千石清純という男ほどに、調子の良い奴を見たことがない。

相手が女の子とみれば、初対面だろうが手当たり次第にひとまず口説く。ひとしきりペラペラと喋り倒したあと、「だから俺とデート行かない?」と続けて女の子を遊びに誘うまでがセット。
彼が、女の子を口説くのは俺にとってマナーみたいな感じだよ、と言ってのけたときは心底引いた。アンタ何歳?と自分でも驚くほど低い声が出たのを覚えている。

千石は入学時から凄く目立っていた。1年生のときに同じクラスだった私は、席替えで初めて千石の隣の席になった。あのかっこいいって噂の千石くんかーなんてわずかに浮ついていた私は、彼と席を並べて一日で席替えのやり直しを切望した。
奴は本当にうるさくてしつこくて、公言している通り常に女の子のことを考えている。おまけに自分がモテることを自覚しているのが厄介である。私が適当に話を流しても、めげずに次から次へと話のネタを見つけては話しかけてくる。一年の頃の私は、たまに暴言を投げかけては千石に「ひどいなあ」と苦笑いされていた。

三年になって、千石清純とまた同じクラスになった。
二学期になり、何の因果か再び隣の席になった私は、千石のあまりのブレなさにもはや感心した。

「みょうじさんの隣、懐かしいなあ!ね、記念にデートしようよ」

この男はすごい、一年生ぶりに話した女にさえこれである。

「千石ってほんとすごいよね、いやほんとすごい」
「いやいや、そこ感心されても困るんだけど…」
「先生ー!席替えてください!」
「ちょっとひどくない?!うそうそ、何でもないです先生!」

クラスメイトは千石と私のやり取りを見て笑う。席替えをして1ヶ月も経つと、もうすっかりこんなのが我がクラスのネタとして定着してしまった。

「みんな完全に面白がってる…」
「あはは、そうだねぇ」
「見せ物じゃないのに…お金取ろーかな?」
「おっいいねぇ、夫婦漫才みたいで!相性ぴったりだしね、俺たち!だからやっぱり一回デートしない?」
「あ、ゆりちゃーん後で借りてた漫画返すねー」
「もー無視しないでよみょうじさんー!」

いやするわ。
ゆりちゃんと漫画の話したほうが有意義ですよ。





9月のとある日。
委員会が終わりそのまま帰ろうとして、明日提出の課題ノートを机の中に忘れていることに気づいた。

一緒に帰ろうと約束していた友達に先に帰るよう伝え、教室に戻る。
教室に一歩歩み入ると、そこには席に座って窓の外を眺めている千石の姿があった。

「あれ、千石?何してるの?」
「え、みょうじさんじゃん!キミこそどうしたの?会えちゃうなんてラッキーだなあ!」

いつもと変わらぬ千石に苦笑しつつ、机の中のノートを取って鞄にしまう。
なんだ忘れ物か、と呟く千石に頷くと、彼は私の手首を引いた。

「まぁまぁ、ちょっと座ってよ」
「え?なんでよ」
「いーからいーから!」

千石は私の手首を掴んで離さない。仕方なく席に座ると、千石は満足そうに笑った。

「何してたの?部活は?」
「やだなあ、俺、一応引退してるからね」
「そっか、そうだったね」

我が山吹中男子テニス部は、全国大会にまで出場している強豪だ。途中で負けてしまったと聞いたけど、千石はたいそう活躍したらしい。

「で?今ここで何してるの?」
「ハハ、みょうじさんグイグイくるねぇ」
「だって気になるじゃん。千石、特に委員会とかも入ってなかっただろうし」
「えっ俺に興味出てきたかんじ?嬉しいなぁ!」
「帰ろっかな」
「あーもうそうやってつれないんだから」
「で?何してたの」

お決まりのやり取りの後で千石は、うーん…と言葉を探しているようだった。言いづらいことなのだろうか。

「部活、一応まだあるにはあるんだよ。後輩指導のためにたまに顔出す感じで、毎回じゃないんだけど」
「うん」
「今日も行くつもりだったんだけど…なんていうか、途中でやめとこっかなってなっちゃって」

今ここにいるってわけ、と千石は付け加えた。頬杖をついて、虚空を見上げている。
無意識なのか、普段明るい彼が深く溜息をつく様子を見ると、見た感じよりもずっと参っているのかもしれない。

「やー、そりゃなるでしょう。あれやろうやっぱりやめとこうなんて、私毎日思ってるよ」
「ハハハ、そうだよねえ」

千石はそれ以上多くは語らなかった。
わかっている。あんなに部活漬けだった千石の抱えている問題が、きっとそう簡単なことではないんだろうということは。

いわゆる、燃え尽き症候群というやつ?
けれどまあ、そんなこと私にはわからない。いつも教室でしょうもないやり取りをするだけの関係性の男の子を慰める方法など、もっとわからなかった。

