結論から言うと、スピネルはバイクという乗り物を大層気に入ったみたいだった。初めのうちは慣れないスピードにおっかなびっくりだったけど、少しずつ回りを眺める余裕も出てきた。…興奮しすぎてバイクのカゴから立ち上がりかけた時には、流石に俺も怒ったけどな。

俺は小包を届けるだけじゃなくて、町の人にも結構話しかけるタチだ。今日の配達リストの一番下には、トキワのフレンドリーショップが書いてあった。ここは2階が自宅になってる店だから、朝早いけど店長が掃除をしていた。小包を渡して、ついでに明日から旅に出ることもさらっと話してみる。すると店長は、「飛沫くんに餞別だよ」と言ってモンスターボールを6つもくれた。ラッキー。


店長に丁寧にお礼を言ってから、ボールをバッグに仕舞う。けど束の間考えて、ひとつだけボールを手に取ってみた。

「あー、スピネル。せっかくだし一度ボールに入ってみっか?…まぁすぐに出すし、正式に俺の手持ちになる準備みたいなもんだから。」


ボールを片手に持ったまま、スピネルをカゴから下ろしてやる。トレーナーカードはもう出来てるはずだし、後でポケモンセンターで貰ってこよう。そんなことを考えながら、スピネルの前に膝をついた。

ボールをスピネルに向けてから開閉スイッチを押す。スピネルは赤色の光線に包まれ、ボールの中に消えていった。1回、2回、3回。小刻みに揺れていたボールが静まり、捕獲完了したことを告げる。

俺は手の中のボールをひと撫でしてから、改めてスピネルを呼び出した。出てきたスピネルは大きく伸びをして、またバイクによじ登ろうとしはじめた。どんだけ気に入ったんだ、こいつは。

思わず苦笑しながら、スピネルをカゴに入れてやる。もう一度店長にお礼を言ってから、家に帰ろうとバイクを走らせた。



無事に家に着いて朝飯を食ったあと、そのまま午前中の仕事に取りかかる。午後は旅の準備で買い出しに行きたかったから、引き延ばさないようにいつもよりずっと集中してた。その間スピネルはと言うと、家で留守番してるカイリューとリザードンに預けてきた。結果的に親子水入らずで過ごせたし、お互いに良かったんだと思う。

「なぁ飛沫。買い出しすんのはどーせタマムシだべ?したら、トキワのお師匠さんにもちゃんと顔出ししてくんだぞ」

風呂上がりでさっぱりした俺に、親父が声を掛けてきた。…ヤベェ、師匠のこと忘れてただなんて絶対言えねぇ。

「うん、デパートで菓子折りでも買って挨拶してくるわ。そっか、旅に出たら、師匠の稽古もしばらく受けられないのかー。体鈍りそうだなあ」

師匠はトキワにある道場の師範をしている人で、俺と雫は小さい頃からそこで合気道を習ってきた。俺は今でも週3ペースで通ってるから、その習慣が無くなるのは何か寂しい。


昼飯を口に運びながらそう溢すと、隣にいた雫に笑われた。

「とか言って帰って来たときに今より弱くなってたら、絶対師匠に怒られるよー?せっかくお兄ちゃん強いんだしさ。」

師匠は飴と鞭の使い分けが絶妙だと思う。だから教え方は上手いけど凄く厳しい人ってことでも評判になっている。例えば休みの日の自主練をサボった時は、問答無用で怒られた。まぁその後のフォローとか、門下生を誉めて伸ばす師匠はさすがだなって思ってたけど。だから今では、自主練も俺の生活の一部分になっている。

「確かに、組手なんかは実践しないと感覚が鈍るしなぁ。ま、その辺も含めて師匠と話してみるわ。ごちそうさまー」

自分の食器を片付けてから、一度自室に戻る。今日は暑いしTシャツにジーパンにすっかな。

身支度を整えてから居間に下りると、お袋がスピネルを膝の上であやしていた。

「そや飛沫。お師匠さんとこに行くんなら、それも渡してきてぇな。そのバッグなら割れる心配もないやろう?」

言いながらお袋が指差したのは、大きくて艶やかなスイカだった。うちの農園では、今年は特に出来が良い。挨拶の品はこれだけでも十分だと思いつつ、玄関に続く戸を開けた。

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