朝目覚めて一番最初に思ったことは、一言で言うと「漫画かよ」。
とりあえずあたりを見回し、散乱している服を拾い上げ袖を通す。下着はいつの間につけたんだろう。何でも良いが風呂に入りたい。
夕べコンビニで買ったはずの歯ブラシを求めそこらへんを捜索していて、そういえば昨日奴が冷蔵庫にぶち込んだんだったな、と思い出した。「冷たいほうが良か」なんて、全然良くないし、とひんやりとしたパッケージを開けながら独りごちる。
勝手に歯磨き粉を拝借し適当に磨いて、再びベッドへと戻る。バスタオルの場所がわからないと風呂に入りようがない。
すやすやと眠る千歳の寝顔をぼうっと眺めながら、若干のやるせなさを感じた。自分の意思だったとはいえ、どうしてこんなことになったんだろう。

千歳千里のことは少なからず知っていたし、逆に彼のことを知らない者など我が大学にいないと思う。
九州弁の変な格好をしたデカい奴。第一印象はそれだ。自由奔放で大学にはたまにしか来ないのに、如何せん目立つ。顔が整っているせいでもあるし、女の子ならば誰にでも優しいせいもある。いつも違う女の子を連れて午後から大学に来る。
学科が一緒で、前期も今期も同じ授業をいくつか取っている。最近結構見かけるなと感じ始めた頃、気がつけば千歳千里はわたしの隣に座ることが多くなっていて。
「みょうじなまえちゃんじゃなかと?」とかなんとか話しかけられたのがだいたい一ヶ月前だ。
こういうダメそーなイケメンに女子は弱いのだ。まあ自分は絶対引っかからんけどな、と一昨日までのわたしはそう高を括っていたのだけど。

「ん〜…あれ」
「おはよう」
「なまえちゃんがおったい」
「うん、バスタオル貸して」

その前に喉乾いた、と言うと千歳千里は冷蔵庫を顎で示し、ミネラルウォーターある、と眠そうに呟いた。

「千歳くんってさ」
「千里で良かよ」
「千歳くんちって歯ブラシは一本なんだね」

わたしの言葉に、千歳千里は布団から顔だけ出しいかにもなキョトン顔でこちらを見た。図体はデカいくせに、可愛いという言葉さえも似合ってしまう男だ。

「女の子たちの歯ブラシ無いんだねってこと」
「なんね、急に。無かよ、そんなん」
「毎度捨ててんの?ハァ〜やっぱ慣れてる人は違うね」
「違うったい」

むくっと起きがった千歳はひとつ大きな欠伸をして、ベッドのへりに座るわたしに後ろから腕を回した。
うなじのあたりに鼻を寄せられて、ちょっとくすぐったい。

「2回目はしないよ」
「そういう意味じゃなか。まったく、なまえちゃんの目に俺はどう映っとうと?」
「ヤリチン」
「ひど」

千歳が苦笑いをする。それがまたくすぐったくて、自分から離れた。

「俺んこと嫌いなのに、したと?」
「嫌いではないからした」
「俺はこんなに好いとるのに」
「嘘はいいから…って、ちょっと」

手首をとられベッドに組み敷かれて、思わず反射で千歳の引き締まったお腹を足で蹴り上げてしまった。
少し悪かったかな、と思ったけれど千歳はびくともしない。

「こういうことするのは昨日限定。今日以降しないから」
「なして?」
「わたしはおめーのセフレじゃないっつーの」
「はは、口悪かね〜」

千歳は笑うけれど、まだわたしを組み敷いたままだ。男って何で朝まで元気になるんだろう。一気に嫌悪感が湧き上がる。

「女の子は、したら相手に情ば湧いて好きんなるって、ほんなこつ?」
「場合によるわよ」
「なまえちゃんは湧かんと?」
「湧かない。むしろまたされたら嫌いになる」
「じゃあやめるたい」

そこでようやく千歳は手の力を緩めた。するりと抜けて、ソファに避難する。

「最終手段やったけど、そううまくはいかんばいね。何か、してから余計嫌われた気ィするけん」

何が言いたいんだ?と様子を伺っていると、突然千歳が「一年。」と呟いた。鸚鵡返ししてみても、もう一度同じことを呟くだけだ。

「わかる?」
「さっぱり」
「昨日したのが一年ぶりやけん。セックス」
「えっ?」

思わず振り返ると、千歳は類を見ないくらいに真剣な眼差しでわたしを見つめていた。

「ずっとお前さんとしたいと思っとった」
「はあ?何それ」
「軽蔑しよっと?でも男ってそんなもんたい。お前さんが好いとった白石だってそう」
「やめて」

図星を突かれて俯く。千歳の大きな手がわたしの頭を撫でた。まるで力の加減がわからないとでもいうような、ぎこちない撫で方だ。

「好いとう子の好いとう奴くらい、わかるけん」
「馬鹿にしてんの?」
「信頼されてなかね〜俺。マイナスからのスタートたい」

わたしの思考回路なんてお見通しだったのだ、この男は。そう思うと急に恥ずかしくて申し訳なくて、泣きたくなった。

「ごめん、千歳…」
「ごめんも何も、俺は嬉しかったけん」
「ヤれたら誰でも良さそうだもんね」
「だーから、一年しとらんって!お前さんのこと気になり始めてから」
「いつもそうやって女の子落としてんの?」
「もう黙りなっせ」

何でも良いや、とそう思った。千歳千里のことはこれから知っていけば、それでいい。
わたしは目を閉じて、千歳を受け入れる。

「情でも何でも良いけん、俺んこつ見て」
「…馬鹿でしょ、あんた」

こいつが何と言おうと、歯ブラシは絶対置いていってやる。


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