新しい教室、新しい担任、新しいクラスメイト。
ガチムチの今時珍しい熱血体育教師、諸岡の指示で自己紹介なんてさせられている。
一人ずつだるそうに自分の名前を言っては座るを繰り返し、遠山の番で止まっている状態だ。
「どうした、名前言えないのか」
俺の右斜め前で小さな身体を萎縮させてだんまりを決め込む遠山に諸岡が促す。
他のクラスメイトは思い思いに隣の奴と話したり携帯をいじったりしている中、俺はずっと遠山を見ていた。
さっきマリちゃんから無口な奴だと聞いたけど、どうやらただの無口じゃないらしい。
(何だ、恥ずかしがり屋なのか)
しつこいくらいに名前を言えと催促する諸岡と、おどおどとしたありさちゃん、しまいにはプルプル震え始めた遠山に業を煮やして声をかけた。
「遠山くんでしょ? 下の名前なんてーの?」
俺の声なんか聞こえないんじゃないかってくらいざわついた教室内で、彼は驚いたようにこちらを向く。
それに俺も驚いてとりあえず愛想笑いを浮かべた。
「…ぅ……」
こちらを向いたままキュッとブレザーを両手で握り締めて俯いている。
何かを言ったようだが、小さすぎて何を言ったのかがよく分からない。
もう1度、と催促すると遠山が顔を上げた。
1度も染めた事がないんだろう混じり気のない黒髪で隠れた瞳が現れる。
髪と同じ、漆黒のキレイな瞳だ。
「…こう、です。遠山…虹……」
明らかに俺だけに向けられたその自己紹介に、少しだけ胸がざわついた。
それは道端で子猫を見つけた時のような気分だったが、俺はあの一瞬で彼を気にいってしまった。