例えば彼女との間に起きる全ての事
「ねえパルフェ、クッパと何かあった?」
またも拐われて来たピーチと和やかにお茶をしていたパルフェは、彼女にそう言われて曖昧な笑顔を浮かべる。
「特に何も。姫が思うような事は起きませんよ」
「……そう?」
クッパへの想いを自覚した直後に諦める選択をした。
胸の痛みは日増しになるけれどまだ無視できているパルフェにとって、今の懸念は先日の事。
魔法の絵筆を奪いに行った国で人間に罵倒され、傷付いてしまった。
クッパに忠誠を誓い、世間一般の正義から敵視される覚悟は確かにしていた。
だが初めて同族の人間から向けられた嫌悪。
……自分を虐待していた両親を思い出した。
それが辛くて思わず顔に出してしまったが、クッパに見られなかっただろうか。
そんな考えを知らないピーチは話題を変えて来る。
「ところでパルフェ、クッパとどこかの国を襲撃して来たそうね?」
「ええ、人間の国だったようです」
「まあ。じゃあまさか、あなたの故郷だったりする?」
「違います。私の故郷は……、っ、て、あれ……?」
故郷を思い出そうとした思考が分厚い壁に阻まれる。
片手を頭に当て、まるで痛むかのように顔を俯けたパルフェへピーチが心配そうに声を掛けた。
「パルフェ……? どうしたの、具合が悪い?」
「……分からない」
「え?」
「分から、ない。思い出せないんです。私がどこで生まれたのか……どこで暮らしていたのか!」
テーブルに突っ伏して呻き始めたパルフェに慌てて立ち上がったピーチが、パルフェの隣に来て背中を優しく撫でる。
本当に記憶が無い。
両親に虐待されロクな暮らしをしていなかった事は覚えているのに、その場所が分からない。
住んでいた土地の、
国の名は?
どんな様子だった?
どんな人が居た?
どんな生活をしていた?
「断片的な記憶喪失? 思い出したくない事でもあるのかしら……それなら無理に思い出そうとしなくて大丈夫よ」
優しいピーチの言葉と背中を撫でる動作に、気持ちが落ち着いて行く。
きっとそうだ、嫌な思い出が山程あるから記憶を失ったのだと思う事にした。
一方、クッパ。
人間に罵倒されたパルフェの見せた表情が頭から離れない。
あの辛そうな顔……どれだけ傷付いたのだろうか。
これ以上、あの顔をさせない為にはどうすれば良いかと考えるが、城から出さない、といった考えに行き着く。
パルフェならば命じればずっと城に居るだろう。
しかしそれでは軟禁しているも同じ、そんな目には遭わせたくない。
魔法の絵筆を手に入れ、またピーチも拐って順調に事は進んでいるのに溜め息ばかり出て来る。
ふと中庭へ出てみると、パルフェが花壇を愛でながら散歩していた。
何気無く近寄ってみれば気付いて、魅了されるような笑みを浮かべる。
「クッパ様もお散歩ですか?」
「ああ……今日はピーチと一緒ではないのか」
「読書をされていますし、私も先程まで先生と魔法の修行をしていたものですから」
「うむ、感心な事だ。更に強くなってワガハイの役に立つのだぞ」
「はい、ご期待ください!」
愛しい。
とにかく、愛しい。
この笑顔をこれからも守りたいけれど、自分の側に居れば消えてしまいかねない。
これからも自分の側に置いて傷付け続けるか、一時的に辛い思いをさせてでも離して、人間の中で幸せな人生を送らせるか。
ここまで相手を想いながらこれからの行動を考えるなど、クッパは初めて。
「(パルフェが側に居る事で起きる全てを放棄してでも、ワガハイはコイツの為に行動できるのか?)」
自分は悪だ、自覚している。
だが初めて心から想う事になった少女の為に、人生でたった一度くらい、密かな聖人を気取っても良いのではないか。
「クッパ様?」
「……数日のうちにマリオのヤツが来そうだな。パルフェ、戦いに備えておけ」
「! そういえば、報告ではもう近くまで来ていると……分かりました!」
言って、部屋の方へ駆け戻って行くパルフェ。
その背中をクッパは、どこか寂しげに見送る。
もし今マリオがここに居て一連のやり取りを見、クッパの心中を知れたなら。
らしくない、気味が悪い、やめろ、だなんて言葉を重ねてクッパを止めただろう。
我が儘な暴君は、愛する者を得て臆病になっていた。
パルフェを傷付けてでも手元に置いておく、その決断がどうしても出来ない。
「(……いいのだ、この選択で。パルフェが幸せになるのなら構わん)」
心からの本心であり、同時に心にも無い事でもある決断をして。
臆病になった大魔王は、選択を誤ろうとしていた。
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