happy ever after/9

※リクエストもの 第九回 八回目はこちら
※最終話後、西東です。リク内容は後ほど







慌ててサウラーから距離をとった。全身が冷たい金属になってしまったようだった。隼人のあんな目を見たことはなかった、嫌われる恐怖に身が竦んだが、では自分は何をしようとしていたのだ。

「やあ隼人。聞いてたようだね。どのあたりからだった?」
口の中がからからに乾いて舌がはりついてしまった彼女にかわりに、悠々とサウラーが告げる。親しげとも言える声音だが、いやらしい余裕、見下すもののそれが隠しようもなくにじんでいる。いや、隠すつもりなどないのだろう。
「んー、まあ、ほとんど最初っからじゃねえの? せつながここに向かうの見かけて追いかけてきたからな」
予想に反して、いつもどおり、いや、いつもよりもいくらか朗らかな声と笑顔で隼人は応じた。なのに違う、なにかが違う、隼人が怖い。何を考えているかまったくわからない、見えないなんてこと、たぶん今まで一度もなかった。がんがんとこめかみに血液が流れるのを感じる。
「そうかい。なら話は早い。すまないね、こんなことになってしまって。でも、身を引いてくれるよね?」
「ああ?ばっかお前何言ってんだよ、いまさらできねーってんなこと」
にこにこと、へらへらと。なぜこの二人はこんなに親しげにしているのだ。へらへら…そうだ、隼人への違和感はそれだ。あの、大好きな笑顔のひとつ、ふにゃふにゃと幸せにぼけた脱力した笑い方じゃない、ひどく薄っぺらい、「笑う動機のない笑い」だ。

「でもね隼人、彼女は僕のことを好きなんだってさ。君の頭でもわかるよね。どういうことか。おとなしく引き下がるべきだよ。だってそうじゃないか。国のための結婚なんて、そんなもので本当に彼女が幸せになれるとでも?」
ぐい、とサウラーに腰を引き寄せられる。顎を指先でとらえられた。
「彼女のためを思うなら、隼人、きみは…」
一瞬で視界がぶれて、体がもっていかれた。同時に、右腕に強い痛みを感じた。
何が起きたのか遅れて認識する。隼人に右手首を強くつかんで引き寄せられ、その左腕で、抱え込むように、その胸に押し付けられるようにされたのだ。

「だめだ。サウラー、お前がなんと言おうと、せつながどう言おうと、それはだめだ」
「なぜ? 国民の動揺を招かないためかい? それならば情報統制だってなんだってどうにでもなる。 もう一度言おうか。彼女が好きなのは、僕だ。どちらと結婚したほうがいいかなんて、子供でもわかる。なぜ、だめなんだい?」
「それは」
「それは?」







「…………俺が、こいつに惚れてるからだ……」








右腕を砕けそうなほどに強く握っていた彼の左手に、薬指に、リングがあるのを見た。

思い出す。初めて幹部候補として顔をあわせた日のこと、俺は年上なんだからと何かと世話をやいてきた、四ツ葉町での日々のこと、出撃を替わろうかと言われた、キュアパッションとなってからのこと、何度か出会った、ウエスターとキュアパッションとして、そのどちらでもないただの自分たちとして、そのあとのこと、みんなで幸せになろうって、なれるって、そう言いあったこと、議会、国のために結婚しようって、契約の一種だって、リング、ポートレート、それから…それらが決壊したダムのように押し寄せてきた。

(これ…… もしかして、走馬灯ってやつじゃないかしら… ……わたし、死ぬの?)

死ぬかもしれない。かなり本気で思った。だってこんなもの、このからだで受け止めきれる気がしない。こんな、無理だ、だって、宇宙より大きい気すらするなにか、この、金色で薔薇色でスミレ色で翡翠色で、そのほかのすべてのうつくしい色がオパールのように調和しあって輝くような、この、これは、ひとひとりの、こんな、彼におさまってしまうようなからだで受け止められるようなものではない、その程度のものでは絶対に、ない。


「もう、あのな、いいか、言うぞせつな、聞けよ、聞きたくなくても聞け。その、嘘ついてた、それは悪かった。うん。で、利用もした…でも、お前が国中から愛されるように、幸せにしたいってのも本当だ、ツリーのてっぺんとか、ホールケーキのチョコのプレートとか、そういうのも嘘じゃない、嘘じゃなかった、だけど」

