「はー。いよいよ初出社か・・・!」

雫はとあるビルを見上げて武者震いをしていた。今日は[メディアワークス・ゴゴサンジ]の入社式であり、彼女にとっても記念の日なのである。

『あー!雫おはよーっ。お互い受かっててよかったじゃん!』

「・・・ったぁ。ハナちゃん力強いんだから、手加減してってばっ」

勢いよく背中を叩かれ、思わず咳き込む。苦笑いで振り返った先には、黄緑色のツンツン頭の女の子が立っていた。彼女はキレイハナのハナ。雫の同期に当たる新入社員である。入社試験中もよく言葉を交わしていたため、だいぶ気心が知れている。

『ワリかったってー。それよりさ、あそこにいんのってリオっぽくね?』

ハナは一向に悪いと思っていない顔で笑い、エレベーターの辺りを指さした。確かに雫も、あの後ろ姿には見覚えがあった。瑠璃色の癖っ毛に、所々黒が混ざっている。

「うん、リオくんっぽい!ちょっと行ってみようか。」

2人でニヤリと笑ったあと、足音を殺して背後に近づく。真後ろに立ってから、左右から急に背中を押した。

『っうわぁ!?何ですか・・・って、君たちか。驚かせないでくれよ。』

盛大に驚いたあと、2人の顔を見たリオは疲れたように溜め息を吐いた。彼も[ゴゴサンジ]の新入社員である。

「リオくんおはよー。これから一緒に働けるの、嬉しいよ!」

『リオはからかうと面白いかんな。どーぞよろしくなー』

『君らは自重ってものを知らないのか・・・。ま、よろしく頼むよ』


3人で仲良くエレベーターに乗り込む。雫たちが働く職場は、このビルの6階と7階に入っているのだ。軽やかな音が響き、エレベーターのドアが開いた。

『もう着いたようだな。今日からここが、おれ達の職場だ。』

『ドキドキっていうか、わくわくするわな!まさにスタートラインって感じで!!』

「じゃ、・・・ドア開けるよ?」

大きく息を吸い込んでから、雫はドアノブに手を掛けた。ガチャリと回して中に入ると、ほぼ全てのスタッフが揃い、和やかに談笑していた。

『『「おはようございます!」』』

大きな声で挨拶したところ、全員の目がこちらに向いた。するとすぐに、栗色のショートボブの女性が近付いてきた。

「おはようさん、新人諸君。うちは五十嵐光流いうねん。光が流れるって書いてひかる、な。朝会始まる前に渡すもんがあるさかい、こっち来てなー。」

光流は3人の前でそう言った後、荷物のある机に向かって歩き出した。雫たちは顔を見合わせてから、急いで光の背中を追い掛ける。

「まず、社員証とデジカメな。この2つは肌身離さず持っときぃ。んで取材ん時につける腕章と、ボイスレコーダー、ノートパソコンも支給やから。最後にロッカーとデスクの鍵。それぞれに付けるネームプレートも渡しとくわ。」

次々と渡される荷物を、3人は目をしばたかせながら受け取っていく。一通りの説明が終わると、光流はにっこりと微笑んだ。

「とりあえずはこんなとこやね。あとは習うより慣れろ、やから。・・これから一緒に頑張ろうな。」

『おーし野郎共、集まっとるな?朝会すんぞー!』

光流の言葉が終わらないうちに、奥のドアが勢いよく開いた。出てきたのは[ゴゴサンジ]の社長である。最終面接では社長直々の面談だったので、雫たちも覚えている。トレードマークなのだろうか、ピンクのジャケットと紅白のマフラーが今日も眩しい。社長の周りにわらわらとスタッフが集まり出す。彼女たちもその輪に加わった。

『今日は各自の締め切りに向けて作業に励め!一仕事終えたら、新人の歓迎会もかねて花見に行くから帰らんようにな!!連絡事項はこんなもんや。・・・あとは、自己紹介でもしてみるか?』

社長が首を回してこちらを見た。雫たちは少し躊躇ったあと、スタッフの前に進み出た。

「涼宮雫です。早く仕事を覚えて、一人前になれるように頑張ります!」

『キレイハナのハナです!今もめっちゃワクワクしてます。皆さんと面白い雑誌を作りたいです!』

『ルカリオのリオです。先輩方から技術を盗みつつ成長したいと思っているので、ご鞭撻のほどよろしくお願いします。』

3人が揃って頭を下げると、スタッフ一同から拍手が送られた。それが静まったあとで、社長がもう一歩前に進み出た。

『自分らはもうワイの顔も覚えてるやろ?せやけど改めて自己紹介させてーな。ワイはヤドキングのヤグっちゅうもんや。この[メディアワークス・ゴゴサンジ]の社長をやっとる。ここでは年も肩書きも関係あらへん。ワイらとおもろいコンテンツを作ろうやないの!…ワイからの言葉は以上や。』

