夢見月に何想ふ



どうしてあんなこと言ってしまったんだろう。君を傷つけてばかりの忘れたい過去。
ああ、戻れるならあの時の自分を正して、もう一度君と出会いたい。
過去を想い嘆く僕を君は愚かなことだと哄笑うだろうか。
ねえ…教えてよ、シズちゃん。





今日も池袋は騒がしい。平日だというのに人、人、人で溢れかえっている。そんな人混みの間を縫うようにして、黒いコートを翻し、折原臨也は走っていた。
水を得た魚のように、活き活きとした様子は、後ろからの怒号が全く届いていないように軽やかだ。


「待ちやがれえ!臨也あああっ」


殺気の籠もった声は、天敵―――平和島静雄のもの。彼に見つからないよう極力大人しくしていたはずなのに、数分前に嗅ぎつけられてしまった。


すぐ横を高速で道路標識が掠めていったと思えば、そこからはお決まりのフルコース。自動販売機に、ガードレール、電飾のついた看板、その他諸々を投げ尽くして一息ついた静雄の隙をついて、臨也が逃げ出し、怒り狂った静雄が追い掛ける、いつものパターンだ。

わざと時折立ち止まり、追いつかない姿を嘲笑えば、相手は更に怒りスピードを速める。その時、怒りに彩られた表情の中に、ほんの少しだけ喜びに似た表情が混じる。さながら獲物を見つけた捕食者のような。

それを見たいがために、臨也はわざと静雄を挑発し、嫌悪されるような言動を繰り返してしまう。

だって、俺へシズちゃんが執着してるって確かめるためには、それしか方法が無いのだから。





パルクールの技を駆使してビルを駆け上がり、人気の無い屋上へと辿り着く。ここならしばらく時間を稼げるだろう、と臨也は乱れてきた息を整えるよう深呼吸をした。

見上げればどこまでも広がる青。両手を目の前に広げたぐらいでは覆われない青に、臨也は目を細めた。


あの日も、こんな青空だったな―――


暖かい陽射しが降り注ぐ屋上で、臨也が眠る静雄に口づけた日。恋心をそれと認識した時には、遅すぎた。もう、取り返しがつかない程、静雄から嫌悪されていたから、思いを告げる代わりにそっと口づけたのだった。

口づけられた本人でさえ知らない、誰にも言えやしない鮮やかな思い出。


初めて出会った瞬間から、臨也は静雄に惹かれていた。
日に透ける金の髪が、真っ直ぐに恐れることなく見つめてくる瞳が、本当に綺麗だと感じたけれど、同時に怖くなった。
コレは危険な存在だ―――本能が告げる警告に、臨也は静雄を支配し奪うことに決めた。

どうにか自分のモノにしようと、心無い言葉と暴力で、静雄を陥れ傷付けて。ボロボロの雑巾のようになった静雄を、甘く籠絡して、自分だけを見るようにして服従させたかった。
もっとも計画は全く成功せず、どんなにダメージを与えても、静雄は自力で立ち上がり、臨也への憎悪を募らせてしまったようだったが。

結果、臨也は静雄から天敵と認識され、会えば殺し合いをする日々が続いている。
自業自得とは言え、もう一度過去に戻って、出会いからやり直したかった。そう願うことは愚かだろうか―――。





「考えごととは余裕だな?」

突然聞こえてきた声にはっとし、臨也は顔を上げる。臨也が登ってきたのと同じ方向から、静雄が現れ、近付いて来た。
追い詰めた、そう感じているのか目には怒りを込めたまま、にやりと口元だけで笑っている。

毎回こうして追い掛けられるたび疑問に思うが、自分と違い特殊な能力を身につけているわけではないのに、彼はどうやって同じ道を辿ってくるのだろう。
化け物じみた身体能力は総てを超越するというのか、全く―――


「全く、シズちゃんって常識が通じないよね」

挑発するように口元を歪め、臨也も静雄へと近付く
得物を何も持っていない静雄に対しては、逃げる必要はない。ナイフを使った接近戦で片を付けよう。
コートのポケットへと手を入れ、常備しているナイフを取り出そうとしたと同時に、静雄からポツリと問い掛けられた。



