないだろう。
何故なら。


「ガッハッハッハ! ピーチは頂いて行くぞ、マリオよ!」

「助けたかったらクッパ城まで来る事ね!」

「あーーーもーーー懲りないなお前らもーーー!!」

「キャーー、マリオ助けてーーー!」

「久し振りにパルフェと過ごせるからって嬉しそうな顔しないで下さい姫っ!!」


ここはスーパーマリオの世界。
赤い帽子を被った世界的ヒーローとその宿敵大魔王の戦いは、これからも続いて行くだろうから。
そしてパルフェもずっとずっと、愛しい主の傍でこの物語に参加し続ける。

大魔王と、人間娘。
種族を超えた切れない絆を心に。




*END*


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