はにかみdiary


「あいつが桂小太郎と接触しているのを見た奴がいるそうだ。山崎、今日から名前を監視しろ」


副長に呼び出された時は決まって任務を課されるのだが、まさか名前さんの名前が出るとは思ってもいなかった。


「そ、それって名前さんのことを疑ってるってことですか!?」

「違ェ、あいつに何かあってからじゃ遅ぇだろ」


副長はタバコを灰皿にぐりぐりと押し付けた。
なんだ、そういう事であれば全力で監視しますとも。しかし引き受けたはいいものの、同じ屋根の下に暮らしているわけだし、普段とあまり変わらない。
とはいえ、一日中監視しているのだから若干名前さんに罪悪感もあるけれど君の安全の為なんだ。許して欲しい。


「今日はカレーですよー!皆さん一列に並んでくださーい!ほら、山崎さんも!」


名前を呼ばれてドキリと心臓が跳ねた。
笑顔でこちらに手を振っている。同じ隊服を着た男が何人もいる中から、どうして君はこんな地味な俺を見つけてくれるの?





――――多分、一目惚れだったと思う。
あの日、屯所近辺に貼ってあった女中募集の貼り紙をじっと見つめる君がいた。
特別綺麗だとか華やかなタイプではないけれど、パッと見て好みだなと思った。彼女が女中の仕事に少しでも興味があるのなら逃がしたくないと思わず声を掛けたんだ。

男所帯で女性に免疫がない俺はすぐに彼女を好きになってしまった。
こんな地味な俺が彼女と親しい関係にだとかそんな事、一生無いと思っていたが君は俺を映画に誘ってくれたり、悩みを打ち明けてくれたり、俺に向ける笑顔も特に深い意味はないんだろうけど、嬉しくて嬉しくて仕方がなかったんだ。

あの花見の日は、いつも笑顔の君の瞳からたくさんの涙がこぼれ落ちた。
月明かりが反射して宝石のようにきらきらしていて、思わず俺は抱きしめてしまったのだが、その後も名前さんは特に気にしている様子もない。やっぱり男として見られていないのかもと落胆したけれど、こうやって俺に気づいてくれるだけで幸せな事なんだと思う。


「……山崎さん?何ぼーっとしてるんですか」

「あ、ごめん見惚れてた」

「へ?」

「おあっ、あの、カレー美味しそうだなあって!!カレーに見とれた!」

「ああ、お腹空いてるんですね」


たくさん盛りますね、とカレーをよそう。
彼女が鈍感で良かった。

それから彼女を見張っていても可愛い以外は何もない。
くしゃみが時々おっさん臭いところ、意外と力持ちなところ、庭の手入れの際に花や草木に話しかけるようなところ、髪をまとめる仕草、白いうなじ、笑ったときに細くなる目、ほろ酔いでほんのり赤くなった頬、ぷっくりと膨らんだ唇、俺の名を呼ぶ透き通った声……その全てが俺を狂わせた。

名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん名前さん


「ヒィッ!?なんだこの報告書は!狂ってやがる、正気に戻れ山崎ィ!!!」


副長は報告書を投げ捨てて、俺の両肩を掴んでしっかりしろと揺さぶった。


「俺、あの子の事を見ていると想いが溢れてしまって……」

「アア!?そんなもん栓でもしとけ。ったく、お前に監視を頼んだのは間違いだったか。他の奴に……」

「だっ!ダメです!俺ちゃんとしますんでェ!」


他の奴になんて監視を任せてたまるもんか。
一旦無心になる為に、今日から名前さんのことは茄子だと思うことにする。



茄子の監視に慣れてきた頃、窮地に立たされる様な出来事が起きた。


「山崎さん……これ一体なんなんですか?」


茄子、だと思ったのだが突然の出来事に自分にかけた暗示が解けてしまう。名前さんが珍しく俺の部屋を訪ねてきたのだ。
本当なら舞い上がってしまうイベントなのだが、冷や汗がこめかみを伝った。彼女が今手にしている書物には見覚えがあったから。


「名前さん、そ、そ、それを一体どこで……?」

「落ちてたのを拾いました」

「な、中身見た……?」

「はい、ばっちり」


副長に渡す報告書とは別で日記を書いていた。
普段持ち歩いたりなどしていないはずなのに何故。まだ春だというのに滝のように汗が流れる。


「これ、山崎さんが書いたんですよね?」


違うと首を振りたかったが中を見られたのであれば言い訳できない。


「俺のです……」

「この、『名前さん、逮捕したい。君の瞳を逮捕したい』ってどういう意味ですか?」

「お願いだから朗読しないでェ!!!」


返してと手を伸ばすと名前さんが日記を背に隠すから、取り返そうと必死になってしまい足を滑らせた。
景色がスローモーションのように見える。名前さんを巻き込み、二人一緒に床に倒れ込んだ。

気が付くと名前さんが俺の下に居る。
何とか腕で自分の体を支えた為、下敷きにしてしまう事は免れたが、傍から見れば俺が名前さんを押し倒している。土方さんに見つかれば切腹物だろう。
周りの音なんてなにも聞こえないほどに自分の心臓がうるさい。フリーズしてしまい動けずにいた。

山崎退、一生の不覚。


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