「なあ、なんでお前はいつも俺を怒らせんだ?本当は他に言いたいことがあるんじゃねえか?」


透明な疑問だけが浮かぶ声に、臨也は伏せていた面を上げる。問い掛けた静雄からはすっかり怒りが消え失せ、憐憫にも似た表情を浮かべている。


見透かしたような瞳にかっと頭に血が上る。臨也は一気に静雄へと間合いを詰め、そのまま胸倉を掴んでいた。
だが、それでも静雄は怒りもせず、ただ静謐を湛えた目で見返してくるばかりだ。

なんで、そんな目で俺を見る。シズちゃんのくせに、俺が何を言いたいか悩んでいるか知らないくせに―――



よく回る頭も口も役立たずになって、反論の言葉が出て来ない。そんな臨也に対し再び静雄が口を開こうとした瞬間、ただそれを塞ぎたくて衝動的に口づけていた。

目を開いたまま、咄嗟に目を瞑った静雄の表情を堪能する。噛みつくような、情交の無い接吻でも、こうして静雄に触れている。それだけで、震えがくる程嬉しかった。

時間はほんの一瞬だったのか、長い間だったのか。唐突に静雄を突き放し、口づけを終えた。静雄は驚きのあまり怒ることもせず、臨也を見つめてくる。呆然としている様子に、臨也は声を上げて笑った。


そう、それでいい。優位に立つのは俺なんだから。


「ねえ、シズちゃんは知らないだろうけどさ、今のはシズちゃんと二回目のキスなんだよ」

驚き目を丸くして立ち尽くす相手に、笑いかけすぐに踵を返した。静雄が呆気にとられているうちに逃げ出さなければ、明日は起き上がれないかもしれない。


ああ、混乱して動揺して俺でいっぱいになってしまえ。理性的になんかさせてたまるか。俺のことだけ悩んで、俺のことを憎んで、悲しみも苦しみも虚しさも痛みも、全部、全部俺だけに向ければいい。
そうして俺と同じ場所に行き着いてよ。

「またね、シズちゃん」

扉の所で一度だけ振り返って微笑み、臨也は屋上から逃げ出した。





静雄は臨也が立ち去った後、追い掛けることもなく、ただ閉まった扉を見ていた。

小さく息を吐き、唇を撫でた後、ポケットから取り出した煙草に火をつける。柵にもたれかかり、空を仰ぎ見ればどこまでも広がる青。吐き出した煙如きでは覆われない青に、静雄は目を細めた。


あの日も、こんな青空だったな―――

臨也が初めて静雄に触れた屋上を思い出す。臨也は「シズちゃんは知らないだろうけど」と言っていたが、静雄は臨也が指す一回目をしっかりと記憶していた。

卒業が間近なあの日、静雄は通学途中から喧嘩ばかりで酷く疲れていて。臨也が来たのに気づいていたけれど、相手をするのが面倒だったから寝たふりをしていた。

早く立ち去るだろうと寝転んだまま様子を伺っていたら、切羽詰まったような声で名前を呼ばれ。そして、そのまま口づけられた。ただ互いの温度を確かめるような、そっと触れるだけの口づけ。


臨也が自分へ憎悪だけではない感情を向けていることには全く気づいていなかったから、あの時は動揺して何もできなかった。


それから表面上は変わらない関係を保ったまま、ずっと臨也を観察してきた今なら分かる。
さっきの口づけも、過去の口づけも、ただの戯れではなく、臨也の本気なのだと。そして、それを確かに歓喜し、応えたいと思う自分がいることも。





俺は、お前が忘れたいっていう過去も、恨んでいる未来も、現在のお前と俺に繋がる大事な全てだから、今更捨てやしない。
全部、全部、受け入れて、俺の中で"折原臨也"って一つにしてやる。
だから早く俺の気持ちに気付いて、ここまで来いよ。その執着を愛へと変える方法は俺が教えてやるから。


なあ、早く気付けよ―――「愛してる」のたった一言で、俺はどこにも行かずに待っててやるから。







*企画 かっこいい弱虫様に提出させて頂きました。RADの「夢見月に何想ふ」のイメージで、色々やり直したい臨也と受け入れようとするシズちゃんということで。夢見月なので無理矢理、卒業間近も絡めたり…歌詞の解釈が主題からずれてる感満載です、すみません。
しかし、RADと臨静オイシかったです。主催者様、素敵企画ありがとうございました!




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