こんなの終わりにしよう

いつも通り大魔王がお姫様を拐い、助けに来たヒーローは見事大魔王を打ち倒し、お姫様を救い出しました。

めでたし、めでたし。


「あーっもう頭に来る!」


暗雲が垂れ込める怪しげな渓谷に建つ頑強な城。
針山やら溶岩やら物騒な場所もある城内を、大きな救急箱を手に慣れた様子で歩くパルフェ。
今回もまた恒例のように主を破って行った赤い帽子のヒゲ男を思い出しながら、憎々しげな態度だ。


「マグレよマグレ、遊んであげただけ。クッパ様が本気を出せばあんなヒゲ男なんか一発KOなんだから、調子乗らないで欲しいわ」


その“マグレ”と“遊び”は既に×年も繰り返されている訳だが、あーあー聞こえなーい! とばかりに目も耳も塞いでいる状況だ。

パルフェは階段を駆け上がり、クッパがマリオと戦った城の屋上へ辿り着く。
そして呆然と景色を眺めていたクッパの隣に並び、あちこちに付いた傷の手当てを始めた。
それでようやくパルフェに気付いたクッパは、隣を見下ろして口を開く。
平常を心掛けたのだろうが、明らかに普段とは違う大人しめの喋り方だ。


「……ん? パルフェか」

「大丈夫ですかクッパ様。手当てをしていますから私の事はお気になさらず」

「む……」


あまり反応をしないまま言われた通り、自分の手当てをするパルフェの事は気にせず再び視線を戻すと、景色を眺め続けるクッパ。
荒れ果てた地は味気無く、眺めていても特に目や心を癒やしてくれる事は無い。

お互い無言のまま時間が過ぎ、パルフェの手当てがクッパの顔に及んだ。
城壁の縁に乗り上げクッパの顔が正面に来る位置に着くと、失礼します、と一言断って手当てを始める。

……と、突然クッパがパルフェの腕を掴んだ。

パルフェの腕はクッパの手と比べると細過ぎて、余りにも簡単に握り込める。
気を付けないと木の枝を手折るように へし折ってしまいそうで、クッパは出来るだけ力を込めず掴んでいた。


「……? クッパ様、どうかなさいました? 何かお気に召さない事でも……」


一緒に居ればいつか、この腕を本当に折ってしまう日が来るかもしれない。
力加減が……なんて話ではなく、種族も立場も違う彼女の精神を壊してしまうかもしれないという話。

人間に罵倒され、明らかに傷付いた様子だった。
クッパに仕えていればこれからも、悪と認識され相応の扱いを受けてしまう。
それでもパルフェはクッパに服従を命令されれば、例え壊れる事が分かっていても従うのだろう。

……それを、阻止する。
愛する者を得て臆病になった大魔王は、らしくない決断を下した。


「パルフェよ、オマエは一体いつまでワガハイの許に居るつもりなのだ?」

「え?」


これから言う事はきっとパルフェを傷付けてしまうだろうが、この先もずっと傷付け続けてしまうよりマシの筈だ。
そうクッパは自分に言い聞かせる。


「オマエが自己満足で恩返しする為の忠誠など必要ない。とっととキノコ王国でもどこへでも行くがいい」

「お、お待ち下さいクッパ様! 私、何か失態を……?」

「……」


今までこんな事は言わなかったのに突然どうしたのか、パルフェは混乱するばかり。
縋り付くような視線を返して来るパルフェから目を逸らし、彼女の腕を離したクッパは踵を返した。

去って行く主は何も言わなかったが、その後ろ姿は暗に追うなと言っているようで。


「どうして……」


本当に、突然。
今までパルフェを邪険に扱う事も離脱を促す事も無かったし、パルフェ自身、最近何か失敗をした覚えも無い。

……まあ、ピーチを助けに来たマリオと戦って負けているが、そんな事は何度もあったしパルフェだけの失敗ではない。

何が起きているのか分からぬまま、悶々とした気持ちを持て余すパルフェ。
カメックの部屋へ赴き、椅子に座ってデスクにだらりと上半身を預けながら相談を持ちかけた。


「先生……私、何かやらかしましたか?」

「何です藪から棒に」


事情を説明すると、カメックはきょとんとしたような顔でパルフェを見る。


「そのような事を仰ったのですか? クッパ様が?」

「そうなんです……私、クッパ様をそんなに怒らせる失敗をした覚えが無くて」


クッパがパルフェをいたく気に入っていると思っていたカメックは、どうにも信じられない。
あの主ならパルフェが多少のヘマをした程度では、追い出すどころか怒りさえしないのではないかと思える程。

かつて自分を裏切った部下を許し再び配下に加えた事もあるし、お気に入りのパルフェなら尚更手放さないだろう。
そもそもクッパに心酔しているパルフェがクッパを怒らせる程の失敗をしたとして、覚えていない訳が無い。


「(これは……ややこしい気分になっていらっしゃるのでしょうねクッパ様)」


今はクッパの事より、ここに居るパルフェの方を確認しなければならない。
クッパの方を何とかしても、彼女の方が何ともならないのでは意味が無いのだから。


「で、パルフェ。アナタは一体どうしたいのですか」

「そんなの決まっています。私はこれからもクッパ様に仕えていたいです」

「人間達の中で暮らす事が出来なくなっても?」

「構いません。私の居場所はクッパ様のお側ですから」

「クッパ様のお側……ね。アナタ意外と欲張りですね」

「えっ」

「クッパ様のお側に居たいんでしょう。ただ仕えるだけでは満足できない。違いますか?」

「……」


言い含めるようなカメックの言葉に、パルフェはぐるぐると考え始める。
クッパに仕えるだけで良かった筈だ。少なくとも仕える切っ掛けになった時は。

クッパが自分を邪魔に思うのであれば、居城を離れ別の地を守るという方法もあるのに、そんな選択肢は全く浮かばなかった。
今の自分はただ仕えるだけでは満足できず、側に居たいと思っているようだ。


「……先生。私、どうしたら良いんですか。お側に、居たいのに……!」

「落ち着きなさい。ワタシがクッパ様に取り成してみますから」


ついに泣き出してしまったパルフェを撫でて宥めてあげてから、暖かい紅茶を出してあげるカメック。
それを貰い飲んでいると、パルフェも落ち着いて来た。


「(先生、紅茶淹れるの上手だよなぁ……美味しい)」


クッパだけではない。
親切にしてくれるカメックの事も、慕ってくれるJr.坊っちゃんの事も、そしてクッパ軍団の仲間達みんなの事がパルフェは大好きだ。

ここから出て行きたくない、ずっと皆と一緒に居たい。


「(でも、クッパ様に出て行けと言われたんじゃ……しょうがないのかな)」


カメックは取り成すと言ってくれたけれど、クッパの意見を曲げてまで自分の欲を通すのが正しいのかと考えると、答はNOだ。


「(仕えるだけで満足してたら、こんな辛い気持ちには ならなかったかもしれない……)」


もう、この気持ちを抱えたままクッパの許を去るしか無いと、パルフェは考えてしまっていた。




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