現在の時刻は午前9時半。雫と奈緒は、日用品を買い揃えるためコガネデパートへ向かっていた。日曜日ということもあり、自然公園にはバトルや散歩を楽しむ人たちも多く見られる。時々声を掛けてくるトレーナーをかわしながら、2人でゆっくりと歩いていった。

「雫はん、明日の入社式はスーツ着て行きはるの?」

「んや、なんか私服でイイみたいよ。人数少ないとこだから、普段から私服で良いんだってさー。」

「そうなんや…意外やねぇ。とにかく今日は、気に入るのが見つかるとええね。」

「ありがとー!じゃ、先に自転車見にいこ?ミラクルサイクルの場所、案内してほしいな。」

「ほな、このまま真っ直ぐやね。コガネ百貨店のすぐ隣にあるさかいに。」


コガネシティに到着した2人は、先にミラクルサイクルに立ち寄ることにした。扉を開けると、沢山の自転車に囲まれた店主が、整備作業に明け暮れていた。


「店長はん久しぶりやなぁ。今日はお客さん連れて来たぇ。」

「おや、奈緒ちゃんじゃないの!そっちのお嬢ちゃんもいらっしゃい!」

「この引換券を頂いたんですが…、使えますかね?」

にこやかな店主に、貰った引換券を見せる。確かほぼすべてのモデルと引き替えることができるはずだった。

「OKオーケー。向こうの奴から好きなの持っておいで。試乗しても良いからね!」

店主の許可がでた後、2人で自転車のそばに移動する。雫は色々確かめながら、シンプルな黒の自転車を選んだ。車体に入ったピンクの桜柄のモチーフがお気に入りである。引換券と交換に諸手続を済ませ、すぐに乗って帰れるようにして貰った。

「ご利用ありがとうございましたー。何かあったら、いつでもおいで!」

店先で手を振ってくれる店主に見送られて、2人はミラクルサイクルを後にした。

「可愛らしいのがあって良かったねぇ。荷物もぎょうさん積めそうやしな。」

「ほんとラッキーだったよ。今日はいっぱい買い物しても大丈夫だねっ!」

2人で笑いながら百貨店へ向かい、駐輪場に寄ってから店内に入る。1階の案内図を見て、まずはエレベーターで5階まで上がることにした。
コガネ百貨店の西フロアはトレーナー向けの道具がそろっているが、東フロアには生活雑貨なども数多く販売されている。5階の衣類売場で2人がまず立ち寄ったのは、春物コーナーである。

「自転車で通勤ったって、スカートでもアリだよねぇ?こーいう汚れにくい素材の奴とか。」

雫が考えながら手に取ったのは白いジャケットとフレアスカートのセットアップ。スカートは膝丈で動きやすい上に、防水防汚加工が施してある優れものだ。


「ええと思うわ。着回すのにも重宝しそうやし。あ、これ雫はんに似合うんやない?」

奈緒が勧めてきたのは、紫色のブラウス。襟元と裾には白いラインステッチと控えめなレースが入っていて、胸元にはリボンタイが付いている。

「あ、イイねそれ!大人カワイイ感じでさっくり着られそう。」

雫はそれを受け取り、買い物かごの中に入れた。その後自分でも、シャツと羽織ものをチェックしてみる。最終的には青いストライプと無地のシャツを1着ずつ、黒の薄手のカーディガンと、オレンジのベストを1着ずつ買うことにした。

