アイスのように溶ける夜



こぢんまりとした、常連客で賑わうこの居酒屋が私たちの行きつけだった。
相変わらず飲み友達な私たち。付かず離れず、友達以上恋人未満?な関係だ。


「おっ、銀さんと名前ちゃん!久しぶりだねえ。なんだいもう出来上がってんのかい!」


既に何軒もはしごしている私たちは、どうやら他人から見ても酔っぱらいのようだった。店主の親父さんが、ほかほかのおしぼりを広げて手渡してくれる。もう春とはいえ夜は少し冷えるので、私は冷たくなった手を熱いおしぼりで温めた。


「親父ィ、熱燗くれ」


銀さんは酒を注文すると顔におしぼりを乗せて、「たまんねえ……」とオヤジ臭い声を出す。
良いなあ男は、おしぼりで顔が拭けて。私も拭けるもんなら拭きたいな、なんて思いながらもお通しの枝豆を摘んで口の中へ押し出した。


「そういや銀さん、この前の娘とはその後どうなんだい?」


親父さんが私には聞こえないようにと、銀さんに耳打ちするが丸聞こえである。


「親父ィ、もう少し小声で話せ!聞こえるだろうが!!」

「ごめんごめん。俺ァ、銀さんはてっきり名前ちゃんと良い感じなんだと思ってたんだが……銀さんってモテるんだねえ!」

「だからもう少しボリューム下げてくんね?名前に聞こえるからァ」

「いや、さっきから丸聞こえだけど」


銀さんは顔が広い。街を歩いていると色んな人に声を掛けられる。私の他に飲み友達が居たとしても不思議じゃない。


「いや、ちがうよ?その娘とはそんなふわふわした関係じゃないから。勘違いしないでよね」

「ふわふわした関係じゃないってことはアレかい!真剣交際なのかい!」

「ちげえよ!!話をややこしくするんじゃねェ!」


ふうん、と私は興味が無さそうに頬杖をついた。
何となく面白くなくて、普段はあまり飲まない芋焼酎をロックで数杯飲むと、結構いい感じにクラクラした。


「名前ー、もう一軒行こうぜ。親父、今日もツケといて」

「銀さん、会計はさっきアンタが厠に行ってる間に名前ちゃんが済ましてくれたよ」

「えっ、まじ、イケメン?」


さすがに毎回ツケ払いもおっちゃんに悪いから私が払っておいたのだ。

店を出て覚束無い足取りでふらふらとネオンの街を彷徨う。
支えがないと真っ直ぐ歩けないので腕を組んで歩く。私たちは酔うといつもこんな感じなので時々カップルや夫婦にも間違われる事もあるが否定してきた。
もしかしたら銀さんは他の飲み友達ともこうして歩いているのだろうか。やっぱり何だか面白くない。


「あれ?銀さんじゃない」


すれ違いざまに声を掛けられ立ち止まると、胸元を大胆に露出した肉感的な美女。
銀さんと私を交互に見て何かを思い出したかのように目を見開いた。


「あ、前に飲みに行った時に話してた例の子?」

「おい」


前に飲みに行った……、さっき親父さんが言っていた娘ってこの美女のことなのか。
銀さんは何やらバツの悪そうな顔をして、私から離れて背中を向け、何かを耳打ちしている様だった。

やだな、この感じ。
胸がざわつく。このままでは自分が自分で無くなっていく気がして、背を向ける銀さんに声もかけずに、とぼとぼと帰る方向へと歩いた。





「ちょっ、名前!待てって!」


街灯も人通りも少ない、暗い道だった。
走って追いかけてきた銀さんに手首を掴まれる。


「……今日はもうお開きにしようよ」

「なに、怒ってる?」

「別に。てか前に遊んだ美女は放ったらかしでいいの?」

「あー、あいつはそういうんじゃねェって」

「嘘だ、めちゃくちゃ鼻の下伸ばしてたじゃん、地面につきそうなくらい伸ばしてたじゃん!」

「そんな伸びねーよ!」

「そんなって事は少しは伸ばしてたんだ?綺麗だったもんね?あの人、親父さんが言ってた娘でしょ?銀さんってば隅に置けないねー」


ああ、なんて可愛くない言い方。
頭では分かっているけれど、憎まれ口しか叩けない。


「だからあいつはそういうんじゃねェって」

「銀さんって色んな女の子と飲み歩いてるんだね。なに、そのままワンナイトラブ的なことしちゃったりすんの?」

「違うって言ってんだろーが!お前一旦黙れよ、話聞けよ。そのうるさい口塞いでやろうか!?」

「上等だよ!やれるもんならやってみなよ!」

「え、まじでいいの?」


銀さんは驚いたように目を丸くした後、じいっと見つめてくる。


「え?」


ちなみに塞ぐってどうやって、なんて聞く隙も与えられずに右手を顎に、左手でがっちりと腰を抑えられ、逃げられなくなってしまう。いつものだらしない顔の銀さんはどこに行ってしまったのか。そんな顔、私は知らない。


「ちょ、まっ…………ん」


唇で塞がれてしまう。
しかも触れるだけなんて可愛いモンじゃなく、深く深く奥まで貪られていく。


「ーーっ!!」


最初のうちは手で胸板を押して抵抗していたけれど、段々と唇を割って侵入してくる舌に犯されていった。
全身の力が抜けてアイスみたいにどろどろと溶けていくような感覚。どうにかなりそうで、こんなキスは初めてだった。

彼の舌が、私の口内をめちゃくちゃに掻き乱すものだから、酔いもあるからか、足がガクガクと震えて立っていられなくなる。


「こら、しっかり立て。やれるもんならやってみって言ったのはお前の方だろうが。銀さんだってなあ、今まで我慢してたんだぜ?」


さっきまでの口喧嘩も忘れてしまうくらいに何も考えられなくなり、色々と話してる声も殆ど頭に入ってこない。


「あのな、あれはただの元依頼人で、飲みに行ったのだって一回だけだし、結局面白くなくてすぐ帰ったんだよ。オイ聞いてる?」


「……今日はもう帰るか」とガシガシと頭を掻きながら彼は背を向けた。
きっと私たちは酒のせいでどうかしていた。そうに違いない。もう、ただの飲み友達では居られない。


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