ほんの少し緩んだ力に、どうにか顔を上げて、彼を見た。ひどい高熱にうなされているときのような、真っ赤な顔と、かすかに潤んだ青い瞳。そのなかに、彼女自身もよく覚えのある、けして表にあらわさないように、ふたをして、覆い隠して、覆い隠して、埋めようとして、それでも、ほんの少しでもすき間があればそこから光のかけらを露見しては自分を悩ませた、あの宝石の光を見た。なぜ今まで気付かなかったのか。


「……議会の言い出したことを利用した。俺とお前で結婚しろって、ラビリンスのためにって。お前が俺のこと、仲間として思ってくれてたのは知ってた、それだけだってことも。サウラーを好きだったってのは知らなかったが…ああでもそうだな、お前ら似てるもんな。そのほうが、あいつと結婚したほうがいいってことも理屈じゃわかる、わかるが」

なぜって、そんなもの。自分の秘密を隠すことばかりに一生懸命で、相手を見なかったからだ。見られることを恐れ、だから見ることもしなかった。怯えずに相手を見たなら、きっとすぐに気づいていたのだ。

「だめだ。理屈じゃないところで、だめだ。お前が他の男のものになるなんて許せない。
だから俺と結婚しろ、拒否なんかさせないししても無駄だ。俺のものになるんだ」

強い光。覚悟を決めた目。たとえわたしがどれだけ嫌がったってそうすると決めた目。
そうだ、そう言ってほしかった。それだけでよかった。それだけで。

王妃は、そっと国王の胸に手を添えた。彼の腕の力がすっかり緩んだので、後ろ歩きで数歩の距離をとった。とまどう国王の気配を感じた。
そうして、王妃は、深く、深く、深い深呼吸をして、大きな一歩で彼の懐へ飛び込み、







踏み込みからの屈伸力、腰と体幹からの力、それらを右の拳に込めて、全体重、それよりも重い力が乗っているかもしれない渾身のアッパーを国王の顔面に繰り出した。


「バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


少女の叫びが大庭園に響き渡った。機械蛍のいくつかが落下した。睡眠をむさぼっていた小鳥たちが驚いて飛び起きた。
標準以上の長身と、筋肉を備えたはずの国王の体は吹っ飛んだ。そのまま昏倒している。
そのまま王妃は一足で彼に飛び乗り、襟首をおもいきりつかんでひきよせ、唇にくらいついた。かみついた。いや、よく見ればキスだった。あまりに殺意にあふれていたので、見ていた人間は、キスであると気づくのに遅れた。

「は、はじめ、はじめっから、そういいなさいよ! わた、わたしのことがすきで、だからほしいって、そういえば、あげたのに、それだけで、わたしの、ぜんぶ… 隼人のばか!死んじゃえ、大好き、嫌い、愛してる!ばか!」
どうにか昏倒をまぬがれた国王は、途切れかける意識をむりやりにつないだ。人生において、絶対に気絶してはいけない瞬間をランキングするならばまさに今が一位だ。大粒の涙をはらはらとこぼす彼女の肩を、ゆっくりひきよせて自分の胸の上に寝かせた。それはゆったりとした動作で、彼女をなだめるのに効果的だったが、実のところ脳震盪でそういった緩慢な動きしかできないからであった。

「…えーと… なんか、悪かったな…」
「なんであやまるのよあなたは悪くないわよわたしが悪いのよ」
「じゃあなんで殴られてるんだ」
「なんかもうそうするしかないかと… …どうしてあんな言い方してたの」
「あくまで事務的なものだって、国のためだって言い張れば、お前は断れないだろ…」
「…わたしだって… あなたが、結婚ってことの意味をちゃんとわかってないうちにそうしてしまおうって考えたの、このままずっと妹だなんていやだからって」
「わかってるぞ、俺は。意味。妹だとは… 仲間だと思っていた時期はあったはずなんだ… でももう思い出せない、ほんとはそんなもの無かったのかもしれない…」
「…ええ、そうね… あなたが、わからないわけなんてなかった。ひとよりもそういうの、たくさん、教わらないでも知ってる人だから。そういうあなただから好きになったのに。…ごめんね隼人、ちょっと拳、重かったかしら」
「あー、まあ、なんというか、愛だな。 冷たくされるとか、何かをずっと俺に隠してて、でもそれがなんなのかわかんなくて、しかも俺にだけは知られたくない、そんなふうにされるのに比べたら、なんつーか、愛だ」
「ごめんね。すき」
「俺だって好きだ」
そうして交わした口づけは、今度こそ、誰が見ても恋人どうしのものだった。




