雨水のソーダ


※銀時ルートの沖田くん視点のお話
失恋する沖田くんを見たくない人は飛ばしてください






いつだって欲しいものは簡単には手に入らなかった。
いや、手に入らないから余計に欲しくなってしまうのかも知れない。

最近の名前は誰が見ても様子がおかしくて、万事屋の旦那と何かあったのか、野郎の話をした途端に挙動不審になり終いには高熱出してぶっ倒れちまった。分かりやすいにも程があんだろうが。


「お前、男見る目無ぇな」


皺を寄せて寝ている名前の額をかるく指で弾いてやると、うっすらと目が開き寝ぼけ眼で「ぎ……んさん」と口元を緩めた。
間違えてんじゃねえよ。手のひらで目を覆ってやると、またすぐにすうすうと寝息を立て始める。

はー、萎えた。もうこんな女どうでもいい。早く万事屋の旦那とくっつきやがれ。そうすればきっと俺も諦めがつくだろうからと、ファミレスでパフェ食ってた旦那を連れてきて二人はめでたくカップル成立。これで全て終わったはずなのに。


「あ、総悟おつかれ」

「おう」


廊下ですれ違い、軽く挨拶を交わす。出来るだけ顔を見たくなかったからすぐにその場を去ろうとしたのに、裾を指で摘まれ引き止められる。表情には出さないが少し動揺してしまう自分がいた。


「あのね、首輪外して欲しいんだけど」

「…………」

「総悟? 聞いてる?」


いくらか背の低い名前は眉を下げながら見上げてくる。その顔で、その声で俺の名前を呼ぶんじゃねえ。
またどうしても、卑怯な手を使ってでも手に入れたくなってしまうだろうが。


「……今ひま?」

「え、うん。休みだけど」

「ソレ外して欲しいなら、付き合えよ」

「買い物? 別にいいよ。それくらい付き合ってあげる」


今、付き合ってくれるって言ったな?
もちろん付き合うってそっちの意味だとは微塵も思っていないだろうけれど。一日だけ、一日だけ許して欲しい。




「二人で出掛けるなんて久しぶりだねー!」

行き先なんて何も考えてなくて、ふらふらと適当に食べ歩いていた。抹茶ラテとたい焼きで両手の塞がった名前が口の端にあんこをつけて笑っている。
楽しそうで何よりだが、こんな所旦那に見られたらまずいんじゃねえの?まあ誘ったのは俺だし、別に知ったこっちゃねーけど。
名前はペロっと唇を舐めるけれども、あんこには届いていなくて、仕方ねえなって拭ってやろうと手を伸ばした時、

「うまそーなの食ってんじゃん、俺にもくれよ」


タイムリーに背後から旦那の声がして、旦那は名前の口元についたあんこを指ですくっては舐め取った。俺を睨みつける目は殺気立っている。


「ぎ、銀さん!?」

「よう」

「総悟、壁になって!」と名前は旦那の顔を見るやいなや、急いで俺の背後に隠れる。

「おい背後に立つんじゃねェ」

「だって、あれから会ってなかったから……恥ずかしくて」


そっちかよ。俺と居るのが後ろめたくて隠れたんじゃなく、旦那と久しぶりに会うから恥ずかしいのかよ。俺は全く男として見られてないのな。
「俺の女から離れろよ」と言わんばかりに旦那は睨みつけてくる。


「すいやせん。こいつは今日一日俺の女なんで」

「「はあ!?」」


旦那と名前の声がハモる。仲の良いこって。


「なんでィ、今日付き合ってくれるって言っただろぃ」

「買い物に付き合ってってことじゃなかったの!?」

「買い物なんて一言も言ってねえだろが」


俺たちのやり取りを聞き、旦那の顔がピキピキと引き攣る。そりゃ怒るよな、俺が逆の立場だったら殺してた。
「まあまあ旦那聞いてくだせぇ」と今にも斬りかかって来そうな旦那を、名前から少し離れたところに誘導する。


「旦那すいやせん、一日だけでいいんです。今日一日でちゃんと気持ちの整理がつけられるんで」

「悪ィが寝取られは趣味じゃねーんだよ!」

「まさか、そんな事するわけないでしょう。ちょっとデートするだけでさァ。俺だって好きな女を旦那に取られて、こんな気持ちのまま同じ屋根の下で暮らしてたら頭がどうにかなりそうなんでぃ」

「俺らだって付き合ってからまだデートらしいデートしてねえんだよ! 先越されてたまるかよ」

「今日一日で完全に吹っ切れるんで頼みまさァ。またパフェでも何でも奢るんで」

「……はぁ。あいつに指一本でも触れてみろ。いくら沖田くんでもただじゃおかねぇから。ちゃんとテメーの気持ちにケリつけて来いよ」


旦那は渋々承諾してくれた。不安そうに俺らを待っていた名前の頭をわしゃわしゃと撫でる旦那の顔は、見たこともないような穏やかな顔をしていた。
「今日は沖田くんに付き合ってやって。俺はパチ屋にでも行くわ」と背を向けて歩いていく旦那を見守る名前も、俺には決して見せない表情をしていた。


