「あれっ、忍足?」

聞いたことのある高い声がして、忍足侑士はラケットのグリップテープを巻く手を止めて声のするほうに視線をやる。

「お、なまえちゃんやんか」

そこには同じクラスのみょうじなまえが制服姿で立っていた。この全国大会の応援に友達と来たようだ。跡部がいるおかげで我が部の試合には、毎度毎度大勢のギャラリーが集まる。全国大会ともなれば、もはや全校生徒がいるのではないかというレベルの人数になるため、彼女が来ていても何ら不思議ではない。

「忍足の試合は何時からなの?」
「あと30分後や」
「そっか!頑張ってね〜!跡部様にも伝えといて」
「俺に跡部への伝言頼むんお前くらいやで、ホンマ」

じゃあね、と颯爽と去っていくなまえの背中を見送っていると、背後から騒々しく自分を呼ぶ声が聞こえた。
走って来る音で、正体は振り返らずともすぐにわかる。

「ちょっ、待ちぃ侑士、今の誰や!?」

我が従兄弟の謙也が息を切らして登場する。
そんな急がんでも、と思うが確かに彼女はこいつの好みそうなタイプである。

「誰て、学校の友達やけど」
「すご、やっぱ東京は女の子もレベル高いっちゅー話や」

謙也は手をかざしてなまえの後ろ姿を仰ぐ。

「まあなまえちゃんはなあ、跡部にすら動揺せえへん子やしな」
「むっちゃええ子そうやなあ」
「でもアカンで、あの子は」
「何でやねん。ハッ?!まさかお前のお手付き…?!」
「ちゃうわ、アホ」

確かに脚はすらっとしていて綺麗だけれど、彼女は忍足の好きなタイプではない。忍足侑士は溜息をついて、再びグリップテープを巻く作業に取り掛かる。

「なまえちゃん、好きな奴おんねん」
「好きな奴?好かれてる奴とちゃうの?」
「誰やと思う?」
「どうせ跡部やろ。なんや、つまらんな」

謙也はケッとやさぐれた表情を浮かべた。そういえばこいつは以前、跡部の整った顔のことについて言及していた。普段からあのいかにもモテそうな四天宝寺の部長と居るせいもあるのだろう、と侑士は心中で謙也を憐れんだ。

「ちゃうで。あの子が好きなんは宍戸や」
「は?宍戸ぉ?宍戸ってあの帽子やろ。そらまた意外やな」

宍戸となまえはタイプが全く違う。というか正反対である。謙也の言う通りなまえは跡部のようなのを好きになりそうな見た目をしている。
謙也が何故どうしてとうるさいので、侑士は彼女が宍戸を好きになった経緯を説明することとなった。

「もう結構前の話やけど、なまえちゃんが部活終わりに部室でうとうとしとったら、いつの間にか時間が過ぎてて20時を回ったことがあったねんて。そんで急いで部室を出たら、テニスコートだけまだ明かりが点いとって、ボールを打つ音が聞こえてきたんやと」

話しながら、侑士はなまえから初めてこの話を聞かされたときのことを思い出していた。
謙也はフンフン、と相槌を打つ。

「気になって覗いてみたら、宍戸と鳳が残って自主練をしとったらしいわ。まあレギュラーやし、そんなんよくあることやねんけど。で、何となくしばらく見とったら、途中で鳳がサーブのコントロールをミスって、ボールが自分んとこに飛んできたんやと」
「おお、ええ展開になってきたな」
「そこでさっと目の前に現れて、ボールを素手で止めてくれたんが宍戸やねん」
「うお、文句無しにかっこええわ」
「その後鳳からは謝られてんけど、宍戸には『女子がこんな遅くまで残ってんじゃねぇ!激ダサだぜ!』て怒られたらしいで」
「いや最後いらんやろ。まあそらそうやけど、何も怒るこたないわな」
「けど、そこが良いらしいで」
「これがホントの恋の激ダサ絶頂ってわけやな」
「えくす…何やて?」
「スマン何でもないわ」

わたしのために怒ってくれたの!と興奮していた彼女を思い出して、何だか頭が痛くなった。
謙也がすかさずツッコミを入れる。

「そこは守ってくれたからドキッ!やないんかい!わけわからんわ!」
「俺もそう思う」


丁度経緯を話し終えた頃である。なまえが何か包みを持って二人のほうへと歩いてきた。忍足!と声を掛けると二人とも自分のほうを向いたので、なまえは「えっ」と声を上げる。

「あ、こいつ俺の従兄弟やねん。だからこっちも忍足」
「どうも、忍足謙也です」
「あっそうなんですね!はーびっくりした。それにしても似てませんね!まあ従兄弟ってそんなもんか」

そんなことより、とでも言いたげな様子で侑士に視線をやるなまえの目は期待に満ちている。

「宍戸くんはどこ?!」
「あっちのほうや」
「めっちゃ適当か!いーもん、自力で探すから」

探すも何も、氷帝の試合はすぐ隣のコートで行うのだからこの近くにいるはずである。なまえを物珍しそうにジロジロと見る謙也の頭をはたくのと、なまえが奇声を上げたのはほとんど同じタイミングだった。

「おい忍足!跡部が呼んでるぜ、って…あれ、お前みょうじじゃねえか」
「し、しししししししどくっ…!?」
「ハハ、言えてねえぜ。何してんだ?こんなとこで」
「えっと、ちょっとお散歩を…」
「おい侑士、こいつら俺が見えてないんか、特に宍戸」
「そりゃいくら宍戸かて、お前よりは可愛い女の子と喋ってたいと思うに決まっとるやんか」

なまえは持っていた包みを開いて、宍戸の目の前にずいと出した。透明なタッパーに入ったそれは、至極シンプルなサンドイッチである。

「あの、これ食べてくれる?チーズサンドなの、今朝作った」
「チーズサンド?俺の好物知ってたのか?」

キュウリも挟まってるじゃねえか、と宍戸は目を輝かせる。

「おっ忍足に教えてもらって…!『そういやあいつ、チーズサンド好きっちゅーてたな』って!ね?忍足!ね?」
「なんでそこで俺のモノマネ入れるんや、しかも割と似てて腹立つ」
「あっそういえばどっちも忍足だった、えーと……えー…やば、謙也くんじゃなくて、あんたの下の名前なんだっけ」
「お前今度ノート貸せ言うても知らんで」
「ごめんなさい怒らないでください、でもほんとにわかんない何だっけ…」

忍足となまえのやり取りを見て、宍戸が爽やかに笑う。

「何だ、お前ら仲良いんだな」
「えっいやそんなことは」
「おっ、長太郎が呼んでやがる。忍足、お前さっさと来いよ!じゃあなみょうじ、これありがとよ!」
「あっ、え、宍戸くん!待っ」

風の如きスピードで去っていく宍戸の後ろ姿を三人で見送る。
夏空の下、ぽつりと謙也が呟く。

「ちゅーか侑士、お前まじで早よコート行けや」
「H.S.R.N.、ホンマそれな」


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