コツコツと大庭園の石畳を踏んでこちらに向かってくる人影がある。国王と王妃は、気恥しさを感じながらも体を起こした。王妃は国王にぴったりと寄り添っていたし、国王もその肩を抱き寄せていたが。

「いやー、うまくいってよかったわ! どうなることかと思っちゃった!おめでとうせつな!」
蒼乃美希である。あまりのタイミングによる出現と、晴れやかな笑顔。だがとっさにサウラーへとんでもない嘘を吹き込んだ彼女への警戒が沸き起こり、いや、サウラー。

そういえばサウラーがいた。すっかり忘れていた。

「やあ美希。おつかれさま」
「ねえ瞬、わたしのしごと、どうだった?」
「完璧だったよ。さすが美希、僕もここまでうまくいくとは思っていなかった。ウエスターには一発程度はもらう覚悟だったけど、なんでかあいつが殴られてるし」
「まずは夜の大庭園を見物したいといって隼人さんに案内を頼む。そしてあなたに借りた、この、ピアス型・超マイクロ骨伝導レシーバーでお互いの会話を聞きながら、もっとも隼人さんが激昂するタイミングで、肉声での立ち聞きが可能な位置に誘導する… あたしも完璧だけど、瞬の話術も悪くなかったわよ?」
「きみが昨日の夜に、せつなをうまく言いくるめていたおかげだよ。せつなへの誘導はほとんどせずにすんだ」
「あたしたち完璧ね。ね、瞬、例の報酬」
「アナスイの新作ワンピース、だろ? まったく、あれだけ手広く仕事をしていれば自分で買えるだろうにそんなもの。もっと高いものだっていいんだよ」
「恋人に買ってもらう服には、ただの服とは全然違う魔法が宿るのよ。ありがとう瞬」
「どういたしまして、僕のお姫様」


眼前で繰り広げられる光景が、まったく頭に入ってこない。意味がわからない。いや、わかるが、わかりたくない。
呆然としたままの国王と王妃に、ああ今気付いた、というような顔で宰相は視線をよこした。

「言っとくけど、僕、隠してなかったから。思い込みの片想いに夢中な君らが気づいてなかっただけで。なんで僕がしょっちゅう四ツ葉町に行ってたと思ってるの」
「え…ゲーム買いにいってたんでしょ…?(横で国王が頷いている)」
「ふたりそろってバカだな。そんなのレビューサイト見てamaz●n使えばいいじゃないか。amaz●nは届け先がラビリンス本部であっても、お急ぎ便だと半日で届けてくれる優秀な企業だ」
「ついでに言うとね、せつな。わたしたち、あの最後のダンス大会のときにはもうつきあってたから」

もはや言葉も出ない。

「見てらんなかったんだよ君たち。お互いにべたぼれなくせに、相手は自分を好きじゃないとか、好きだけどそういうのじゃないとか、言ったら迷惑になるとかさ。まわりからすれば、どうみたって両思いなのにさ。ポートレート撮影のときなんかおたがいに見蕩れあっちゃって、ほんとかゆかったよね。幸せオーラでみんな居心地悪そうにしてたよ。それでいて写真ではすっかり固くなってるんだから、あーこれは誰かどうにかしないとってね」
「で、わたしと瞬で計画したのよね。撮影中にいろんなこと思い出して素直になってくれればそれが一番よかったんだけど、せつなは絶対言わないっていうし、隼人さんも同じこと言ってるって話だったし。じゃあしょうがないから第二段階の計画に進もうと」
「どうだいせつな、僕の演技もたいしたものだったろ? 美希からのアドバイスでね、自分に性的な危害を加えようとしている男の空気はわかるようにできてるから、せつなを犯すつもりで会話しろという…(ここで、ぎゅ、っと国王が王妃を抱きしめた)…するわけないだろ美希がいるのに。だけどそのくらいの自己暗示をかけてかかったってわけ、どうだい、わかった?」

筋はわかった。すごくよくわかった。国王も王妃も、言いたいことがあった、聞きたいこともあった、だけどなにも口にできなかった、だって今こうなってみれば、どこにも落ち度がないのだ。

「や…… あの、でもよ、サウラー… こんな大掛かりなことしなくたって、わかってたならひとこと言ってくれれば…」
「せつなは君のことが好きだよ、って? それ、信じたかい?」
「……たぶん信じなかった」
「そのうえいろんな勘ぐりをしただろうね。自分で言ったり聞いたりしなきゃ意味がなかったんだよ。まったく世話のやける二人だ」

