「畑中くん……そろそろ…」
お兄さん、陽が教えてくれる虹の幼い頃の話で盛り上がって時計は既に11時を回っていた。
「あ、ほんとだ。そろそろ帰らなきゃ」
「何だよ、今日泊まってけばいいのに」
「明日も学校だし……陽も仕事あるでしょう…?」
「そっかぁ…残念」
虹に諭されて何もいえなくなったらしい陽は項垂れて虹が入れてくれたお茶を啜る。
虹が申し訳なさそうに笑って玄関へ向かうのを追いかけるように立ち上がると、陽がヒラヒラと手を振った。
それに同じように手を振り返して足早に玄関に向かい靴を履く。
「また来てね」
少し離れた居間から聞こえた陽の声に返事をして、虹と部屋を出た。
「虹、ここでいいよ。すぐだし」
「でも…いつもの、とこまで……」
「本当に?大丈夫?」
コクリと頷いた虹の表情は長い前髪と夜の闇に隠れて見えなかった。
虹の手を握って夜道を歩く。
ポツリ、ポツリと等間隔に立つ街灯の下を歩くたびに虹を盗み見るけれど、俯いたまま。
髪から覗く形のいい耳がほんのり赤く染まっているように見えた。
いつも別れる曲がり角が近づくほど握った手を離したくなくなって、自然と歩幅が狭くなり速度が遅くなる。
控え目に手をキュッと握った虹に、名残惜しく思ってくれているのだと嬉しくなった。
そんな抵抗も虚しく、あっという間に着いてしまったけれど。
「ありがとう」
握った手を離さないまま言った俺は、ちゃんと笑えているだろうか。
虹が握った手を緩めるのを無意識に強く握って引き止める。
顔を上げた彼は困ったように笑っていた。
「ごめん…」
「離れたく…ない、ね……」
小さく溢れた声に、目頭が熱くなる。
別に今生の別れなわけじゃない。
明日も学校で会えるのに。
こんなに一緒に居たいと願ったのは、虹が初めてだ。
小さな身体をだき寄せて、触れるだけのキスをする。
もっと激しいキスだって知っているのに、身体がかぁっと熱くなった。
「……また、明日」
「ん、また…明日」
背中を向けて元きた道を歩いて行く虹を見送って、家まで急いだ。