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水道を渡り終えて、十数分ぶりの地面を踏みしめる。快適な移動を手伝ってくれたカヤを労いながらボールに入れた。肩に乗っけてたスピネルはと言うと、勝手に飛び降りて先に行こうとしていた。

「なんだってお前はせっかちだなおい。迷子になっても探してやらんぞ?」

口ではそう言ってみるけど、俺の顔は緩みきってるに違いなかった。まぁこの年で親バカかよって言われても、多分反論出来ないわな。俺は少し前で尻尾をパタパタ振っているスピネルに追い付こうと、歩くスピードを上げていった。

「へぇ、こぢんまりっつーか、長閑なとこだな。…雰囲気がマサラに似てる気がするわ」

ぐるりと周りを見回しながらそう呟けば、スピネルも同意するように小さく鳴いた。目に入るのは幾つかの民家と果樹や花壇、商店街とまではいかないけれど個人経営の店舗がちらほら。ここにもポケセンは無いようだから、夜までに次の町に行くか野宿をするかを考えないといけなそうだ。


ぼんやりと悩み始めた頃、ふと鼻先を掠めたのは香ばしい香りだった。小さな喫茶店で出しているコーヒーの香りらしい。ポケギアで時間を確かめれば、午後3時を回ったところで。そういや俺たち、昼飯も食ってなかったよな。さっきつまんだ木の実だけじゃあ流石に腹持ちしないし、タイミングよくスピネルの腹の虫が鳴いたから。俺たちはその喫茶店で、遅めの昼飯を取ることにした。

扉を押し開けると、涼やかなドアベルが俺たちを出迎えた。店内は柔らかな光で満ちていて、初めて来たような気がしないほど居心地の良い空間が広がっている。

「いらっしゃいませ、お兄さん。どちらの席になさいますか?」

「あー、じゃあそこの窓際良いですか?日当たり抜群だし、カウンターもよく見えるし。」

出てきた女性店員は、にこやかに案内してくれた。お袋と同じくらいの年代だが、物腰柔らかでホッとする笑顔が素敵な人だ。


流石にここでカヤを出すわけには行かないから、お土産用のシュークリームとサンドイッチを1つずつと、あいつが好きそうなのを頼むことにした。今日の日替わりケーキはモモンのタルト。ここのスイーツはみんな甘さ控えめで、ポケモンに食べさせても大丈夫らしい。

メニューを見ると、昼のランチセットの時間帯は終わってしまったらしい。俺は単品でローストビーフサンドとオリジナルブレンドのコーヒーを注文した。

すぐに出てきたサンドイッチは、焼きたてバケットを丸ごと使った豪快なもので。とても食べごたえがありそうだ。ナイフとフォークを使うのももどかしく、俺は包み紙を持ってかぶり付いた。

「おぉ、このサンドイッチ旨っ!」

思わず感動していると、隣にいるスピネルがジト目で見つめてきた。苦笑しながら、一口大にしたやつを渡してやる。両手で抱えながらまぐまぐと食べる姿は、見てるだけで癒される。時々口の端に着いたソースやパンくずを落としてやりつつ、俺も存分に味わっていた。

『お兄さん良い食べっぷりだねぇ。見てる此方まで嬉しくなってしまうよ!』



「あ、ありがとうございます?だってほんと美味しいっすもんこれ!コーヒーもタルトも絶品ですしねー。」

深い焦茶色の髪と目をした男性店員が話しかけてきたので、俺は正直な感想を口にした。人懐っこそうな笑みが、顔中に広がったのが印象的だ。

スピネルにもタルトを食べさせながら、最寄りのポケセンについて聞いてみた。となり町まではかなり距離があるらしい。やっぱり今夜は野宿かな。そんなことを考えていたら、彼から意外な言葉が飛び出してきた。

『もし君さえ良ければ、うちに泊まっていったらどうだい?涼宮農園さんには、いつもお世話になってるからねぇ』

「え、うちのこと知ってたんですか!?いつもご愛顧ありがとうございますっ」

『お客様からとっても好評なんだよ、君んちで作る野菜は。それに、ここのマスターは君のお父さんとも知り合いだしね』

やっぱり世間は狭いもんなのかもしれない。旅に出た初日に親父の知り合いに会うなんてな。カウンターの奥にある厨房から顔を出したのがマスターらしい。厳めしい顎髭を蓄えた彼は、俺に向かって軽く手を上げた。俺は慌ててお辞儀を返して、ありがたいお誘いを受けることにした。


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