水道等毒物混入 飼っていた金魚が死んだ。死因は食べ過ぎなのか餌による水の汚染なのか解らない。もしかしたらこの水には毒が混じっていたとか。だとしたら警察に通報するべきだろうか。「水に毒が入ってます」警察は私を相手にしないだろう。私が毒が入った水を飲んで死んでいないし、毒が入っている証拠もないからだ。 * 部屋には本が、ノートが、資料が散らばっている。更に言えば私の顔には血がこびりついてるし痛々しく腫れているだろう。更に更に言えば体は動かそうとする度に悲鳴をあげて息をするのも辛い。 (ああ、このまま死ぬのかな) 本当は死なないことを知っている。あと1時間もすれば椅子に座って吐きそうなほど苦いコーヒーを飲んでいるだろう。 遠くで携帯が鳴っているのを聞きながらただ待った。携帯は私と相反してどこも傷ついていなくてピンピンと役目を果たしていた。今日も焼けそうなくらいに日が射している。ガチャガチャと鍵を開ける音がした。ようやく、来たんだ。精一杯の力でうつぶせから仰向けに体勢を変え視線が彼の蔑むような目と交わる。 「貴女も懲りませんね」 そう言うとどこかへ行ってしまった。水の音がするからキッチンだろう。暫くすると彼は濡れたタオルを持って私の近くに座った。 自分で拭きますか? 彼は嫌味を言うのが好きなんだ。 結局うんともすんとも言えない私の体を抱えてソファーに移動し、座らせた。嫌がらせのようにのそのそと歩きわざとらしく私を揺らしていた。痛いのを知っているだろうに。 濡らしたタオルで私の顔を拭いた後は、そのタオルを洗濯機に持っていきキッチンでコーヒーを作って持ってきた。 彼が作るコーヒーは苦い。時計を見る。あいつが出ていって約1時間。今日もセミがうるさい。彼は何事もなかったかのようにあいつのパソコンを立ち上げ、自分のレポートを作っている。私は少し動けるようになった体を駆使して部屋を片付けた。折角良いレポート材料であろう資料がぐちゃぐちゃになっていた。 ズキズキと痛む。体が、顔が、心が。もう全てが痛い。 嗚咽を洩らして泣いても彼は作業を続けている。ここで自殺しても作業を続けるだろう。彼はそんな男だ。 「柳生、」 振り返り私を見るが、やっぱり私を蔑むような目だった。 「コーヒーのおかわりですか?」 「やぎゅ、」「ああ、洗濯が終わったようですね」 「仁王は私が大好きなんだよ」 彼が洗濯物を取りに行こうとしたその足が私の前で止まり、また視線があう。 きっとたった一枚のタオルのために洗濯機を働かせたのだろう。 柳生は私をじっと見つめ、知っています。と言った。そして足を洗濯機の方へと向かわせた。 たった一枚を干し終わった彼はまたレポートを書き始めた。 私は暇なので寝ることにしよう。 柳生に晩御飯作ったら起こしてね、とだけ言い寝室に向かった。 * 「できましたよ」 心地良い低い声が私を起こした。 黒いエプロンを着た彼はかっこよく、様になっていて私の胸が高鳴った。寝汗が酷く、前髪が額に張り付いて鬱陶しい。そのまま前髪をゴムで括ることもせず、彼の元に歩を進める。こんなに暑いのに鍋、しかもキムチ鍋…彼はどこまでも私を苦しめたいらしい。こんなに暑いのだから素麺がよかったが仕方ないので食べた。ダラダラと汗をかく私とは違い、目の前で背筋を伸ばして座っている彼は一滴も汗を流していなかった。彼は本当に人間なんだろうか。 大して言葉も交わさない私たちはただ黙々と食べた。途中、暇なのでテレビをつけたがただ中の人が笑っているだけで不快になったのでテレビを消した。 