これからきみと


「名前ちゃん、最近綺麗になったよな」

何日か前のことだった。
食堂で昼食を取っていると一人の隊士がボソッとそう呟いた。

「え? 名前さんは元から可愛いだろ」

「いや、可愛いってよりも綺麗になった。男でも出来たんじゃねえの。土方さんとか沖田さんという男前とも仲良さげだし、あと男前じゃねえけど万事屋の旦那とも」

ああいう普通の子が意外とモテるんだよな、と言いそいつは麺を豪快に啜った。

そうか、名前さんの周りには色んな男が居て、選び放題なんだ。
なのにわざわざ俺みたいな地味なやつを選ぶなんてことは有り得ない。花火を一緒に見てあんなこと言われたから少し浮かれていたが、からかわれてるだけなんだと悟った。



そして、ついさっきの出来事。
名前さんの口から好きな奴の話なんて聞きたくなくて、とてつもなく嫌な言い方をして突き放した。彼女の顔も見れず、引き止める声を無視した。なんて最低な野郎なんだ。

「ああ……もう完全に嫌われた。最悪」

部屋の隅で人生の終わりかのように頭を抱えていると、バタバタと騒がしく走る音。その音は部屋の前でピタリと止んだ。

「山崎さん」

名前さんが中にいる俺に静かに呼びかける。
なんで俺なんかを追いかけてきてくれたんだろうか。俺は君を突き放したっていうのに。正直見せる顔も無かったが恐る恐る戸を開けると「んもう、ちゃんと最後まで話を聞いてくださいよ」と名前さんは困ったような顔をしていた。
彼女を部屋に招き入れ、向き合って正座する。

「さっきの続きなんですが、聞いて貰えますか?」

「……う、うん」

「私ね、山崎さんのことが好きなんです」

「あの、またからかってる?」

そう聞くと、彼女はぶんぶんと首を振る。
髪が揺れてシャンプーのにおいが微かに香った。

「山崎さん知ってますか? 私あなたに何度か救われているんですよ」

「え?」

「この手紙……」

「あ……」

君がうちに来たばかりの頃、縁側で泣いていたから何かしてあげたくなって、咄嗟にポケットに入っていた紙切れに書いて、飴玉を置いて逃げたのだ。そんな事すっかり忘れていたのに。

「この手紙をくれたのが貴方だと最近分かって、面白いくらいに呆気なく好きになってた」

「君が……俺を……?」

「はい」

「そんな紙切れ一つで……?」

「これだけじゃないですよ。今思い返すと山崎さんは私の事をずっと支えてくれていましたよね」

そりゃ好きだから、君が困ってることがあれば助けてあげたかった。頼ってほしかった。

「君の事を気にかけてはいたけど、場合によっちゃストーカーだし……それに副長とか沖田さんが居るのになんで俺?」

「なんでそこで副長や総悟が出てくるんですか。あなたの事が好きだって言ってるんです!」

名前さんの目は真っ直ぐに俺の目を捉えていて、決してからかっているようには見えなかった。

「信じられませんか?」

「……」

俺は、自信が無いのだ。
男前でもないし、腕っ節が強い訳でもない。地味で目立たないことが取り柄だ。そんな俺を好きだなんて。周りには俺なんかよりももっと良い男がいるっていうのに。

「山崎さん」

何も言えずにいると、名前さんは俺の胸倉を掴み引き寄せた。
数秒間、フリーズしてしまっていたけれど、なんてこった、名前さんの睫毛がこんなにも長くて、唇がこんなにも柔らかいなんて。

「……これで信じて貰えますか?」

「ハ、ハイ」

俺はこういう時、どうしたらいいか分からない。チェリーだから。けれどどうしようもなく抱き締めたくなって、震えた手で彼女を引き寄せた。

「……ハグは三回目ですね」

「え!? 二回目じゃなくて?」

「一回目は爆破予告の時でしょう? もう一回は長期の任務を終えたボロボロの山崎さんが、私を見るなり抱きしめてきたんですよ」

「まじでか……ごめん、それは覚えてない」

「ヒゲが伸びてジョリジョリの山崎さん、なんだかいつもよりも男の人って感じで素敵でしたよ」

くすくすと俺の腕の中で笑う名前さんが可愛くて、恐る恐る片方の頬に手を当てがいキスをした。
ほんの少し触れるだけのヘタレた口付け。

「……山崎さんって自分からキスするの初めて?」

「えっ、ごめん! 下手くそだった!? 俺殆ど経験ないから……」

「ふふ、かわい」

彼女は俺の胸元に甘えるようにすりすりと顔を埋めてくる。
やばいやばいやばいやばい。幸せすぎて死んでしまう!俺にこんな可愛い彼女が出来るなんて、人生捨てたもんじゃないな。今日という日が明日も明後日も、永遠に続きますように!!


***


「おい山崎、名前ちゃんやっぱり男が出来たらしいぜ。お前何か知ってる?」

そりゃあ知ってるとも。
本当はあの子の彼氏は俺なんだと言って回りたいけどまだ暫くは二人だけの秘密だ。油断するとつい頬が緩む。

食堂で仕事をしている名前さんと目が合うと、彼女はほんのり頬を染めてはにかんだ。


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