ジェイルク編 1

一年の中で、この日は一番めんどくさい。正直、顔も知らない女から貰ったチョコなど、食べる気にもならない。いや、顔を知っていたとしても、義理だろうが本命だろうがチョコなどいらないし、そもそも甘い物が苦手なジェイドにとっては苦痛でしかない。だが受け取らなかったらごちゃごちゃとうるさくて余計に面倒になることを知っているから、今までは笑顔で受け取ってさっさとひがんでいる男どもに無理矢理くれてやっていたのだけど。

30年以上も生きてきて、初めて好きになった女性と恋人という関係になってからは、一切受け取ることはなくなった。彼女のものなら、例え甘ったるいものでも食べたいと思うぐらいには、惚れているのだと思う。

「カーティス先生!これを受けとってください!」

やっと(無理矢理だけど)もぎ取った休憩だというのに、これ幸いとチョコを持ってくる看護師や患者達。特に看護師の方は、仕事中だということを忘れているのかとイラっとくるが、微塵にも見せずに答える。

「申し訳ないですが、恋人がいるので受け取ることは出来ません」

例え義理だったとしても、誤解を与えるようなことはしたくないので一切受け取らない。年々、同じ言葉を言うので持ってくる数はだいぶ減ったのだけど、未だに諦めない女がいるのだ。それにたいていはこう言うと、諦めて引き下がってくれるのだけど、時々いる厄介なのは。

「私の方がカーティス先生を幸せにできます!これでも実家は裕福ですし、家事は得意です!お試しでも遊びでもいいですから、一度だけでも」
「お断りします。彼女一筋なので、浮気をしようなど思ったこともありませんし、したくもありません。なので、お引き取り下さい」

それでも、と食い下がってくる女。何故にこんなに自信満々なのか理解不能だ。その根拠はどこからくるのかと毎回思う。語られるのが面倒だから聞かないけど。

「…なら、はっきりと言いましょう。しつこい女も甘い物も興味ありません。さっさと持ち場に戻りなさい」

冷たく言い放つと、女が途端に泣きそうになる。ああ、今日は本当に面倒だ。誰がこんな日を作ったのか。張り倒したくなる。

面倒な女と話していて余計に疲労がたまっているジェイドだったが、一瞬ピョンと跳ねた朱色の髪が見えた気がした。死角に隠れているようだが、その気配が誰のものか気付いた途端、今まで憂鬱だった気分が一気に上昇する。我ながら単純になったなと思わないでもないけど。騒ぐ女共の声なんかもう聞こえていないジェイドは、ただ真っ直ぐにその人物の元へと急ぐ。

「ルー、来てくれていたのですか?」

声をかけると、ビクンと体を震わせて恐る恐るこちらを振り向く。上目遣いで泣きそうになりながらも見つめてくるのは、たった一人の愛しい女だった。

「ジェイド…」

その震えている声と、様子だけでああ聞かれてしまったかと自分に舌打ちをしたくなる。心優しい彼女には自分に言われていると思ったのだろう。ルーとあいつらではそもそも比べるものではないというのに。その重さが全く違うのだ。

「お仕事の邪魔をしてごめんなさい。これ渡したら帰ろうとしてたんだけど」

そう言って差し出してきたのは、毎年必ずくれる大きすぎもせず小さすぎもしない箱に入ったチョコだった。制服を着たままということは、学校帰りに真っ直ぐに病院に来たのだろう。今日は夜勤で、家では会えないから。ジェイドが礼を言って受け取ると、さっさと帰ろうとするのでルーを急いで引き止める。

「これから休憩なんです。だから一緒にお茶でもどうですか?」
「え、でも…邪魔なんじゃ?それにゆっくり休めないだろ?」
「いいえ、むしろルーがいてくれた方がゆっくりと休めます。ダメですか?」

こういうお願いをすると、ルーが弱いのを知っている。ズルイのは承知の上だ。だが別に嘘を言ってないし、騙しているわけでもない。ルーと一緒にいる時間は、心地よいもので仕事や今日の出来事のような嫌な気分を癒してくれるのだ。

「…ジェイドが迷惑じゃないなら、一緒にいたいな」
「迷惑なんて思っていたら最初から誘いませんよ。私の性格、知っているでしょ?」
「うん、そうだった」

ジェイドがお世辞を言わないことぐらい、長年の付き合いがあるルーにはとっくに知られている。そのことを思いだしたのか、やっとルーに笑顔が戻った。この方がずっといい。落ち込んだ表情ではなく、元気で明るい、可愛らしい笑顔を見せてくれる方が。

では行きましょうか、とルーの肩を抱いた時だった。すでにすっかりと忘れていたが、後ろからキャンキャンと目障りな声が聞こえてきたのは。

「ちょっと待ちなさいよ!!そんな小娘の方がいいっていうの!?高校生となんて犯罪じゃないっ!!それに、子供なんかよりも私の方がイイ大人よ!?あなたを満足させられる自信があるわ!だいたい、この病院のエースである先生とそんな高校生とじゃ、釣り合ってなんかいないもの!」

ビクンとルーの体が震える。見るからにしゅんと落ち込む彼女の体を引き寄せて、ルーには見えないようにしてから騒ぐ女へと冷たく視線を向ける。女が怯むが、ジェイドは構うことなく口を開いた。

「そうですね、確かに釣り合ってないかもしれません」

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