「いろいろあったけどよかったわねえ、せつな」
「…ありがとう… ご、ごめんなさい美希… わたし、さっき、ちょっと恨んだ…」
「いいのよ。そうしなきゃいけないってわかってたから。あなたのことが好きだから、あなたを助けたい、って、言ったでしょ? で、あたしは、やるっていったら完璧にあなたを助けるのよ」

サウラーは頬をかすめた機械蛍を、そっと指にとまらせた。
「隠し事とか、謀略とか、そんなの向いてないんだよ君たちは。現にこれだけこじれた。
だから、とにかく素直に笑ったりとか、幸せだとか、楽しいことだけとか、そういうふうにしてればいいんだよ。それだけじゃすまないこともそのうち出てくるだろうけど、そんなものは、そういうことが向いてるうえに得意で、大好きな、僕に任せておけばいい」


「なあ…サウラー、お前がここまでした理由、俺に殴られる覚悟を決めてまでこんなことをした理由は、なんだ? かゆくて見てられなかった、それだけか?それとも宰相としての…」
「あーもー、言ったそばからこれだよ。馬鹿。君の脳は複雑に考えようとするとおかしなほうにねじ曲がるばっかりなんだから。今きみが感じているとおりのことだよ」
「…そうなのか? ほんとに、それだけの… いや、だが、でも… やっぱり、そうか」
思案しながら勝手に納得した国王に、どういうこと、と目線で問いかける。あー、いや、と、照れたような笑みを返してくるばかりで、なんとも歯切れが悪い。王妃は宰相に、目線で問いかけた。彼は言う。

「なんでここまでしたかって、そんなもの、きみたちふたりのことを好きだからに決まってるじゃないか」

ひさびさに見るような気がする、サウラーの悪人スマイルである。絶対企んでいる、なにか企んでいる、死霊の群れを召喚するつもりだ、そう思わずにいられない笑みである。
が、王妃は、それを信じた。ほんとうのことだと感じたからだ。




「やー…でも、あの、ほんと、お前にはどう礼をしたもんか」
「ああ、いいよ。楽しかったのも本当だしね。…これからだって、楽しくなるよ」
今度は、天使のような無垢な笑顔。国王と王妃は、その笑顔も信じた。






が、彼の恋人である蒼乃美希は、知っていた。彼という人は、長い間の鬱屈の結果か、もとよりそういう性質だからか、善行を考えるとき、それが善い行いであればあるほど凶悪な笑みになるのである。その彼が、今、天使の笑みを浮かべている。つまり、あんまりよろしくないことを企んでいる。あれこそが、彼の謀略の笑顔なのである。

機械蛍が舞う。その中のいくつかには、小型カメラが搭載されていた。
さて、ラビリンスには、かつてメビウス戦において有志の手で作られた、ラビリンス全土へ一挙にライブ中継ができるケーブルが存在していた。

つまり。


『だめだ。理屈じゃないところで、だめだ。お前が他の男のものになるなんて許せない。
だから俺と結婚しろ、拒否なんかさせないししても無駄だ。俺のものになるんだ』
『バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』
『…わたしだって… あなたが、結婚ってことの意味をちゃんとわかってないうちにそうしてしまおうって考えたの、このままずっと妹だなんていやだからって』
『ごめんね。すき』
『俺だって好きだ』


一部始終がラビリンス全土に生中継されていた。
むろん事故ではない。偉大なる宰相にして策略家のサウラーが、国の益になると考えてのことである。が、「この僕にここまで面倒かけさせたんだから少しくらい報いを受けろ」という意趣返しもあった。割合で言うと、八割くらいはそんなかんじだった。

話の前後は全くわからなかったものの、突如国中のモニターに映し出された国王と王妃のやりとりを、広場で、路地で、飲食店で、理髪店で、自宅で、見守っていた人々は、沸き返った。
なんだかわからないけどすごく楽しくて、すてきで、おもしろくて、幸せなことが起きたらしいぞ! と、そこらじゅうでハグやキスや握手やハイタッチや胴上げやらが発生した。
冷たく取り澄ましたポートレートによって、メビウスほどではないが、管理する側の新たな人間が現れたのだと感じ、確かにラビリンスを覆っていた、薄いが太陽にへばりついたままだった雲が一気に晴れた。

ラビリンス人は、お祭り大好き楽しいこと大好きな、じつにおめでたい国民なのだ。









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悲しみで花が咲くものか

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2010/02/17


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