私には好きな人がいる。
現在大学2年生。片想い歴は実に6年目に突入したところだ。
もう諦めたほうが良いとか、なんなら当たって砕けなよとか、友人達には散々言われているけど、これには並々ならぬ事情があるのだ。

「なまえ、今日もテニスコートにいたよ。仁王くん」
「そっかあ!今日も変わらず格好良いんだろうな」
「だろうなって、あんたねえ…」

彼の姿をわざわざ見に行ったりなどしない。
彼にちょっとでも気持ち悪いなどと思われたら、私のライフがゼロになってしまうのがわかっているからだ。

「そっれにしても、大学生にもなって中学の元彼をここまで引きずる女もあんたくらいよ」
「ほんとにね…自分でもびっくりやで!」

そう、ここまで体裁を気にするのには理由がある。
中3の頃、3ヶ月という短い期間ではあるが、私は仁王雅治と付き合っていた。
どっちから告白したかとか、そういうことを聞かれると少し難しい。気がついたらそうなっていたというのが正しい。
けれどあの頃、我が立海の男子テニス部は全国制覇を目指していて、とても恋愛どころではなかった。
もっとうまくやれたんじゃないか、と今でもたまに考える。だけどあの頃の私たちは、お互いに必死で。私も自分の気持ちをうまく伝えられなくて、結局自然消滅という形で終わったのだ。

けれど関係が終わっても、私は一方的に仁王くんのことが好きだった。そうしてそのまま、高校生になった。
「仁王雅治に新しく彼女が出来た」、もしそんなことになったらその時はすっぱり諦めよう。そう思っていたのだけど、彼が彼女を作る兆しは一向に無くて。

「そんなこんなで気がついたら大学生ですわ!ハハハ」
「こじらせてますなあ…」

大学生になってからというもの、仁王くんはそれはもうモテた。もちろん中高もモテていたけれど、外部入学の子たちが加わってからは比じゃなかった。
こんなにモテるなら選り取り見取りだろうし、そうなればやっと諦められる。そう思っていたのに!

「でもさー、ちょっと安堵してる自分もいるんでしょ?」
「……やめてください死んじゃいますので…」
「ごめんごめん、禁句でした」

高校のときも今も、私が知らないだけで彼には彼女という存在がいるのかもしれない。
けれどここまで来てしまったら、何か決定的なことが無い限りもはや諦めることなんて出来ないのだ。

ほんとバカだよな、私って。
6年間毎日思っていることを今日も脳内で反芻する。


「なまえ、3限あるんだっけ?」
「心理学だよ。文学部の必修科目」
「あーそっか!やば、あたしもうバイト行かなきゃ」
「塾講師ってすごいよね、私絶対ムリだなー」
「それがさー、最近職場のイケメンと仲良くなったんだよね」
「えっ何それ、今度詳しく教えてよ?」
「はいはい、じゃあまたね!」

友人はこれから楽しい時間を過ごすというのに、私は一体何をしているんだか…。必修なのでこればかりは仕方ないけど、と足取り重く心理学の教室に入る。

いつもの定位置に座ってノートを開く。この授業は必修ではあるが、出席はたまにしか取らないので普段は人もまばらだ。しかし前回前々回と出席を取っていないせいか、今日はほとんど満席だった。みんな今日こそ出席を取るに違いないと推測しているのだろう。

授業が始まって少しした頃、隣の席に誰かが腰掛けた。あーあ、机を広く使えなくなってしまった、と心中嘆きつつ、広げた文房具をどかす。

「…みょうじ?」

不意に自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、視線をよこす。

「えっ、仁王…くん…」

隣に腰掛けたのは、紛れもなく仁王雅治だった。久しぶりに近くで見た姿は、中高と何ら変わりない。
いや、変わりなくはないかも。元々大人っぽかったけれど…更に大人っぽくなったかもしれない。
でも、どうして。だって心理学は文学部の必修であって、仁王くんは工学部のはず。

「久しぶりじゃな」
「びっくりした…。この授業取ってたんだね」
「ああ、単位埋めるためにな」

仁王くんと喋るのはいつぶりだろうか。たしか、中3最後の日にたまたますれ違って少しだけ話したから…それこそ5年ぶりとかかもしれない。
さっきから緊張して胃がシクシクいっている。けれど、ここで狼狽る姿を見せては、それこそ意識しすぎなのがモロバレで気持ち悪いに違いない。
そう踏んだ私は、授業などそっちのけで、平静を保つことに全神経を傾けることを決めた。

「みょうじは文学部だったか」
「うん。一応心理学科なんだ」
「文学部の中なら消去法で心理じゃろうな」
「ちょっとそれどういう意味!」
「いーや、別に」

どうしよう、仁王くんと普通に話せている。
嬉しくってにやけてしまいそうなのを髪の毛で隠した。
隙間から覗いた仁王くんは、少しだけ口角が上がっていて楽しそうだった。
あの頃大好きだった表情を、こんな距離で見ることが出来ている。…私明日死ぬのか?後で友人達に鬼LINEだ。

「テニス、相変わらず頑張ってるの?」
「まあな。メンバーも高校からそんなに変わらんし、気楽なモンぜよ」
「ふふ、そうなんだ。なんか…」
「あ、仁王!」

久々の会話に心躍らせていた時、背後から誰かが仁王くんを呼んだ。
彼が振り返るのと同時に、思わず私も振り返る。

「話してるとこゴメン!」
「おー何じゃ」

仁王くんに話しかけたのは女の子だった。髪の色が明るくて、サバサバしていそうな可愛い子。

「今日ゼミの教科書忘れちゃってさ、後でコピーさせてくんない?」
「俺も持ってない」
「はあ?!」
「いつも持ってきとらんし」
「仁王に聞いたあたしがバカだった、もーいい」

女の子がそう言い放ったのち、仁王くんは「さっき何か言いかけたか?」と私の顔を覗き込んだ。
ううん何でもない、とかぶりを振って、私は黒板に視線を戻す。

勘違いしてはいけない。
所詮私は3ヶ月付き合っただけの、いやもしかしたら仁王くんの中ではカウントされていない存在かもしれない。

私が黙ったのを見て、仁王くんが口を開いた。

「5限ゼミとかいう気が重ーい日なんじゃ、火曜は」
「うんうん、それはほんとに気が重いね」
「じゃろ?てことで空きコマ、付き合わんか?」
「うんうん…って、え?」

勢いで頷いてしまったけれど。まさかの提案に驚いて聞き返すと、仁王くんは頬杖をついたままクスッと笑った。


[ 13/16 ]
[*prev] [next#]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -