家からいつも虹と別れる十字路まで走る。
運が良ければ帰宅途中の虹に会えるかもしれない。
走ったせいだけじゃない動悸が恐怖心を掻き立てたけれど、俺は虹に謝りたかった。
「畑中くん!」
十字路まであと少しというところで、前から人が駆け寄ってくる。
それが誰だか理解した時にはもう腕の中に収めて、そのまま首元に顔を埋めた。
虹がそっと撫でてくる背中からピリピリと何かが走る。
「畑中くん…」
「良かった、まだいた…っ」
息を整えていると虹が腕の中から逃れようとする。
少し寂しくなったけれど、素直に解いてやった。
「ごめんね、呼び出して…」
「え? 呼び出されて、ないけど?」
「え、でも僕…電話……お姉さんが…」
目をクリクリさせてそう言われポケットを漁るけれど、携帯を忘れてきてしまったらしい。
苦笑いを零すと虹が小さく笑った。
「伝えておくから、待ってて…って言われたから…」
「そうだったんだ」
薫が気をつかってくれたのだと分かって、気恥しさと気まずさが一度に俺を襲う。
言葉が頭をめぐるけれど、そのどれも口から出てくれなかった。
「畑中くん」
カサリと右手を上げて初めて、虹が袋を提げているのを知った。
何かと覗き込めば、その袋を両手で開いて見せてくれる。
「トマトの支柱、忘れてたから買ってきたんだ」
だから、今日は何も出来なかったんだよと申し訳なさそうに言う虹にまた胸が鳴る。
切なくて、甘い。
経験した事のない痛みに困惑する。
「ごめん」
ようやく捻り出した言葉は謝罪のみで。
それがキスした事への謝罪なのか、1人で係の仕事をさせたからなのか、自分でも分からなかったけれど。
それでも虹は、首を横に振って柔らかく笑ってくれた。
「話が…あるんだけど……」
俺の手をキュッと握って言う虹に、小さく首を縦に振る事で答える。
安心したようにほっと息を吐いた虹に覚悟を決めた。