「師匠、師匠っ!居るんだろ、今すぐ回復マシン貸してくれっ。」

「何ですか騒々しい。…しかも全身びしょ濡れじゃないですか。まずは身体を拭きなさい、飛沫」

「だから俺のこたどーだっていいんだって!コイツかなり弱ってるから、早く回復させてやりたいんだよっ」

「おや、ギャラドスですか?この辺では珍しいですね。良いでしょう。ボールをこちらに。」

師匠にギャラドスの入ったボールを手渡す。簡易回復マシンが起動したのを確認した俺は、思わず溜め息を吐いた。


「ほら、飛沫。ギャラドスはもう心配要らないから、早く服を着替えてきなさい。いくら丈夫な貴方でも風邪をひきますよ。」

「あぁ、うん。んじゃシャワー借りてくるわ。細かい話は後ですっから!」

着替えはちょうど、洗濯済みの胴着があるからそれ着とくかな。師匠からバスタオルを受け取って、道場の端にあるシャワー室に向かう。夏場だから体が冷えることは無かったけど、熱いシャワーを浴びて人心地が付いた。俺は帯を締め直してから、師匠たちの待つ部屋に戻ってきた。



「さて、飛沫も何か飲みますか?この子にはミルクをあげてたんですがね」

両手でマグカップを抱えて飲むスピネルは、口の回りに白いひげを生やしながら見上げている。師匠の長い指が、それを綺麗に拭き取っているのを見て、俺も思わず笑顔になった。

「んや、俺はいいや。今日は師匠に挨拶に来たんだよ。明日から、俺たち旅に出ることになったからさ!んでこれ、門下生の皆で食ってよ」

バックから西瓜を取り出してテーブルに乗せる。眼鏡の奥の目が少し見開かれたあと、師匠はゆるりと微笑んだ。その表情のまま頭を撫でられるのはだいぶ気恥ずかしい。でも俺はこーゆうのも嫌いじゃないから、大人しく撫でられていた。

「そうですか、頑張ってきなさいよ。因みに飛沫は、どの地方を回るつもりなんですか?」

「ジョウト、かな。ここから水道渡って行けそうだし。」

「そうですねぇ。なみのり・うずしお・たきのぼりが使えれば、スムーズにワカバに着くと思いますよ。手持ちにするなら、ギャラドスあたりはオススメですよ?」

師匠がチラリと視線を流す。そのタイミングで、ギャラドスの回復が終わったアラームが鳴り出した。


「そーなんだけどさー。でも、回復したら逃がすって約束したんだよ。コイツに。だから水ポケはこれから探すつもりなんだわ」

俺はゆっくりボールを手に取り、中のギャラドスと目を合わせる。改めて近くで見ると、澄みきった青い鱗と赤い瞳が綺麗だと思った。

「まあ、飛沫なら大丈夫ですよ。きっと。これは私からの餞別です。」


師匠が俺に渡したのは2通の封筒。ハテナマークを浮かべた俺に、師匠は中を開けてみるように促す。ひとつはジョウトカントーの裏道も載っている詳細地図。もうひとつは、ジムリーダー・シジマへ宛てた紹介状だった。

「タンバのシジマさんはジムリーダーの傍ら、格闘道場も経営なさっています。もし興味があるようなら、腕試しをしてみたらいかがですか?」

師匠は有無を言わせない笑顔で俺を見た。つまりこれは、そのジムに挑むまで今のレベルを落とすんじゃねえぞという無言の圧力。

…上等じゃん。これから強いやつと出会えるって思うだけで、ワクワクするってもんだ。高らかに意思表明してから、俺たちは道場を後にした。



「じゃ、ギャラドスも元気でな。今度は流されてくんじゃねぇぞ?」

川辺に立ってギャラドスをボールから出した。そのままボールを壊して逃がそうと思ってたけど、予想外の行動に手が止まった。俺に大きな頭を寄せながら、胴着の袖を軽く噛んで引っ張る。まるで、俺たちを川上に連れて行きたいみたいな。

「何だなんだ!?お前についてけば良いのか?」

そう問えばギャラドスは大きく頷いた。すっと離れたかと思うと、こちらを振り返りながら上流を目指して泳いでいく。足元のスピネルと視線を交わしたあと、俺たちはギャラドスを追って歩き出した。この川は蛇行しながら、トキワの森を突き抜けて流れてきてる。しばらく歩いて、ギャラドスが止まっていたのは森が始まるあたりだった。川の向こう岸には、1匹のピカチュウが心配そうにうろうろしていた。

ギャラドスが近付くと、ピカチュウが駆け寄る。2匹で何か話してるみたいだったけど、俺にはピカチュウとギャラドスの鳴き声にしか聞こえない。とりあえずこの2匹は知り合いだったんだな。俺は微笑ましく見守っていた。そうこうするうちに、ギャラドスがこちら側に戻ってくる。まだポカンとする俺に構わず、彼女は自分からボールの中に吸い込まれていった。

「…じゃあ、改めて宜しくな?カヤ。これから楽しい旅にしようぜっ!」

ボール越しに目を合わせて笑い掛ける。思いがけなく、仲間が増えた瞬間だった。


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