カーテンが開いたままの窓の外はすでに薄暗くなっている。
虹はあれきり何も話さないまま、今キッチンに立って料理をしているようだ。
壁にかかった時計を確認すると、6時を過ぎていた。
虹が料理を始める前についでくれた麦茶も、手持ち無沙汰でちびちび飲んでいるうちに空になってしまっている。
ふいに虹がこちらを振り返った。
「ごめんね、当番だったの…忘れてて……」
「いや、いいよ。気にしないで」
「すぐ終わるから……」
また俺に背中を向けた虹は器用に何かを切っていく。
何を作っているかは知らないが、気持ちいいほど軽快な音が響いていた。
どうにも出来ない俺は部屋を見回して違和感を覚えた。
部屋の中に荷物が少なすぎる気がしたからだ。
タンスの数、食器棚に収められた食器の数。
扉で閉められた向こうは分からないけれど、2部屋。
「虹の家、スッキリしてんね。物があんまりないっつーか……」
疑問を口にした時、玄関のカギが開く音がして身構えた。
虹は素早く手を洗ってエプロンで拭きながら玄関へ小走りで向かう。
虹はいい嫁さんになるな、とか勝手に思いながら虹を目で追った。
「ただいまー、疲れちゃった」
「おかえりなさい……」
声が虹にそっくりで、少し驚く。
少ししてキッチンに入ってきた顔を見て更に驚いた。
「誰? 友達?」
「う…うん、友達……」
「珍しいね、虹が友達連れてくるとか」
同じだ。
全く、どのパーツも同じ。
髪は虹の綺麗な黒髪とは違い少し傷んだ茶髪だし、雰囲気だって虹の綿菓子みたいなフワフワした感じじゃないけれど。
「虹…もしかして、言ってないの?」
「え……うん」
「ちゃんと言っておかなきゃ、お友達ビックリしてんじゃん」
困ったように溜め息をつきながら笑った顔がまた虹によく似ていた。
自然に正座で座っていた俺は唾を飲み込んで口を開く。
「お父さん……ですか?」
彼は目を丸くして暫く俺を見つめた後、腹を抱えて笑った。
虹は固まっている。
ひとしきり笑った後彼が目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、満面の笑みで手を差し出す。
「虹のお兄さんです。よろしく」
俺はその手を握りながら、自分の間違いに顔が熱くなるのを俯いて誤魔化すしかなかった。