ひだまりdiary
前回までのあらすじ。
名前さんが拾ったと持って来たそれは、なんと俺が名前さんへの愛を綴った秘密の日記帳だった! そんなこんなで取り返そうと必死になっていると足を滑らせてしまい、名前さんを押し倒すような体勢に――
「山崎さん……大胆ですね」
下に居る名前さんがじとっとした軽蔑の眼差しで俺を見た。
違う!決してそういうつもりではなく、ToLOVEるしちゃっただけなのだ。
「ご、ごめん!わざとじゃなくて!」
「分かってますよ、私こそ意地悪してすみません」
むくりと身を起こした名前さんから日記を受け取って、もう落とすまいと胸に抱え込む。
「こ、この日記の中身は本当に気にしないでね!忘れて!」
「忘れられるわけないじゃないですか。山崎さんの顔は忘れてもその日記の内容は忘れません」
「どんだけ地味なの俺の顔!!」
いつもの様に名前さんのボケにツッコミを入れる。
もしかしたらこの後気まずくならないようにボケてくれたのかもしれない。きっと明日も今まで通りの関係で居られるはず。
***
「山崎さん、おはようございます」
「お、おはよう」
あの後改めて自分の日記を読み返したら、恥ずかしさで死にたくなって、うまく目が合わせられない。
あんな事もこんな事も、全て読まれていたんだとしたら、もういっその事この日記ごと穴に埋めてほしいのだが、彼女は全く気にしてなさそうにいつも通り笑顔で挨拶をしてくれる。天使だ。
「今日は非番ですか?」
「え、まあ」
「じゃあデートしませんか?」
「エッ!?!?」
声が裏返ってしまう程に驚いた。
まさか名前さんの方から誘ってくるなんて思ってもいなかった。彼女はニコッと目を細めて笑うと俺の手を引いた。
***
「はあーっ、お日さまが気持ちいいですねー!」
名前さんは公園のベンチに腰をかけてうんと伸びをした。今日は気候も良いし雲ひとつない晴天だ。
子ども達の楽しそうな笑い声や、鳥の鳴き声、木々の揺れる音が心地よい。
「デートとか言っておいて、行き先が公園ですみません。今日は日向ぼっこがしたかったんです」
「君と二人なら例えコンビニでもスーパーでも、どこへ行ってもデートだよ」
「……山崎さんって結構ポエマーですよね」
声に出すつもりでなかった心の声が漏れていたようだ。
恥ずかしい……けれどもうあの恥ずかしい日記も読まれてしまってるんだ。もう開き直った方が良いのではないのか。
「……名前さんは俺の日記を読んで気持ち悪いとか思わなかったの?」
「うーん、気持ち悪いと言うか、自分の事があんな風に書かれていたのは少し恥ずかしかったです。けど気にかけてくれてたんだなって嬉しくもありました」
「そう……」
名前さんは流れる雲を見つめながらそう言った。
ストーカーみたいな事をしてたのだ、避けられてもおかしくはないのに。
「私、正直山崎さんのことを男の人として見てなかったんですよ」
「うん……」
それは痛い程に分かっていたけれど、面と向かって言われると結構凹む。
遊具で遊んでいる子ども達の笑い声が、自分に向けられたものなのではと錯覚しそうになる。皆が俺を笑っているだなんてとんだ被害妄想だ。
「……けどこの前山崎さんに押し倒されて、」
「いや、転んだだけだから!押し倒した訳じゃないから」
「あの時、山崎さんは男の人なんだって思い知らされて少しだけドキドキしてしまって……」
も、もしかして、今まで意識していなかった奴とひょんなトラブルがあってヤダ何この胸の高鳴り……ってラブコメでよくある展開では!?
「それから……なぜだか山崎さんのことが可愛くてからかいたくて仕方ないんです」
ベンチから転がり落ちた。
なんか求めてたのと違う!!何故そこでSに目覚めてしまったんだ。尻についた砂を払い座り直す。
「それはつまり、今も男としては見られないと……」
「さあ、それはどうでしょうね?」
名前さんは悪戯に口角を上げた。
それはそれはどっかの隊長の様な、Sっけのある笑みを浮かべて。けれどすぐにいつもの優しい表情に戻って、次から次へと変わる彼女の表情から目が離せない。次はどんな表情をするんだろう。
「山崎さんのこと、これからもっと知っていきたいです」
「え……」
「なんですかその反応は……。まあ自分に好意を持ってくれていると知ってから、相手に興味が沸くなんてずるいですよね」
そう言った彼女の頬はほんのり赤く、目を伏せて気まずそうにそっぽ向くと、彼女の白いうなじにかかる後れ毛が風でふわふわと揺れる。
また俺をからかっているのだろうか。
けれど知りたいと言ってくれたのが嬉しくて、胸が苦しくて、もしかしたら弄ばれてるのかもしれないけれど、それはそれで悪くはないと思った。
俺たちの関係はこれから変わっていくのだろうか。期待してみても良いのだろうか。
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