朝から土で染まった指を念入りに洗い終えると虹がさりげなくハンカチを差し出してくれた。
一言謝ってからそれで手を拭いていると、虹が笑う。
「いつも悪いな。明日はちゃんと持ってくるからさ」
「ううん、僕、いっぱい持ってきたから…」
持ってていいよと目を細める虹に申し訳なく思いながら、教室へと足を向けた。
早朝からHRまでの間に水やりや、植え替えの準備を済ませている。
そんな毎日が習慣になった最近では、教室に向かう間に虹が他愛ない話を振ってくれる事が多くなってきた。
そんなささいな事が楽しい。
けれど。
「じゃ、また昼休み……」
「え? ああ、うん」
教室に戻った途端にそそくさと離れて自分の席に座ってしまう。
それを目で追ってる内に俺の周りには女の子達がきて、腕を引かれて虹の横を通りすぎ自分の席に座る。
少し俯いている虹の襟足を見ながら彼女らの会話に適当に相槌をうって、そうしている内にHRが始まってしまう。
昼休みも放課後も、虹と教室を出た事はない。
俺がクラスメイトの誘いを断っている内に鞄ごと消えてしまう。
一度教室から出るところを引き止め一緒に行こうと言ったけれど、首を横に振られただけだった。
それは、今日も。
「俺と話すの嫌?」
トマトの間引きをしながらそう問うと、虹は俺を見る事なく手を止めた。
畳み掛けるように問いかけようとも思ったけれど、あえて俺は作業を続けたまま無言で虹の言葉を待つ。
「……嫌じゃない、けど」
「けど?」
種を乗せた右手をキュッと握り締めて、顔も上げない虹を見る。
言葉を待つ時間が酷く長く感じた。
「どうして……僕なのかなって」
「どうして?」
「僕、なんかと仲良くしてくれて、その……好きとか、嬉しいけど……」
「けど、何?」
先を促してはみたけれど、手を開いたり閉じたりを繰り返す虹はそれ以上は言わなかった。
「俺、迷惑?」
「ちがっ、迷惑なんかじゃない……」
ようやく顔を上げて合わさった視線がすぐに逸れる。
虹の言わんとしている事を理解して、どうしようもなくイライラした。
「釣り合わないって?」
小さな肩がぴくりと震える。
図星だったらしい。
虹は膝に顔を埋めて、握り締めた右手が震えていた。
「そんな下らない事で俺は避けられてんの?」
「下らなく……ないよ」
「虹が気にするなら、係の仕事以外で話さないよ」
大袈裟なくらい虹の身体が揺れて、弾かれたように見上げた目には涙が溜まっていた。
「誰かに言われた?」
まばたきの瞬間に零れ落ちたそれを隠すように、虹は顔を背ける。
俺は汚れた手も構わずに両頬を包むと無理やり目線を合わせて頭突きをした。
「い……った……!」
「俺が」
「畑中くん……?」
「俺が虹と一緒がいいから、付きまとってんの!」
今度からそう言い返せと言ったら虹は珍しく息が切れるほど笑って、顔を真っ赤にしてありがとうって言った。