「…消しゴムサッカーでもする?」
「あはは!何それ?気遣わなくていいよ」
「にしても消しゴムサッカーしか出なくてごめんね」
「みょうじさんらしくて笑っちゃったよ」

千石を横目で見遣る。
なんだ、黙ってたらやっぱりかっこいいんじゃん。

なんか、千石清純にはいつも笑っていてほしいかもしれない。
何となくそんなことを思った。

呆れてしまうほどのお調子者ではあるが、一年のときから彼といると楽しいと感じているのは事実なのだ。
そんなふうに思ってしまったせいか、私はちょっととち狂ってしまったみたいだ。

「……じゃあ、手でも繋ぐ?」
「へっ?」

突然の私の言葉に、千石が頬杖をついていた手をズルっと滑らせる。
目を丸くした千石は、柄にもなく動揺していた。

「えっ、手…って、俺の手?みょうじさんの手と?」

ちょっとそんなに細かく聞き返してこないで。

千石ならば、え?マジ?ラッキー!つなぐつなぐ!と喜ぶか、もしくは慣れていそうなものだから、じゃ遠慮なく、なんて返ってきそうなものだと思っていたから、余計に恥ずかしい。

「やっぱり何でもない!」
「わ、待ってごめん!ちょっとびっくりしすぎちゃってさ。キミがそんなこと言うと思わなくて」

千石はちょっと照れながら、嬉しそうに頬を掻いた。

「はい、是非ともよろしくお願いします!」

そう差し出された左手は、骨張っていて思ったよりも大きくて、意図せず心臓が跳ねた。

逡巡しつつもそっと握ると、千石は私の手を確かめるように握り返した。
心臓が口から飛び出そうで、私は視線を逸らす。たまらず千石が口を開いた。

「あー…な、なんていうか、照れるね」
「…言わないで。今絶賛後悔中だから」
「後悔なんてひどいなぁ」

嘘。後悔なんてしていない。右手と顔に熱を感じながら俯く。
千石と私は、しばらくそのままで黙っていた。言葉こそ交わさないが、気まずさというより心地良さがそこにはあった。不思議な時間だった。

そうして数分経ったころ、千石がぼそりと呟いた。

「みょうじさんってさ、彼氏とか…いなかったよね」
「何、急に」
「俺も、今いないんだよね。彼女」
「知ってるけど」
「うん、だから…キスしてもいい?」
「……は?」

千石の突拍子もない提案に、俯いていた顔を上げる。千石の視線はがっちりと私を捉えていた。

「やっと顔上げてくれた」
「な、何言ってんの!」
「うん、ゴメン。でもさ、みょうじさんとこうして手繋いでたら何か……可愛いなあ、したいなあ、って思えてきちゃって」

だから、いい?

まっすぐ見つめられて、私が何か答える前に千石が動いた。

触れるだけのキスは、一瞬ではあるがそれだけで唇がチリッと熱を帯びた。
唇が離れたあと、手を繋いだまま千石が意地悪く笑った。

「しちゃったね」

……千石清純という男ほど、調子の良い奴を見たことがない。
千石は繋いでいた手を解いて、さらに体を寄せた。

「もう一回、してもいい?」

もはや頷くことしか出来ない私の後頭部に手を回し、千石はもう一度唇を寄せた。
角度を変え、啄むようなキスを何度も重ねる。千石の制服を掴む手に力が入る。

唇が離れ、千石を見上げると、彼はひどく官能的な表情を浮かべていた。

あ、やばい。これはいくところまでいってしまうかもしれない。私は千石から距離を取る。

「きょ、今日はここまでということで…お願いします!」
「えーっ嘘でしょみょうじさん!」
「だめ!終わり!もうしない!」

そうそっぽを向いた私を見て、千石がプッと笑う。

「みょうじさんって、可愛いなとは思ってたけどさ。こんなに可愛い子だったんだね」
「…そう言う千石も、思ってたより可愛くて驚いたんだけど?」
「え、可愛いって何?!そんなこと初めて言われたんだけど!」

慌てふためく千石を尻目に、私は鞄をひっ掴んで席を立つ。
とてもじゃないが恥ずかしくてこれ以上ここにはいられない。

「待って待って、本当にこれでおわり?」
「おわり!!じゃあまた明日!」
「えーっ!」

心底残念そうに眉毛を下げる千石を見ていたら、ちょっと笑えた。私の中で悪戯心が芽生える。

何故笑われたのかわからない、というような複雑な表情を浮かべている千石の、制服の襟元を掴んで引き寄せる。
唇の少し横にキスを落とした。

「じゃあね!」

そう言い残して、私は教室を光の速度で立ち去った。

去り際に視界の隅に入った千石は、見たこともないくらいに顔を真っ赤にしていた。


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