「あいついっぺんぶん殴ってやろーかな」

メッセージに既読をつけたまま放置していたらそこから更に休みなく同じ内容が送られてきた。送信者である愚弟に向けた独り言を文字通りひとりで呟く。
日曜の穏やかな朝、布団にくるまれて心地よい眠りについていたのに携帯のバイブ音で起こされるわたしの身にもなれ。
メッセージを15件ほど既読無視していたらとうとう電話が来たので仕方なく出ることにした。

「はい」
『マジで頼む、お願いします!!』
「やだ」
『なー今度アイス奢りますって!マジで!』
「えー…立海まで行けっていうの?わたしが?日曜なのに?」
『ハーゲンダッツ!』
「仕方ないわね」

愚弟は今コートで部活中らしい。こんな朝早くからよくやるわ。
奴の部屋を開ければ、中はもうぐっちゃぐちゃで未開拓地という表現がぴったりだった。なんていうか、ジャングルみたいな。届けてほしいものは机の上にあるとか言っていたが、教科書やら学校でもらったプリントやらが散乱していてとても探す気になれない。ふざけんなよクソガキ、とイライラしながらも何枚か紙を捲れば思ったよりもすぐ当該の書類を見つけられた。ぐちゃぐちゃなそれを4つ折りにしてトレンチコートのポケットにいれ、髪型を最低限整えベースメイクだけ軽くして自転車の鍵を掴んで家を出た。

立海まで行くには海沿いの道を通らねばならない。この道は気持ちいいけれど海風が嫌なのだ、髪がボサボサになるから。
愚弟に忘れ物を届けるだけとはいえ気が抜けない理由がある。以前にも一度同じようなことがありめちゃめちゃ適当な格好で行って結果死にたくなった。その時の学校滞在時間はそれこそ1分くらいだったと記憶している。
途中はたと気づいてコンビニに寄り、適当に差し入れとなりそうなものをいくつか購入した。わたしってなんて良いお姉ちゃんなんだ。

コンビニから程なくして立海に到着すると、わたしはそこらへんに自転車を停め、テニスコートへ足を向けた。横切った校舎から吹奏楽部の楽器を奏でる音が聞こえてきて、なるほど立海は文化部まで気合が入っているらしいと感心する。休日だっていうのにグラウンドでは沢山の部活が活動しているし、その先のコートからはボールを打つ音や掛け声など、様々聞こえてくる。
特徴的なあの芥子色のユニフォームの男の子たちが見えてき始めたらわたしはもう一度髪を手櫛で整え、一番近くにいた子に「切原赤也はいますか」と尋ねた。

「おーい、赤也!呼んでるぞー」
「おー!あっ、なまえ!」

駆け寄ってくる赤也に手を振って、早速ポケットから紙を取り出して手渡してやると、奴は心底安心したような顔つきで息を吐いた。

「サンキュー!これないと午後の補習で死ぬとこだったぜ!」
「英語に続き数学もとは頂けないわね赤也クン?」
「あっ母さんには言うなよなまえ!」
「てか何呼び捨てにしてんの?いつもねえちゃんって呼んでんじゃん何外で変えてんの?ねえ」
「う、うるせえな!」

恥ずかしいのか、そうかそうか。そういえばまだ中2だもんね、恥ずかしい年頃だよね。
気がつけば大勢の部員がわたしたちをチラチラと見ている。あれ赤也の姉ちゃん?へー美人だな!なんて聞こえてきて満更でもない。

「赤也、何をしている!」
「げっ、副部長!」

般若のような顔でずかずかとやってきたのは黒い帽子を被った男の子だ。あ、知ってるこの子、えっとたしか真田くんとかいう。

「赤也の姉です。愚弟がお世話になってます、真田くん」

にっこりと笑ってそう挨拶すれば、彼はさっきとは別人のように突然たじろいだ。

「お、お姉さんでしたか、いえこちらこそ」
「お邪魔しちゃってごめんなさい。赤也が補習のプリントを忘れたので届けに来たんです」
「あっなまえ、てめー!」
「何?赤也、昨日忘れるなとあれほど!」

なまえの鬼〜!と叫ぶ赤也を無視してなんとなくコートを見回せば、ネットを越えた向こうに見覚えのある姿を発見した。
あ、あの子だ、赤也と立海の友達から散々話を聞かされた例のあの子。彼はわたしと目が合うと周りの部員に何か申し付けてこちらに歩いてきた。

「こんにちは、ええっと、テニス部に何か御用ですか?」
「えっ?あ、いや、弟に届け物をしに来ただけなので。お邪魔してすみません」

そう言うと彼はわたしと赤也を交互に見遣って目をまん丸くさせた。なにその表情、かわいすぎ。

「もしかして…赤也の?」
「はい、姉の切原なまえです。弟がお世話になってます」
「部長の幸村です。わざわざ届けに来てくれるなんて素敵なお姉さんですね」

幸村くんは透き通った声でそう言って微笑んだ。中3とは思えぬ柔らかな物腰とそのビジュアルは何度見ても本当に素晴らしい。いや前回初見だから二度目なんだけど。ほんと赤也に立海勧めてよかった〜あの頭で受かってくれてよかった〜そしてテニス部入ってくれてよかった〜!

「これ、差し入れです。みなさんでどうぞ。って言っても、こんなにいらっしゃると思わなかったから…足りないかもなんですけど」

コート中を見回して苦笑いするわたしに幸村くんは「いえ、むしろ気を遣わせてしまってすみません。ありがとうございます」と丁寧に答えた。本当に麗しいな、わたしも立海入ろうかな。正直、今日届けに来てやったのはハーゲンという報酬よりも彼を見るためというのが本音である。

「えっ、赤也のねーちゃんかよ?」

途中でひょっこり入ってきた赤い髪の男の子に「ヤンキーかよこわっ!」と一瞬怯んだが、どこかで見たことのある顔だなと思わずじっと見つめてしまう。彼は大きな目をパチパチと数回瞬かせてからニカッと笑った。…いやいやなんだこの子可愛いな。アイドル系か?アイドル系だな?

「切原なまえです、どうも。えーっと」
「丸井ブン太です。前にお家にお邪魔したことあります」
「ああ!そういえば!」

こんな特徴的な頭なのに何故わたしは思い出せなかったのかというと、あの日は部活でクタクタに疲れて帰ってきて、意識朦朧としたまま彼らに挨拶したからである。まさか弟が家にこんな素晴らしいボーイを連れてくるとは思わなかったのだし仕方がない。

「ええっと、丸井くん飴いる?」
「いーんですか?!」
「ちょっ、なまえなに丸井先輩にほだされてんだよ!」
「ハッいけない何だかこの目を見ていたらつい…でもあげるね…」
「おっやりぃ!どーも!」

丸井くんに餌付けをしてホクホクしていたら赤也が「もう帰ってくれ」とでもいうような視線を向けてきた。
わかった帰る、帰りますよ。

「えっとわたし、そろそろお暇しますね!邪魔しちゃってすみません!引き続き赤也を存分にしごいてください!」
「てめー余計なこと言うんじゃねー!」
「は?」
「ごめんなさい」
「フフ、面白いお姉さんだね赤也」

ハッ!ついいつものくせで…!幸村くんの前なのに!

「えーっと、赤也?赤也の好きなもの作って待ってるからね。お友達お家に連れてきても良いからね?ただ連れてくるときは事前にメールしてね?」
「なまえまじでもうほんとに帰って…」



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