「銀さんと何話してたの?」

「性癖の話」

「なにそれ、女の子を待たせてする話じゃないでしょ」


二人の間に割り込むなんて出来ないのは分かっていた。
今思えばまともな恋愛なんてして来なかったし、人の女を一回のデートで落とすテクニックなんてものも知らない。芋侍には難易度が高すぎる。







時間は早いもので、あっという間にあたりは暗くなり、今日という日も残り数時間。夜空には雲がかかって星はひとつも見えなかった。


「あれ、今水滴が落ちてこなかった? 雨?」

「気のせいだろ」

「ほら! またポツってした」


名前の言う通り、水滴が落ちてきて地面にシミを作っていく。段々と落ちてくる間隔は狭まっていき本格的に降り始めた。


「もう近くだし、走って帰……な、なに」


顔が濡れないように覆っていた名前の手を、気がつけば掴んでいた。旦那にバレたら斬られるだろうと頭では解ってはいるけど、どうしても抑えられなくて。


「……総悟?」


衝動に駆られて強引に手を引き、抱き寄せた。雨はどんどん強くなって俺たちに降りかかる。


「ちょ……総悟っ、やだ離して」

「無理」

「困るよ……」


抵抗して体を押してくるけれど、抱き締める力を緩めてはやらなかった。


「なあ……旦那はやめて俺にしとけば?」

「はあ!?」

「お前よく考えてみろよ、あんなちゃらんぽらんなコブ付きのオッサンより、俺みたいに若くて顔の良いお巡りさんの方が安定した生活が送られるぜぃ」

「さっきから何言ってんの、離してよ」

「惚れてんだよ、お前に」

「…………」

「おい、無視かぃ」

「ごめん」

「……ほんと、男見る目ねえな」

「ごめん、ごめんね……」


観念してやって体を離すと、雨なのか涙なのか分からないけれどぐしょぐしょの顔面。濡れて冷えたからか泣いてるからか分からないけれど、音を立てて鼻をすすっている。
そんな顔をさせたい訳じゃなかったのに。きっと旦那ならこんな顔はさせないんだろう。
俺に向けるあの笑顔が好きだった。謝りながら泣きじゃくる名前を見て胸が締め付けられる。情けなくて、悔しくて、冷たい雨にまじって温かいものがはらりと頬を伝う。


「……総悟のこと、好きだよ。けどそれは友情とか家族愛とかそんな感じの好きで、銀さんへの気持ちとはまた違うの」

「そんなこと、言われなくても分かってらァ」


面白くないのに笑えてくる。振り向いてもらえるなんて思っていなかったのに、強引に抱き締めて、振られて、雨に紛れて泣いてまじ格好悪ィ。この想いも全部雨で流れてしまえばいいのに。







翌朝、まず向かったのは名前の部屋だった。出てきたのは別人かと思うくらいにパンパンに目を腫らした名前で、思わず部屋を間違えたのかと焦った。


「総悟……? ぶっ!……おは、よ、ぶふっ」

「おい、何笑ってんでィ」

「いやだって、その顔どうしたの……ふふっ」

「おめーに言われたかねえ。起きてから鏡見たか?」

「そっちこそ鏡見てないでしょ」


一体何がそんなにおかしいんだ。こちとら失恋したばかりだっていうのに。ひどい寝癖でも付いてるのかと髪を軽く撫でた。


「ごめんごめん。で、どうしたの?」

「鍵、渡してなかったろ。別にお前のこと諦め悪く口説きに来たわけじゃねーから安心しろ」

「そ、そんな心配してないから! 鍵ありがと」


不思議と気持ちはスッキリしている。
そりゃそんな簡単じゃあないけれど、昨日みたいに強引に奪ってやろうとかそんな気は無くなった。今ここでお前が笑っている、それでいい。


「じゃ、旦那と幸せに」と背を向けた。同じ屋根の下で暮らしてんだ、また嫌でも顔を合わせるだろう。その足で厠へ行き、手洗い場の鏡を見てあの女が笑っていた理由にやっと気が付いた。


「まじかよ」


こんな腫れるか? 有り得ねえだろ。
あーあ、昨日雨に紛れて泣いたことバレちまったな。けど、あいつ笑ってたな。昨日あんな事をしたのに、あんな顔をさせたのに、こんな蜂にでも刺されたかの様な面を見て、笑ってくれたのが嬉しかった。
人の気持ちなんてそんなにすぐには変わらない。一旦身を引くことにするが、旦那があいつの事を泣かせでもしたらその時は遠慮しないから。


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