はやとちりチェリー



「ありがとうございます、色々手伝って貰っちゃって……」

名前さんが皿を洗って、俺が皿についた水滴を布巾で拭き取る。
秋、急な寒暖差に女中達が次々と熱を出して倒れていき、ついに働けるのは名前さんだけになってしまった。


「ううん、たまにはこういう日があっても新鮮でいいよ。いつも女中さんは大変だったんだって身をもって知ったよ」


朝食は名前さんが夜中から寝ずに作ってくれていたので食べられたけれど、やはり全ての仕事を一人でこなすのは難しい。昼は各自で外食、夜は隊士達みんなでカレーを作った。隊のみんなでああだこうだ言いながらも作ったカレーは、いつものとは一味違った。もちろん良い意味で。


「みんなが作ったカレー、具がゴロゴロしてて漢のカレー!って感じで美味しかったですね!」

「けどやっぱ名前さんや、女中さん達が作るカレーの方が何倍も美味しいよ」

「ふふっ、そう言ってもらえたら私達も作りがいがあります。明日は何人か復帰できるみたいです」


一人で屯所中を掃除して回ったり、洗濯したりは大変だった様で、彼女はゴキゴキと首を鳴らしながらも皿を洗う手を止めない。
けれど俺はこうやって二人きりで共同作業をするのが嬉しかったり。他の奴らは食うだけ食って各自好きに時間を過ごしている。だからモテないんだよな。俺も人の事は言えないけれど。


「ね、山崎さん。洗い物が終わったら一杯飲みませんか?」

「いいけど……明日も朝早いだろうから一杯だけだよ」

「はーい」


はああ、なんか良い。こういうの、すごく良い!!!
一生君の洗った皿を拭いていたい!としみじみと思った時、ガシャンと大きな音がした。


「名前さん!? 大丈夫!?」

「……あー、危なかった。大丈夫です手を滑らせただけ。割れていません」

「バカ! 皿じゃなくて名前さんが大丈夫かって聞いてんの! アンタ働き詰めで疲れてんでしょう。後は俺がやるので置いててください!」


拭いていた皿を雑に置き、思わず名前さんの華奢な肩を掴んでしまう。彼女は一瞬目を丸くして一歩後ろへと下がった。


「あ……ごめん」

「い、いえ、少し驚いてしまって」


そうだよな、急に男に肩を掴まれたらびっくりしちゃうよな。しかも好きでもなんでもない男に。そう、きっと好きでもなんでもない、そう思うとチクリと胸が痛んだ。


「……今日の仕事はあと少しですし、私は大丈夫なのでもうひと踏ん張りします」

「まあ、君が大丈夫ならいいけど」


お互いにまた作業に戻るけれど痛いほどの沈黙の時間が流れる。さっきまでは結構良い雰囲気だったのに、俺が軽率に触ったりしたから。

あの花火大会の帰りに君は、俺が思っている以上に好きだと言ってくれたけれど、多分それって知り合いっていうカテゴリーから親しい友人に昇格したとかそんな話なんだろう?
名前さんはきっと俺のこの気持ちの大きさを分かっていない。どうしたらこの胸の痛みを君にうつせるのだろうか。



***



さっき山崎さんに掴まれた肩がまだ熱い。
山崎さんに自分の心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思い、つい後退りしてしまった。顔が近くて目を合わせられなくて、悟られたくなくてそっぽ向いた。この気持ちが山崎さんにバレてなければいいけれど。

そういえば、こうやって二人で過ごせるのは花火大会以来かな。あれからお互いに忙しかったのもあるけれど、何となく山崎さんが遠くなった気がして、恋煩いを拗らせてお酒も喉を通らなかった。やっと二人の時間が出来たのだ。
あわよくば、今日好きだと言ってしまいたい。


「……えーと、私の好きな人の話をしてもいいですか?」

「え?」

「私、その人に遠回しに好きだって言ってるんですけど、全然気付いてないみたいなんです。もうはっきりと好きだって言ったほうがいいんでしょうか」


山崎さん、あなたの事ですよー!
反応を見て、そう言うつもりだった。
けれど山崎さんの表情は次第に曇っていき、彼は拭いていたお皿をそっと置いて布巾を畳んだ。


「……そんなの聞きたくないよ。今日はもう寝るね。ごめん、おやすみ」

「えっ、あの」

「ごめん」

「ちょっと山崎さん、山崎さーーーん!」


山崎さんのあんな顔、初めて見たかもしれない。
手に泡をつけたままで、彼の背中を追いかけることも出来ずに呆然と立ち尽くす私。


「やっちゃった……」


きっと山崎さんは自分に自信がなくて、今のも自分の話だって事に全く気付いていない。どう考えても悪い方向にしか向かっていない。もうストレートに言うしかないのだ。

この洗い物が終わったらすぐに行くから、どうか起きていて。


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