「私は貴女のほうが面白いですよ」 彼は私に嫌みしか言わない。 * この金魚を1週間放置してみることにした。3日目には彼が勝手に処理しようとするくらいに無惨な姿になって、7日目の今日は腐りきって鼻がおかしくなるくらい異臭を放っていたので流石に捨てた。南無阿弥陀仏。極楽浄土へ行けますように。 * 「仁王君は何時に来るのですか?」 「12時くらいだって」 私がまた死にかけるまであと2時間。彼はうきうきしていた。私が惨めに呼吸をしている姿を楽しみにしているのではなく、あいつを…、 「よう、予定が早く終わったから早めに来てやったぜよ」 予定が長引けばいい。なんなら仁王の一生を拘束してくれ。 柳生は笑顔であいつを迎え、また不味そうな苦いコーヒーを作っていた。あの吐きそうなくらい苦いコーヒーはあいつが愛飲しているからだ。 仁王が私の側に来て、抱き締めた。この前はごめんな、もうしないから。もう聞きあきた。彼もこんな私たちを見飽きたのだろう。自分と仁王のコーヒーと私の大好きな甘いカフェオレをテーブルの上においた。彼は仁王の前だと私に優しい。 「柳生はほんまに気が利くよの。名前が柳生に惚れたらどうしようかとひやひやしよるよ」 「それは面白いですね、仁王君がひやひやなど」 そんなに仁王と話すのが楽しいのかまるで少年のように目を輝かせている。その間、仁王はずっと私の太ももを撫でていた。 「しっかし、まあ、俺もここに住んで3人で仲良く暮らしたいんじゃがなあ…家が大変なんよね」 「まだ落ち着いてないんですね……」 このまま柳生と(柳生は嫌で仕方ないだろうが)二人で暮らせるなら仁王の家が一生大変だったらいい。柳生といられるなら別に暴力だって我慢できる。 私は仁王と恋仲でありながら、柳生を愛していた。一目惚れだ。しかし柳生と仁王が一緒にいるところを見て思った。彼はあいつを愛している。柳生を愛している私には彼がどんな気持ちで仁王を見ているかなんて直ぐにわかった。男が男を好きだなんて…という差別するような思考回路はもっておらず、ただただ柳生が愛している仁王が憎くて仕方がなかった。同時に、彼もまた私が憎かっただろう。なぜなら仁王は私がいないと生きていけず、私を愛しているからだ。 「ああ、すまん。母ちゃんがまた弟を殴ったらしくて帰らんといけん」 「そうですか…、気をつけてくださいね。決して怪我をしないように」 「ふっ、わかっとるよ。柳生は心配しいじゃなあ。名前、また来るけん。ほいじゃあな」 あいつが部屋を出たのを確認したあと、彼は3つのコップを流しに持って行って洗った。私はやることがないので、水槽を洗うことにした。嫌な臭いがする。悪臭。金魚が死んだことは悲しかった。私は金魚だ。いずれ私も毒で死ぬのか、餌の食べ過ぎで死ぬのか。まあ、今はどうでもいい。 * 晩御飯は素麺だった。嬉しい。今日は仁王が来て、私が仁王に暴力を振るわれなかったからきっと機嫌が良いのだろう。どこまでも嫉妬深い男だ。暴力でしか愛情表現がてきない仁王はなんて馬鹿みたいなことをしているのだろうか。柳生はなんて馬鹿みたいなことに嫉妬しているのだろうか。 酔っぱらった仁王が部屋に来た。柳生は思いもよらない訪問にまたうきうきしていた。だが柳生には目もくれず、私を殴り飛ばした。殴る、蹴るためだけに部屋に来たのか。殴られて倒れるときに時計を見たら夜の9時を表示していた。夏は夜が短いが、夜はまだ始まったばかりだ。 気がすんだ仁王はさっさと部屋を出ていった。柳生と目が合う。 「羨ましいでしょ」 「ええ、とっても」 |