簡単な祝辞のあと、新入社員一人一人と力強く握手をして入社式は終わった。スタッフ全員で社訓を復唱して、それぞれの持ち場に散っていった。雫達は社長改めヤグの案内で、仕事内容の説明を聞いてまわった。そうこうしているうちに時間は過ぎ、あっという間に昼休みとなった。

「一口に出版社って言っても、いろんな仕事があるんだねぇ。改めて思い知ったよ。」

『そーさね。特にここは、【全員がすべての仕事を出来るように】がモットーだから。これから頑張らないと、だな!』

『ま、それも面白いじゃないか。おれは自分を鍛える場として、この環境を活用して行こうと思ってる。』

ビル屋上で昼ごはんを食べたあと、再び戻ってきた雫たち。午後はヤグから言い付けられた、広告折り込みの作業に没頭していた。ずっと同じ姿勢で作業していたため、雫は首や肩の疲れを覚えた。その場で大きく伸びをして、何気なく窓に目を向けてみる。

すると、小さなアゲハントがオフィスに入ってきたのに気付いた。ひらひらと舞うアゲハントは、どんどん部屋の中心に移動しヤグたちの頭上で浮遊している。ぼんやり眺めているうちに、アゲハントは 目映い光に包まれた。

『ヤグっさん!アゲハやりましたよ!ラジオ塔でロケット団解散の瞬間、激写ですっ』<

瞬きした束の間、そこに現れたのは一見ギャル風の若い女性である。金に近い茶髪をばっちりセットし、黒と金を基調とした服を着ている。新人たちの戸惑いをよそに、スタッフたちは急に活気付いた。

『おっしゃ、アゲハよーやったなぁ!・・いいか野郎共っ。この最高な素材の鮮度、絶対落とすんじゃねーぞ!大急ぎで号外刷って、ジョウト全土にばらまくで!!』

ヤグはアゲハの肩を叩きながら、スタッフ全員に向かって発破を掛ける。それに応えるスタッフたち。オフィスは一気に慌ただしく動き始めた。

「・・・え、ラジオ塔で何があったんですか?あたしの知人がそこで働いているんです。」

やっと我に返った雫はアゲハに尋ねてみる。他にも聞きたいことはたくさんあったが、翔平の安否を確かめるのが最優先だった。

『ロケット団のバカどもがラジオ塔を乗っ取ってね、組織の復活宣言をラジオで流してたのよ。まぁ、とあるトレーナーさんがやっつけてくれたんだけどね。…職員さんたちはみんな無事よ。ポケモンの技で眠らされてただけみたいだから。』

…自分はどれだけ不安そうな顔をしていたのだろうか。アゲハは雫の頭をくしゃりと撫でて、笑いながら教えてくれた。事実、その言葉を聞いた雫は、足の力が抜けそうになった。大わらわのオフィスをそっと抜け出し、静かな廊下の壁にもたれてしゃがみこむ。少し震える指でポケギアを取りだし、ゆっくり翔平の番号をダイアルする。3回コール音を数えたあとで、いつもと変わらない様子の翔平が出た。

「しょ、翔平さん大丈夫なのっ!?ロケット団がラジオ塔占拠したって聞いて心配で!」

《おー、雫か?わいらは全員無事や!さっき弥生と奈緒も電話くれてなぁ。みんな無事やし元気やから心配すんなやー》

「そ、か。ほんと良かったぁ・・・!今ね、うちの会社で号外作って配るんだって。先輩たちみんなバタバタしてるよ。」

《ははは、さよかー。なら折角の記念やさかい、わいらにも一部貰ってきてや》

どうにか声の湿り気は飛ばすことができた。号外を一部持って帰ることと、もしかして歓迎会で時間が遅くなるかも知れないことを伝えてポケギアを切る。オフィスの中から、号外完成に沸くスタッフたちの歓声が聞こえてきた。配り歩くのに駆り出されるのももうすぐだろう。雫はひとつ溜息をついてから、目元をそっと拭って立ち上がった。



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