「旅してる間とか学校行ってるときは、あんま服とか気にしなかったけどさ。…毎日着るもの考えるって、楽しいけど大変だよねー。」

「そやねぇ。逆にうちは、いっつも舞子の着物やろ?やからたまに遊びに行くとき困るんやわ。どないしよって。」

「確かになぁ。あー、これ奈緒に似合いそうだよ?紫のワンピースに黒で蝶のプリントがしてあるやつ。」

2人は互いに服を見立て合ったり、冗談をいいながら買い物を続けた。その後ボトムスや春用の上着、下着や靴なども選んでからレジへと向かった。

「あとは、物干しハンガーとかラックが欲しいなー。下の階見に行ってみても良い?」

奈緒に断りを入れてから、一緒に階段で4階に下りる。まずはお風呂コーナーで立ち止まり、物色を始めた。雫はハンガーや組立式のポール、洗面器をかごに入れていく。

「こういうのって、見とるだけでも楽しゅうなるなぁ」

奈緒はその横で、入浴剤を眺めてニコニコしている。タオルやスポンジなどを選びながら、雫もその言葉に頷いた。ふと棚に目をやると、月と桜モチーフのボトルが目に留まる。せっかくなのでピンクとオレンジのものを2つと、同じデザインの青い石鹸ケースをセットで買うことにした。ひとまずレジを通してから隣のドラッグストアコーナーに移動し、詰め替え用のシャンプーリンスや、石鹸・化粧水などを買い込んでいく。

「あー、いっぱい買ったなぁ!!…そろそろお昼時だし、ご飯食べてかない?」

「ええよ。ほんなら2階のフードコートに行ってみよか。ここのご飯はみんな美味しいんよ。」

そのまま2階まで下りてフードコートに向かう。とりあえず空いている席を確保してから、行列に並んだ。因みに、2人が選んだメニューはオムライスである。料理を受け取り席に戻る途中で、奈緒が唐突に声を上げた。

「あら、アールくんとグレイくんやないの。良かったら、こっちで一緒に食べへん?」

奈緒が声を掛けたのは、2人の高校生ほどの少年である。ひとりは艶やかな黒髪に黄色のメッシュ、もうひとりは鮮やかな水色の髪に紺のメッシュを入れていた。受ける印象は正反対だが、その顔立ちは瓜二つだった。

『こんなとこで会うなんて奇遇ですねー。それじゃ、奈緒さんたちのとこにご一緒させて貰いますね。』

『…こんちは。』

話がトントン拍子に進み状況が掴めないままの雫だったが、とりあえず荷物を端に寄せ、4人が座れるように席を詰めた。彼女の右隣に奈緒が座り、向こうにアールとグレイが座る形となった。彼らは育ち盛りの男の子らしく、Lサイズのカツカレーとサラダのセットを頼んでいる。

「雫はん紹介するわ。こちらアールくんとグレイくん。実家はワカバタウンなんやけどこっちの学校に通ってて、うちに下宿してるんよ。」

『初めまして、ブラッキーのアールです。俺たちは双子だけど、別々に進化してから、無駄に間違えられるのが減ったんで助かってますよ。』

『シャワーズのグレイです。…よろしく。』

黒髪でニコニコふんわりしたオーラが漂っているのが、兄のアール。水色の髪でクールだがどこか気だるい雰囲気を纏っているのが弟のグレイらしい。

「んで、こちらが昨日からうちに下宿することになった雫はん。うちらは従姉妹同士なんよ。春からコガネの会社で働くさかい、マサラタウンから引っ越してきたんよ。」

「涼宮雫です。これからよろしくお願いします!」

雫は2人に向かって頭を下げた。

『マサラの涼宮?…じゃあもしかして、飛沫っていう人知ってる?』

それを聞いたグレイが考えるようにして口を開く。雫は驚き、目を見開いた。

「知ってるも何も、飛沫はあたしのお兄ちゃんだよ!え、会ったことあるの?」

『飛沫さんがジム巡りをしているときに、うちの実家に来たんですよ。その時の俺たちは、まだイーブイで擬人化も出来なかったんですけどね。』

「この子らのお家では喫茶店をやってるさかいに、それで仲ようなったらしいなぁ。飛沫はん、畠中はん家族にはようお世話になったって言うてたわ。」

雫の疑問を受けて、アールと奈緒が説明する。意外と世間は狭いのか、兄の顔が広いのか。よく分からなくなってきた雫である。

全員食べ終わり、お腹が落ち着いたところで百貨店を出た。そのまま4人で、色々なことを話しながら歩く。エンジュまでの道中で互いのことを語り合い、すっかり和やかな雰囲気になった。夕焼け空の下、伸びる4つの影法師。夕飯の匂いが漂いだす頃、エンジュの街角には明るい笑い声が響いていた。




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