「あ、いたいたみょうじ」
「あっ佐伯じゃん、また明日ね〜」
「バカ、今日は委員会だろ」
「…そうだっけ?」

まあいいか、と昇降口へ足を向けようとしたわたしをてこでも行かせまいと、白いセーラーの襟を後ろから掴む佐伯。
わざとらしくぐえっと女子らしからぬ声を出しても奴は離してはくれない。

「えーん帰りたい」
「駄目だ」
「おねがい佐伯きゅん」
「可愛こぶっても駄目」

佐伯に腕を掴まれ、あれよあれよという間に委員会の教室まで連れて行かれるわたし。佐伯くんは今日も柔軟剤の良い香りがします。

佐伯とは今年初めて同じクラスになって、偶然にもおんなじ委員会に所属することになってからこうして割とよく喋る仲になった。

にしたってこいつは生徒会副会長をやっているのにどうして美化委員を兼任しているのか。その理由を前に聞いてみたら、人が足りないのだから仕方がないとそう言っていた。
わたしだってもちろん積極的に美化委員なんぞになったわけじゃない。ホームルーム中に居眠りこいてたら先生にバレて強制的になってしまったのである。
美化委員なんてそんなお掃除委員会、やりたくてやってる人なんているんだろうか。そう考えると佐伯も可哀想である。

「佐伯、今日部活は?」
「あるよ」
「じゃーそっち行っていいよ。こっちはわたしが出とくし」
「えっみょうじ、どういう風の吹き回し?熱でもあるのかい?」
「失礼すぎワロタ」

わたしだってみんなのように佐伯王子を労わる気持ちぐらい持ち合わせている。

テニス部は今年、全国大会出場も有り得るんじゃないかと噂されるくらいに凄いらしい。一方でわたしが属しているお料理研はゆるく美味しくがモットーなわけで、しかも今日は活動日ではないわけで、とにかく佐伯とわたしじゃ生活密度の濃さが全く違うのだ。

「テニス部もうすぐ試合近いんでしょ?まあここまで連れて来られたらさすがに逃げるとかしないし、安心していいよ」
「みょうじ…」

そんな大層なことを言ったつもりもないのに佐伯は感動したというような顔でわたしを見る。
点数上げちゃったなこれ、すまない六角中女子のみなさん。

「君ってさ、そういうところが良いよね」
「どうも」
「でもね、俺は委員会に出るよ」
「は、なんで」

わたしが佐伯だったら今すぐ駆け出して部活行ってると思うけど。

「月に二度しか無い誰にも邪魔されない時間なんだから」
「佐伯…」

こいつは何てやつなんだろう。
いやあ、いくら六角中のロミオでもそれは少し引くわあ。

「…そんなに美化委員が好きだったなんて知らなかったよサエキくん。わたし余計なこと言っちゃったね」
「なっ、ちょっと誤解だよ」
「だって誰にも邪魔されたくないくらいに委員会出たいんでしょ?さすがに引くよぉ佐伯クン」
「みょうじって本当にバカだね…」

何故か俯いて眉間のあたりを片手で押さえる佐伯は、たまにこういうふうに意味のわからないことを言う。それでその後には決まってこう付け加えるんだ。

「俺って報われないなあ」
「いつも言うけどさ、それ全校生徒に謝ったほうが良いよ、まじで」

イケメン・スポーツ万能・成績優秀、男子学生の構成要素が三拍子揃った彼ほど、神様に恵まれた者はいないと思う。

「最近もう良いんじゃないかなって思えてきてね」
「何が?イケメンキャラが?」
「バネにも言われたんだよね、正攻法でいかないとあいつには勝てないんじゃないかって」
「ずっと思ってたけど、佐伯ってイケメンキャラなのふつーに自覚してるよね。むしろ清々しいよね」
「ありがとう」
「褒めてないけどね?」

近くの教室の時計が目に入った。
そろそろ時間がやばい。

「ていうかもう委員会始まるから中入ろう」

突っ立っている佐伯の学ランの袖を掴めば、佐伯は一層に困ったような顔をして深く溜息をついた。

「こういうことはしちゃうんだよね、みょうじは」
「なんて?聞こえなかった」
「男がどんなにその気になるかとか、ちっともわかってないんだから」

さっきから何かブツブツ言っている佐伯に、前々からもしやと思っていたことをぶつけてみることにした。

「もしかして佐伯ってさあ」
「なに」
「わたしのこと好きなんじゃん?」

やっばい言ってもうた。

また呆れ顔で「そういうところが本当バカ」とか言われるんだろうな、と少し可笑しくなった。それを想像して一人でニヤついていたら、頭をわしっと掴まれた。
待って待って、わたし佐伯王子に殺られるかもしんない。冷や汗をかきながら佐伯を見上げる。

「その通りだよ、バカ」

そう言い放った佐伯の赤く火照ったような頬を見て思った。

次からちゃんと毎回委員会出よう。


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