へとへとdiary
季節の移り変わりは早いもので、あれからどれくらい経っただろうか。
山崎さんは長期で偵察の任務に出ており暫く顔を見ていない。山崎さんが居ないだけのいつも通りの毎日。今までも顔を見かけない日なんてあったのに、少しだけ寂しかったり。
「山崎か、どうした。……ああ」
食堂で食事中の土方さんの携帯が鳴り、その相手が山崎さんだと分かった途端、もう帰ってくるのかと少しだけ心が弾んだ。
帰ってきたらどんな風に山崎さんをからかおう?どんなイタズラをしよう?そんな子どもじみた事を考えていた。
「……あ?どういうことだ。説明しろ」
土方さんは眉をしかめる。
何かあったのだろうか。洗い物をしながら聞き耳を立てていると段々と声が荒々しくなっていく。
「おい! 山崎、返事しろ!」
一体どうしたんだろう。
土方さんは大きいため息をついては携帯を折り畳み、タバコに火をつける。苛立っている時の土方さんはとても分かりやすい。
「土方さん、ピリピリしてるわね」
「ですね……」
「名前ちゃん、洗い物が終わったら買い出し頼んでいいかしら? マヨネーズの特売なのよ。切らすとあの人余計に怒るでしょう」
洗い物を済ませて、買い物袋を持って外へ出た。
暫く歩いているとじんわりと汗ばんでくる。もうすぐまた夏が来るんだな。
暑いのが苦手な私はなるべく日が当たらない狭い路地を通る。
「はあ、今回は上手くいかなかった。何の成果も得られなかった……」
路地を抜けると川が流れていて、川辺に男の人が膝を抱えるように座っている。
カラスに体を突かれながらも、ボソボソと一人言を呟いているようだ。
「帰ったら副長にこっぴどく叱られるんだろうな。さっき電話した時もカンカンだったし、帰りたくない……けど名前さんに会いたい。ああ名前さん……名前さんのごはんが食べたいよ……」
見て見ぬふりで通り過ぎようとしたけれど、よく知った声で私の名前を呼ぶもんだから立ち止まらずにはいられなかった。
今一番聴きたい声だった。
「……山崎さん?」
「へ?」
やっぱり、山崎さんだ。
ひどくやつれて、ヒゲも少し伸びているけれど、私を見た途端に虚ろだった瞳に光が宿っていく。
「名前さ、ん……名前さんだ……」
嬉しそうに駆け寄ってきては、彼の体が私を包んだ。
そばに居たカラスは遠くに飛んでいってしまう。
「や、山崎さん!?」
「ずっと名前さんに会いたか……った……」
「へ? ちょ、ちょっと」
山崎さんの体の力が抜けていき、その場に雪崩込む。
相当疲れが溜まっていたのか、すうすうと気持ち良さそうに寝息を立てている。そんな彼とは相反して私の心臓はなかなか鳴り止まずにいた。
その後も山崎さんはなかなか目を覚まさず、さすがに男の人をおぶって帰ることも出来ないので土方さんに迎えに来てもらった。
監察の仕事というのは私が思っている以上にハードなのかもしれない。こんなボロボロな山崎さんを見たことがなかった。
「ん……」
山崎さんが目を覚ましたのは翌日の夕方。
なかなか起きてこないから気になって見に来たところだ。
「山崎さん、おはようございます」
「あれ、なんで俺屯所に……」
「覚えてないんですか?」
「……丸一ヶ月偵察してたっていうのに何の成果も得られなかったことは覚えてる」
「その後川辺でカラスに突かれてたことは?」
「覚えてない……」
「私に会ったこともですか?」
山崎さんはこくりと頷く。
私を抱き締めたこともきっと覚えていないのだろう。
「もう、人の気も知らないで」
「名前さん……?」
「……お腹空きましたよね? 何か食べますか?」
山崎さんにあの時の記憶が無くても、私に会いたいと必要としてくれていたのが嬉しかった。
顔を見た瞬間安心して、抱き締められて胸が高鳴った。きっと、たぶん、私はもう。
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